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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第六章 終末と賢者と救世主 <前編>導きの賢者
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終末と賢者と救世主 #6


「『賢者』が持っていた特殊な能力というのは……」


「『未来に起こる出来事が分かる』というものでした。」


「つまり『未来予知』です。『賢者』は自身の事を『預言者』だと言っていました。」


 「『賢者』が未来を予知出来る預言者であった」と聞いて、夜の定例会議で会議室に集まっていた一同は驚きでざわめいた。

 素早くティオが、注釈を挟む。

「もちろん、自称ですよ。本当に出来たのかは、定かではありません。まあ、おそらく嘘でしょう。……ただ、そういう触れ込みで、人々の注目を引いていたという話です。」


「正直、俺は全く信じていませんが、『賢者』は実際にいくつかの予言を的中させたようです。」

「た、例えばどんなものなんだ?」

 というボロツの問いに、ティオはあまり気の進まなそうな表情で淡々と答えた。

「そうですね。……演説を聞きに来ていた臨月の妊婦の出産日だとか、産まれてくる子供の性別だとか。都のどこかで火事が起こるだとか。行方知れずの人が帰ってくるかどうかだとか。……後は、雹が降るのを当てたそうです。」


「ヒョウ? ヒョウって何ー?」

 サラが、素朴な疑問をぶつけてきたので、ボロツが説明した。

「お? サラは雹を見た事ねぇのか? まあ、滅多に降らねぇからなぁ。……ええと、小さな氷の塊が空から降ってくるんだよ。」

「氷の塊ー? それって、雪と何か違うのー? 雪なら降ってるのをチラッと見た事あるよー。後、町でやってる人形劇のお話にも出てきたー。たくさん降ると、積もって真っ白な景色になるんだってねー。」

「いやいや、雪とは似てるようで全然違うんだぜ、サラ。雪は寒い冬に降るが、雹ってのは、むしろ夏に降りやすいんだ。雪よりもっともっとでっかい氷の粒だぜ。小石ぐらいの大きさから、大きいのになると、こぶし大のものもある。……そんなもんが空から降ってくるんだから、もう大変でよ。家や柵が壊れたり、うっかり人や家畜に当たってケガする事もあるんだよ。農作物なんかも、ダメになっちまうな。」

「うわー、大変ー!って言うか、そんなおっきな氷が空から降ったりするんだー!」


 サラが雹の話を聞いて驚いている一方で、ハンスが眉間にシワを寄せてティオに聞いてきた。


「そこまで様々な事を的中させたという事は……本当に『賢者』には預言の力があるのではないのか?」

「どうでしょうね。さっきも言いましたが、俺個人の見解としては、疑わしいと思っています。実際、それぐらいの事は、『未来予知』など出来なくても可能です。」

「え? そ、そうなのか? どうやって、子供の生まれてくる日や性別、火事の発生、行方不明者の行動、更には、雹が降る事まで分かるのだ?」

「……ハンスさんは、本当に真面目で善良な方ですね。詐欺などには引っかからないように気をつけて下さいね。」


 ティオは、全く理解出来ずに混乱しているハンスを見て、少し心配そうにそう言った後、改めて、立て板に水で解説していった。


「『預言者』だと言われて、その時点でもう『未来が分かる人間だ』という固定概念で見てしまうのがいけないんです。」


「本当は未来に起こる事など何一つ分かっていなくても、それっぽい事を言っておけば、やがて何かが起こった時に、以前の『預言』を聞いていた人間が、勝手に事実に当てはめて『預言が当たった!』と解釈してしまうんですよ。無自覚の思い込みにより、因果が逆転しているだけなんです。」


「まず、臨月の妊婦の場合ですが……経験則から、いつ頃生まれるか、というのは大体分かる事でしょう? 知らない人間には、特殊な能力で未来を見たかのように感じられるかも知れませんがね。例えば、長年出産に立ち会ってきた経験豊富な産婆なら、妊婦の様子からかなりの確度で判断出来ますよね。……それから、子供の性別ですが、男女どちらだと言っていたとしても、元々半分の確率で当たるんです。当たらなかった時は、その演説を見に来ていた他の妊婦の未来と混同したとでも言っておけばいいでしょう。」


