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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第六章 終末と賢者と救世主 <前編>導きの賢者
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終末と賢者と救世主 #2


「それにしても、ここ、本当になーんにもないねー。」


 精神世界にあるティオの精神領域にやって来たはいいものの、やる事もなく手持ち無沙汰なサラは、タタタターッと辺りを走り回った。


 「気持ちがモヤモヤしている時は、とにかく体を動かすとスッキリする」という、いかにもサラらしい思考パターンによる挙動だったが……

 残念ながら、さすがは「精神世界」というだけあって、体を動かした時特有の心地良い疲労感のようなものは全く感じられなかった。


 また、一見どこまでも果てしなく続いているように見える真っ白な空間だったが、どんなに走っても、ティオから20m程しか離れる事が出来ない。

 ティオの精神領域だからなのか、首から下げているペンダントの赤い石のせいなのかは、サラには分からなかった。


「別にいいだろ。特に問題ない。」


 ティオは、淡々した口調でそう答えながら、またペラリと本のページをめくった。

 一応サラの発言には返事をするものの、視線は組んだ足の上に乗せた本のページに落としたままだった。


「……」

 サラは、トトト……と、走っていた勢いが自然と消えるのを待って立ち止まった。


 ただただ真っ白で何もないティオの精神領域の風景や、それを気にかける風でもないティオの態度から……

 彼が、本当に何にも執着していないのが感じられた。


 そんなティオの投げやりな程の無関心さが、少しばかりサラを不安にさせた。

 軽率だったとすぐに謝ってはいたが、『未練はない。いつ死んでも構わない。』そうティオが言っていたのを思い出し、心配な気持ちが募って、チラチラと彼の方を見やった。


「ねえ、ティオ、暇ー! なんか、こう、こっちの世界で出来る事ってないのー?」


 サラは空気を明るくしようと、わざと大きな声で言って、またタタタターッと走り出していた。

 ティオは、少し眉根を寄せたものの、やはり律儀に言葉を返してきた。


「……サラ、お前、大人しくしてくれって、俺さっき言ったよなぁ。」

「ねえねえ、ここで何か訓練出来ないかなぁ! せっかく寝てる時もこうして起きてるんだもん。何かしたいよー。……アハハ、寝てるのに起きてるって、変な言葉だねー。」

「ここではサラが思ってるような訓練は出来ないぞ。……サラが鍛えたいのは、肉体だろう? 肉体は、物質世界に属してるって説明したよな。だから、精神世界で特訓して鍛えるのは無理だ。」

「えー! つまんなーい! じゃあ、どうやって過ごせばいいのー?」

「精神世界の影響下にあるものなら、鍛えられるぞ。……例えば、精神とか、知識とか、頭脳とか。そうだな、サラも、この機会に少し勉強でもしてみたらどうだ? 文字を読んだり書いたり出来ようになれば、いろいろと便利だぞ。」

「……うえっ! べ、勉強ー? 頭を使うのー?」


 サラは、しばらく立ち止まって、ギューッと唇を噛み締めしょっぱい顔をしてたが……

 また、タタタタッと元気いっぱいに走り出していた。


「やっぱいいー! 勉強はヤダー!」

「ったく。」


 ティオは軽くため息をついたものの、特に強く勉強を勧めるでもなく、サラを責めるでもなく……

 また意識を手元の本に戻して、丁寧な手つきでペラリとページをめくっていた。



(……ハァ。精神世界って、どこもこんな感じなのかなー?……)


(……ティオの精神領域って、ホント何にもなくって真っ白でつまんないけどー、私が元々見てた夢も、真っ暗でなんにもなかったもんねー。あれが、私の精神領域なのかなー?……)


 サラはムダに辺りを走り続けながら、ぼんやり考えていた。

 サラは真っ直ぐに走っているつもりだったが、それは自然と、ティオを中心に大きな円を描くような軌道になっていた。


(……あれ?……)


