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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第六章 終末と賢者と救世主 <前編>導きの賢者
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終末と賢者と救世主 #3


「では、その『導きの賢者』と呼ばれていた人物について、俺が集めてきた情報を、今からみなさんにお話しします。」

「……ティ、ティオ! ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 ティオが「ナザール王国内戦の首謀者」について語り出そうという時、慌てて口を挟んできたのは、王国正規兵のハンスだった。

 ティオは、机の上で肘をついて組み合わせていた指を解き、言葉を止めて、ハンスに向き直った。


「どうしました、ハンスさん?」

「あ、いや、その……確認したいのだが、その『導きの賢者』なる人物は、本当にこの内戦の首謀者なのか? 私は、上官からそんな話は全く聞いていない。内戦を主導しているのは、我が国の第二王子ではなかったのか?」

「確かに、表向き内戦の主導者は第二王子ベーン様という事になっていますね。国王陛下や皇太子殿下をはじめ、各種大臣らこの国の重鎮達は、主犯は第二王子と考えていて、そう公表されています。」

「で、では、その『賢者』というのが、真の犯人だというのは……」

「俺が独自の調査で導き出したものです。」


「『賢者』の存在については、国王側も把握はしていると思います。何しろ、第二王子が内戦を起こす前、良く話をしていた相手で、実際内戦が始まった時も、王子についていって、一緒に月見の塔に立てこもっていますからね。」


「ただ、まさか、その『賢者』が、主犯格だとは思っていないでしょう。」


 ハンスは、眉間に深いシワを刻んでしばらく考え込んだ後、繰り返し確認するようにティオに問いかけた。


「……つ、つまり、その『賢者』が内戦を引き起こした張本人であり、第二王子は『賢者』にそそのかされただけだという話は……ティオ、君が一人で言っているという事で間違いないんだな?」

「ええ。」


 ティオは、しっかりとうなずいたのち、冷静な態度を微動だにせず続けた。

「おそらく、国王陛下やその周辺の人物に進言しても、一笑にふされてまともに取り合ってはもらえないでしょう。」


「まあ、実際、今の所、状況からそう判断出来るというだけで、第二王子が『賢者』に操られているという確たる証拠はありませんしね。」

「証拠はないのか!?……し、しかし、ティオ、君はそれを確信しているようだが?」

「はい。」


「俺はこのナザール王都に来てから、内戦と月見の塔について様々な情報を集めてきました。特にこの傭兵団の作戦参謀となってからは、いずれ近い内に相まみえる事になる反乱軍について、積極的に情報収集に努めました。」


「そうした独自の調査結果から得た数々の情報を、改めて精査し分析して出したのが、この答えです。」


「し、しかし、それは国王陛下や大臣達をはじめ、他の者達は一切唱えていない新説な訳だな?」

「そうです。ですが、俺の情報は最新で、かつここまで詳しく状況を把握している人間は、俺の他に居ないと断言出来ます。」

「……ち、ちなみに、ティオ、君としては、自分のその説を、どれぐらい信じているんだ? 先程確かな証拠はないと言ったが、間違っていないという確信はどれぐらいあるんだ?」

「99.85%は間違いないと考えています。」

「うっ!」


 即答したティオの言葉に、ハンスは思わず呻いていた。


 「内戦の首謀者は本当は第二王子ではなく、『賢者』と呼ばれる人物である」というティオの説には、彼自身も認めた事だが、証拠は何もなかった。

 ただ、ティオ自身は、もはや一分の迷いなく確信している様子だった。


 ティオが頭脳明晰な非常に優秀な人間である事は、ここ一週間程の作戦参謀となってからの彼の働きぶりを見て、ハンスだけでなく、会議室に集った傭兵団の幹部達は皆実感している所だった。