「次に火事の件。これも同じです。……火事なんて、放っておいても、この広い王都では大なり小なり時折起こるものでしょう?『賢者』がこの都にやって来たのは、折しもそろそろ秋になろうかという頃合いで、これから空気が乾燥して火事の発生も自然と増える時節です。そこに、ただ『火事が起こるだろう』とだけ言っておけば、炊事場で鍋を焦がす程度のちょっとしたものでも、『本当だ! 預言通りに火事が起こった!』と思ってしまうんです。……まあ、最悪、人の住んでいない空き家にこっそり火をつければ済む話です。」


「行方知れずの人間が帰ってくるかどうかは……とりあえず『帰ってくる』と言っておけばいいでしょう。『いつかは分からないが、いずれ必ず帰ってくる』そう言われれば、心配している家族はありがたがって安心するものです。たとえ帰ってこなかったとしても、『いつか』がまだ来ていないだけだから、と言い逃れする事が可能です。」


「最後に雹が降った件ですが……さすがに、天候のような自然現象を人の力で変える事は不可能だと皆思う事でしょう。だからこそ、預言が当たったのだと考えてしまう。しかし、これにも上手い抜け道があります。」


「大体、預言というものは、詩篇のような特殊な言い回しをするものが大半です。」


「例えば、この場合『天から透明なつぶてが降り注ぐであろう』とか言っておく。すると、その時はたまたま雹が降って『預言が当たった!』となった訳ですが、冷静になって良く考えてみて下さい。預言者が言ったのはあくまでも『透明なつぶて』であって『雹』ではないんです。じゃあ、『雹』が降らなかったらどうするのか? 答えは簡単です。大雨が降ればいいんです。激しい雨もまた『透明なつぶて』と言えますよね? これで預言は当たりになります。雨ならば、この地方では頻繁に降るので、何日も待たずに預言は達成出来る事でしょう。」


「つまり、良く考えれば分かる事、特殊な経験を積んだ者には分かる事、いつかは必ず起こる事、これらを、どうとでも解釈出来るような曖昧な言葉で『預言』しておくんです。この時、古い詩篇のようなもったいぶった言い回しをしておくと、曖昧さが上手く誤魔化せるだけでなく、神秘的でありがたい雰囲気も増します。」


「これが、『預言』が当たるカラクリです。」


「……な、なるほどなぁ!」

 と、ハンスは、ティオの説明を聞いて、何度も深くうなずきつくづくと感心していた。


「ティオ、君は本当に頭が良いのだな! 君なら、預言者になれそうだ!」

「ありがとうございます。……こんな預言でいいのなら、確かに預言者になれるかもしれませんね。そして、詐欺師にも。」

 ティオは、ハンスが褒めてくれた事に感謝つつも、皮肉な笑みを浮かべてそう言った。



「ねえねえ、でもさぁ。本当に本物の預言者だったら、どうするのー?」


 ティオの説明は難しくてほとんど理解出来なかったサラだったが、ティオが『賢者』が主張する『未来予知』の能力を全面的に否定している事だけは分かった。

 しかし、『本当の預言ではない』というのも、また、ティオの一主張に過ぎず、なんら確たる証拠はなかった。

 ティオは、子供並みにシンプルで素直な思考をするサラに痛い所を突かれて、苦い顔をした。


「……グッ。……嫌なとこ突っ込んでくるなぁ。まあ、確かに、今の段階では『本物の預言者だ』とも『本物の預言者ではない』とも断言は出来ないけどな。……でも、俺としては……」

「だったら、本物かも知れないじゃないー!……あ! そうだよ、ティオー!『賢者』って人が、そういう異能力……んぐ!」


 「もし、その『賢者』が未来を予知出来る異能力者だったら?」という内容を話そうとしていたサラは、後ろから、グイッとティオにコートのフードを引っ張られ、慌てて言葉を飲み込んでいた。


 以前ティオが「世界にはいろいろな異能力者が居る」という話をしてくれた際に、「先見」と呼ばれる、未来予知が出来る異能力者に触れた事を思い出したサラだったが……

 鳥頭で反射的にそれをティオに伝えようとして、ティオから無言の圧力を掛けられてしまっていた。

 ギロッと一瞬怖い顔でサラを睨んできたティオの、(異能力については軽々しく話すな!)という無言の訴えに気づいて、ハッとなる。


(……あ! そ、そう言えばー、「異能力」については、ペラペラ人に喋っちゃいけないんだったー! ティオ、ゴメーン!……)