 サラは、ふと、違和感に気がついた。

 「何もない」筈のこのティオの精神領域に、サラとティオと二つの赤い石以外に存在しているものがあった。


 まあ、お互いが着ている服は、自分自身をイメージした時に、いつも着ている服も一緒に出てきているのだろうという気がした。

 と言うより、さすがにいくら精神世界とはいえ、真っ裸では困ってしまう。

 「身につけているのが当たり前」という感覚が、自分の姿と一緒に、必須なものとして、服を生み出しているらしい。


 しかし、そうではないものが、ここには一つあった。

 あまりに当然のように毎回そこにあったので、サラはしばらく気づかなかったのだった。


「……ティオ、なんで本を読んでるのー?……ティオって、ここに来ると、いっつも本を読んでるよねー?」

「本ぐらい読んだっていいだろー。最近忙しくって、現実世界の方で読んでる暇がないんだよ。」

「そ、そうじゃなくってー!……どうして、ティオは本を持ってるのー? この世界って、なんにもないんじゃなかったのー?」

「……『なんにもない』か。」


 ティオは、ポツリと呟いた後、本から視線を上げ、ページをそっと閉じて、手にしていた本をサラにかざしてみせた。


「これは、俺が作った『偽物』だ。」

「え?……に、偽物? ティオが作ったって、何?」


 ティオはサラにヒラヒラと本を振って見せたのち、フッとその本を上に向かって投げ上げた。

 サラの目には、その本は、現実世界でティオが持ち歩いている、薄汚れてボロボロになった古めかしい本そのものに見えていたが……

 ティオの手を離れて空中に浮かんだ本は、音もなく、スウッと薄れて消えて……

 こつぜんと無くなってしまった。


「あれー!?」

 サラが大声を出して驚いている前で、ティオは、上にあげていた腕を水平の高さに戻した。

 すると、またどこからか、スウッと先程の本が現れて、トサッとティオの手に収まった。

「あれあれあれー!?」

 サラはまた大声を出す羽目になった。


 アゴが外れそうなほどあんぐり口を上げているサラに、ティオは相変わらず淡々とした口調で説明した。


「ここは俺の精神領域だって言ったろ?」


「俺が隅々まで明確に記憶してるものなら、作り出せるんだよ。そっくりな偽物をな。」


「……そ、その本って、ティオが記憶から作ったものだったんだー。……出したり消したりも、簡単に出来るのー?」

「まあな。ちょっとしたコツが要るけどな。サラも、自分の精神領域なら、練習すれば出来るようになるんじゃないか。ただし、出すものを詳細に記憶しているってのが、大前提だけどな。」

「うっ!……隅々までちゃんと覚えるのって、意外と難しくないー?」


 サラは、少し考えてみたものの、普段良く見ていると思うものでも、どれもどこかがぼやけていて、本物のように完璧に思い出すのは難しかった。

 ティオが本を模造しているのを見て、ちょっと「いいな」と思ったサラだったが、どうやら簡単には真似出来そうにない。


(……って言うかー、ティオの記憶力がおかしいんじゃないのー?……)


(……あの本をいっつも読んでるって事はー、中身までそっくりそのまま覚えてるって事だよねー? あの本の文字、全然読めないって言ってたのにー。……)


 サラが垣間見た、今ティオの手にある本のページは、どれも現実と同じく、気味の悪い模様にしか見えない複雑な文字がギッシリと詰まっていた。

 ティオがその本の文字を読めないとなると、彼はそのページ一枚一枚を、まるで絵でも覚えるかのように、見たまま丸ごと記憶しているという事になる。

 サラも、戦闘の時、相手の動きの一瞬一瞬を、絵のように詳細かつ鮮明に記憶する事はあったが、それはここぞという時だけだったし、その記憶が何日にもわたって保たれる事もなかった。

 ティオの記憶の仕方はサラの記憶方法に似た傾向があるものの、その量と細かさと強固さは圧倒的だった。


(……そう言えば、ティオってば、傭兵団の団員、全員の名前と顔もすぐ覚えたって言ってたなぁー。……)


 記憶力ではティオの足元にも及びそうにない事を、サラはヒシヒシと感じていた。

 と、同時に、ティオの記憶力が、普通の人間のそれから大きくかけ離れた、もはや異常と言っていい程のものだという実感が湧いてきて……

 サラは、思わず、ブルッと身を震わせた。



「ねえ、ティオー。私にもなんか出してよー。」

「え?」

「だってー、ティオだけ本を出して読んでるなんて、ズルイー! 私だって暇なのー!」


 サラは早々に自力で何かを再現するのを諦め、ティオにねだる事にした。

 そもそもここはサラの精神領域ではない。

 眠ると自動的に赤い石に連れられてティオの精神領域にやって来てしまっているサラには、どうやって自分の精神領域に行ったらいいのかさえ分からなかった。

 だったら、ここの精神領域の主であるティオに頼んで何か出してもらおうと思いついたサラだった。


(……んふふー。ティオのこの記憶力の良さだったら、どんなものでも出せちゃいそうー! 楽しみー!……)