 そのティオが、自信を持って断言するものを、いくら証拠がないからといって、簡単に否定する事は出来ない。

 ハンスをはじめ、会議室に集った幹部達は、そんな気持ちに駆られていた。


 くすんだ眼鏡のレンズの奥で光るティオの鋭い眼光に射抜かれて、ハンスは、未だ複雑な表情を浮かべながらも、腕組みをしてうなずいた。


「……分かった。私自身が君の説を信じられるかどうかはまだ分からないが、とにかく、話を聞こう。……続けてくれ、ティオ。」



「『賢者』と呼ばれる人物が、このナザールの王都を訪れたのは、八ヶ月程前の事です。」


「その約二ヶ月後に第二王子ベーン様は、自分に賛同する兵士や民を率いて反乱軍を決起。月見の塔に立てこもり、内戦が始まりました。」



 ティオの話によれば……

 『賢者』と呼ばれる人物は、どこからともなくふらりとこのナザール王都の下町に現れたという。

 元々この地に住んでいた者ではなく、あちこちの土地を渡り歩いてきた末に、ナザール王都にたどり着いたといった様子だった。

 『賢者』本人は、この土地に、ナザールの都にやって来たのは、たまたまではなく、「使命に呼ばれた」からだと常々言っていたらしい。

 『賢者』は、彼の弟子を名乗る供を連れており、その数は十二人。

 『賢者』が一番年かさで、弟子達は皆彼より一回り程若かったが、それでも全員四十前後の男達だった。


 『賢者』は、五十代半ばの男だった。

 赤い巻き毛と赤いヒゲを長く伸ばし、金色の鋭い眼光がとても印象的な人物である。

 細身ではあったが、180cm近い身長と、威風堂々たる雰囲気は、自然と人目を引きつけた。


 良く通る低く穏やかな声に、聡明で思慮深さを感じさせる語り口。

 理性的な論調でありながら、時に熱い信念が発露する、力強く説得力のある説法。

 『賢者』は、特別話術が巧みといった風ではなかったが、気がつくといつの間にか彼の言葉に真剣に耳を傾けている、そんな不思議な魅力があった。


 『賢者』の話を聞いて「深い感銘を受けた」と言っている者達に感想を聞いた所……

 「激しく心を揺さぶられた」「心臓を鷲掴みにされたかのようだった」「頭を殴られたような衝撃を覚えた」などなど。

 しかし、良く良く子細に話を聞いてみると、皆首を傾げて考え込みながら言うのだった。

 「一体、何にそこまで感動したのか、良く分からない。」と。


 理路整然としているようで、その奥に激しい情熱を感じる『賢者』の説法は、多くの人々の心を揺り動かしたが……

 一方で、食い入るように真剣に聞いていた筈の者達が、話の内容をあまり良く覚えていないという奇妙な現象を引き起こすものでもあった。


「要は、話の内容はありふれていて、特に刺激的なものではなかったという事でしょう。聞いていた人々は、話の中身ではなく、ただ、その『賢者』の持つ存在感や雰囲気に圧倒されていたのだと推察されます。」


 そんな説明では上手くイメージが湧かず首をかしげる一同に、ティオは即興で付け加えた。


「物凄く辛い料理のようなものですよ。味の良し悪しよりも、とにかく辛い。激しい辛さのせいで、味も料理の見た目も何もかも印象が薄れてしまう。そんな感じです。」


「うーん、ここに居る人達なら、酒の方が分かりやすいですかね。不味くても安くても、物凄く強い酒を飲めば、前後不覚に酔いつぶれてしまうでしょう?……まあ、俺は酒を飲んだ事はないんですが。おそらくそんな感じかと。」


 酒の話が出て、ようやく大半の傭兵団の幹部達は、「ああ、あれかぁ!」といった表情になった。

 もちろん、サラは酒を飲んだ経験がなかったので、キョトンとしたままだったが。



 『賢者』は鮮やかな緋色のローブを着ており、それは彼の赤い髪と良く合って、街角で人の目を引いたという。

 弟子達も彼にならい、『賢者』よりも地味な色合いではあったが、皆赤系統のローブを着ていた。

 赤いローブを着た一団は、『賢者』の演説の力も相まって、みるみる内にナザール王都で有名になり、頻繁に人々の噂にのぼるようになっていった。


「皆で服の色を合わせたのは、効果的だったと思います。街中に十人以上も赤い服を着た男達が固まっていたら、さぞ目立った事でしょう。その中でも『賢者』を引き立たせるために、弟子達が一段落ちる地味な色の服にしたのも、なかなか上手い戦略です。」


 こうして、一躍都で話題の人物となった『賢者』とその弟子達を一目見ようと、国王が彼らを城に招く事となった。

 実に、『賢者』一行がナザール王都を訪れて、一ヶ月と経たない内の出来事だった。

 そして、王城に招かれた事で、『賢者』は、第二王子ベーンと初めて対面する事になる。



 「話の腰を折って悪いんだがよう。」そう前置きして、ボロツがティオに尋ねた。


「その『賢者』とやらは、一体どんな話をしてたんだ? お前の話だと、実際は大した内容じゃなかったみてぇだが、そんなにあっという間に都で噂になるなんて、ちょっと気になるぜ。」

「その気持ちは分かります。」


「おそらく、国王陛下をはじめとした貴族の方々も、都の人々が熱狂しているのを見て興味が湧いたのでしょう。そして、一度試しに話を聞いてみようと、『賢者』一行を王城に招いた。」


「まあ、その時は、この先内戦が起こるなど夢にも思っていなかったでしょうから、特に警戒していなかったのでしょうね。……ナザール王国史に残る十年戦争から、早四十年。長く続いた泰平の世のせいで、危機意識はすっかり薄れていたようですね。」


 ティオは、一呼吸置いてから、改めて話し出した。


「『賢者』の話は、いわゆる『終末論』と呼ばれるものが主な内容でした。」


「週末論? お休みをどうなふうに楽しく過ごすかー、とかいう話ー?」

 と頭の上にはてなマークを飛ばすサラに、ティオは「違う違う、その週末じゃない!」と慌てて訂正していた。

 ティオは、コホンと空咳をした後、一同を見回して許可を求めた。


「えー、どうやらサラ団長が知らないようなので、少し時間をいただいて、『終末論』について、簡単に説明してもいいでしょうか?」


 皆、すんなりとうなずいて、ティオの解説を聞く流れになった。

 サラは、もう既に準備万端といった様子で、テーブルの上に肘をつき両手でほっぺたを支えてウキウキと目を輝かせながらティオを見ている。

 荒くれ者の男だらけの傭兵団の団員達が、可憐な少女であるサラに甘いのは、いつもの事だった。

 内心(「終末論」ってなんだろう?)と思っている、サラと大差ない知識の者も、実は何人も居たのだったが。


 ティオは自分の提案が受け入れられたのを確認すると、少し早口に話し始めた。


「いわゆる『終末論』と呼ばれるものには、いろいろなバリエーションがありますが、全てに共通している概念があります。」


「それは……『この世界が、そう遠くない未来に滅びる』というものです。」


読んで下さってありがとうございます。

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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「導きの賢者」

八ヶ月程前、ナザール王都にどこかから現れて街頭で演説をしていた人物。

五十代半ばの赤毛赤髭と鋭い金色の目が印象的な、威厳のある雰囲気の男だったようだ。

自身を「賢者」と名乗り、十二人の弟子を連れていた。

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