(……本当に気をつけろよ、サラ、このバカ!……)


 目が合った一瞬で、大体そんな内容の意思疎通をするサラとティオだった。

 ティオが素早く対処したおかげで、皆少しキョトンとしただけで済んでいた。

 ティオがサラのコートのブードを引っ張ったのも死角からだったので、誰も気づいていなかった。


「まあ、確かにな。本当に未来の事が分かるんだったら、そりゃあ、スゲー事だよなぁ。」

 そんなサラとティオの内心を全く知らないボロツが、ちょうどいいタイミングで話し出したので、皆の注意はそちらに向かい、結果的に上手く誤魔化す事が出来た。



「もし本物の預言者だったら、俺も聞いてみたい事があるぜ。……『俺とサラはいつ結婚出来るのか?』ってよぉ。」

「私は絶対結婚しないって言ってるじゃなーい! もういい加減諦めてよねー、ボロツー!」

「いや、でも、もしも、ひょっとしたら、万が一って事もあるかも知れねぇだろう、サラ?」

「本人が『絶対ない!』って言ってるんだから、ある訳ないでしょー! ないったらないのー!」


 アゴを撫でながらいい気分で妄想に浸っているボロツに、キンキン吠えていたサラだったが……

 そんなサラもハッと思いついた事があった。


「私も! 私も預言してほしい事があるー!……明日の夕ご飯、何かなぁー?」

「いや、それは食堂で料理を作ってる人に聞けば分かるだろう?……いや、待った! やっぱり厨房で働いてる人達には聞くな! 仕事の邪魔だから!……聞くんだったら、俺に聞け!」

「なんでティオに聞くのよー?」

「俺が知ってるからだよ!……食堂で出されるメニューは、前もって全部俺がチェックしてる。傭兵団の衛生面と健康面の管理も作戦参謀としての大事な仕事だからな。毎日食堂で出されるメニューは、料理をする人達と話し合って、予算内で栄養のバランスがきちんと取れるように決めてるんだよ。」

「そうだったんだー、知らなかったー。……あ、じゃあ、明日の夕ご飯、何か教えてよー。」

「明日の夕飯は、メインが川魚の香草焼きで……」

「あーあーあー! やっぱり言わないでー! ご飯何かなぁーって、ワクワクする楽しみがなくなっちゃうよー!」

「だったら最初から聞くなよ、もう!」


 ボロツに続き、サラの呑気過ぎる反応に、ハーッと大きなため息をつくティオだったが……


「……ティオ、その、賢者が預言者だという話が本当だとして……いや、俺も預言などといういい加減なものは、更々信じていないのだがな、あくまでも仮定の話だ、ウム。」

「ジラールさん?」

「未来を見通す力で、俺の将来も……例えば、郷里に帰って家族に……あ、いや、なんでもない! 忘れてくれ。」

「……」


 普段は仏頂面で腕組みをしたままほとんど発言してこないジラールが、珍しく口を聞いたと思ったら、この内容だったので、ティオはなんとも言えない表情になっていた。


「ティオ。私も聞きたい事があるのだが。」

「なんでしょうか、ハンスさん。」

「先程、『賢者』は預言で、臨月の妊婦の出産日や生まれてくる子供の性別を当てたという話をしていたが……その、子供がいつ授かるのか? といった内容も分かるものなのだろうか?」

「はい?」

「いや、息子が嫁を貰ってもう三年になるのだが、一向に子供が出来る気配がなくてな。息子夫婦はその事でずいぶん悩んでいるんだ。子供が授かるのはまだ何年も先だったとしても、いつかというのが分かっていれば、だいぶ気が楽になるだろう? 私としては、生まれてくるのは、男の子でも女の子でも、どちらでも構わない。母子とも健康であればいい。だから、性別は分からなくてもいいんだが、いつ生まれるかを知る事が出来たら、と思ってな。」