 ウキウキと期待に満ちた眼差しでティオを見つめるサラ。

 一方ティオは、ポンとさっきのように、手にしていた本をどこかに消した後、なぜか、腕組みをして渋い顔になった。


「……言っとくけど、俺、刃物系は一切出せないぞ。怖くって、想像出来ないからな。」

「それはなんとなく分かってた。……別に、剣とかじゃなくっていいってばー。ここでは剣の腕は鍛えられないでしょー。」

「じゃあ、何を出して欲しいんだよ?」

「えっとー、そうだなぁー……お花畑!」


 サラは、アゴに指を当てて少し考えた後、パアッと顔を輝かせて言った。


「お、お花畑ぇ?」

「うん、そう! こうね、見渡す限り、バーッて、ババーンッて、綺麗なお花がいっぱい咲いてるのー!」

「……たくさんの、綺麗な花?」

「それからねぇ、空がピカピカーッて青くってー、雲がモコモコーッて白くってー、後、遠くの方にフワーッと山が見えたりとかー、小川がサラサラーッて流れてたりとかー、なんか、そんな感じの!……あ! 空には、おーっきな虹が架かってるといいなぁ!」

「……う、うーん……」

「とにかく、超綺麗で、超素敵で、超いい感じのお花畑、出してよー! ここ、なんにもなくてつまんないんだもんー!」


 激しい身振り手振りに反比例して言葉における表現力はさっぱりなサラの説明を、ティオはずっと眉間にシワを寄せた難しい顔で聞いていた。

 それでも、なんとかサラのリクエストに応えようと「……花、花……」とブツブツ言いながら、目を閉じて意識を集中し始める。


 やがて、ポン、とティオの足元に花が出た。

 が、それは、サラがぼんやりイメージしていたような、色鮮やかな綺麗な花ではなく……

 地味な色の葉と小さな花を持つ、雑草のような雰囲気のものだった。

 確かに現実の植物そのもののような、驚くべきリアルさではあったが。

 おまけに、土も何もない空間だというのに、ご丁寧に根っこまでついていた。


「……」

 サラは、あまりのガッカリ感にしばらく我を忘れて呆然とした後、ふと気づいた。

 ティオが出した地味な花に、うっすらと見覚えがあったのだ。


「あ! ティオ、これって、薬草じゃないー? ほらー、ティオが持ってた紙に、絵が描いてあったヤツー。」

「そうだけど。花咲いてるだろ、これ。」

「花……確かに花は咲いてるけどー、こういうんじゃないんだってばー!」


 以前ティオの持ち物検査をした時、サラはその中に、ティオが旅をしながら暇を持て余した時にメモしていた薬草の記録を見つけた事があった。

 そこに、紙の貴重さから、隙間なくビッシリと文字と共に描き込まれていたのが、先程出てきたものとそっくりの薬草の模写だった。


「もっとこう、パアアアッて感じのお花がいいのー! シャラララーンのキラキラキラーンなのー!」

「ええー……うーん、うーん……こう、か? いや、こっちか?」

「ち、違う違ーう! どれも、ダメダメじゃないー! なんで伝わらないかなー! って言うかー、ティオ、センスなさ過ぎだよー、もー!」

 

 サラは何度も何度もティオにやり直しを要求したが、いくら試してみても、雑草としか思えない貧相な薬草しか出てこなかった。

 サラが(なんで?)と言いたげな顔でジーッと責めるようにティオ見つめると、ティオはスイッと視線を逸らして申し訳なさそうに小さな声で言った。


「……悪い、サラ。俺、興味のないものは覚えられないんだよ。」

「えー! それ、先に言ってよぅー!」

「後、俺、美的センスがないって言うか、芸術関係は昔からさっぱりなんだよなー。ボロツ副団長や、チェレンチーさんみたいに、おしゃれでセンスが良かったら、もうちょっとなんとかなったんだろうけどー。」

「……」


 サラは(傭兵団でセンスがいいのって、あの二人だったのー?)と内心驚きながら、ティオの話を聞いていた。


(……あー、そう言えばティオって、盗んできた綺麗なアクセサリーから、宝石だけ抜き取って、後は適当に売り払っちゃうようなヤツだったっけー。本当に、芸術的なセンスゼロなんだなぁー。……)

 サラは、今更ながら、「宝石怪盗ジェム」としてのティオの行動に納得していた。


 そして、しみじみと悟った。

 いくら記憶力が良くても、美的センスがなければ、おしゃれで素敵なものは生み出せないのだと。


「……サラ、ゴメン。期待に添えなくて。」

「う、ううん! こっちこそ、ゴメン、無理言っちゃってー! もういいよー、忘れてー!」

 珍しくしょげているらしく、背中を丸めてうつむいているティオを前に、サラは必死に謝った。


 ティオは、しばらく暗い表情をしていたが、ふと何か思いついた様子で、パッと顔を上げた。


「あ! でも、俺、宝石だったらいくらでも出せると思うぜ!」

「宝石は要らなーい。」


読んで下さってありがとうございます。

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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「精神世界での偽物」

精神世界でティオが読んでいる本は、自分の記憶を元に作り出している偽物である。

ティオによると、精神世界の自分の精神領域では、偽物を作る事が可能らしい。

ただし、その精神領域の主が細部まで明確に記憶しているものに限られる。

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