「……」


 先程ティオに散々「当たったという預言はインチキです!」と説明を受けた筈のハンスでさえこの有様で、ティオは額に手を当て、ますます渋い表情になった。


 ここまでくると、もう会議室に集った傭兵団幹部達の妄想は止まらず、口々に知りたい将来の事を話し出していた。


「俺も、いつ女が出来るかどうか教えて欲しいぜ。あ、出来れば、美人でグラマーな女がいいなぁ。」

「俺はやっぱり金かな。将来大金持ちになれるかどうか知りたいな。大金を手に入れて、いい暮らしをするのが夢なんだよなぁ。」

「俺は、女も金もどっちも欲しいぜ。見た目にはこだわらないから、ガキをバンバン産んでくれるような、丈夫な女がいい。」


 彼らの会話には、「それはもはや、預言じゃなく占いでいいのでは?」というような内容も多分に含まれていて、ティオは一人頭を抱えた。

 ティオは、ふと、自分の隣の席でせっせと議事録をとっているチェレンチーがまだ何も発言していなかったのに気づき、一筋の希望にすがるかのように尋ねた。


「チェレンチーさんは、『賢者』の『預言』についてどう思いますか?」

「え?……あ、ぼ、僕?……そ、そうだねぇ。」

 チェレンチーは、まさか会議の書記である自分にも意見が求められるとは思っていなかったらしく、目をまん丸にして驚いていた。

 真剣な表情でしばらく考えたのち、口を開いた。


「ティオ君、『賢者』の『預言』が本物で、未来が予知出来るとしたら……こ、これは、大変な事だと、僕は思うよ!」

「ぜひ、チェレンチーさんの意見を聞かせて下さい!」

「まずねぇ……その年の作物の出来高が分かったら、先物買いで莫大な利益を出す事が可能だと思うんだ! それから、各鉱山における鉱石の含有量だね! 鉱山は、掘ってみない事にはどれぐらいの資源が埋まっているか分からないだろう? これを前もって知る事が出来たら、それはそれは凄い事だよ! 有望な産出量が見込める鉱山を安値で買い占めたりしたら、それこそ国の経済がガラッと変わってしまうよ!」

「……確かに、その通りですね。」


 元商家の息子らしい見識で興奮気味に意見を述べるチェレンチーを、ティオはやはり、どこか遠い目で見つめていた。


「えー、皆さん!」

 パンパンと手を叩いて、まだ「あれが知りたい!」「これが知りたい!」と盛り上がっている一同を静かにさせ、ティオは自分に注目を戻した。


「今、皆さんも実感している事だと思いますが……」


「『預言』……つまり、『未来を知る事が出来る』というのは、非常に強く人々の興味関心を引く訳です。」


 と、辛くもまとめたティオだった。



 余談ではあるが、翌日の夜、ティオが定例会議が始まる前に、ハンスに薬草の入った小袋を渡しているのをサラは目撃した。


「ハンスさんの息子さん夫婦になかなかお子さんが出来ないという事でしたので、もし良かったら。」

「おお、これはありがたい! この薬草は、子宝が授かる効能があるものなのかな?」

「あ、いえ。女性の方は体を温めた方がいいと聞いたので、そういう薬草を用意してみました。定期的に煎じて飲んで下さい。飲み方の方は、紙にメモをして入れておきました。他にも、体を温めるのに良い食べ物も書き出しておきましたから、料理の時の参考にして下さい。」

「うむ。確かに、息子の嫁は酷い冷え性なのだ。夏も寒い寒いと言って、ひじ掛けが手放せないようでな。ありがたく使わせてもらおう。ティオ、親切にありがとう。」

「どういたしまして。」


 後でサラがティオに聞いた所……

 石に残ったハンスの記憶から、彼の息子の妻が体を冷やしやすい体質である事を知った、との事だった。

 ハンスをはじめ、彼の家族はあまり気にかけていない様子だったので、薬草を渡す事にしたらしい。

 もちろん、その経緯は、ハンス本人には言えなかったが。


「ところで、なぜ、息子の嫁が冷え性だと分かったのだ、ティオ?」

「ハハハ、たまたまですよ。ハンスさん。ハハハハハ。」


読んで下さってありがとうございます。

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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「未来予知の異能力」

ほとんどの人間が知らない事だが、世界には様々な異能力を持った人間が居るらしい。

その中の一つに「先見さきみ」と呼ばれる、未来を予知出来る異能力がある。

しかし、なぜかティオは、先見の能力については、頑ななまでに否定的である。

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