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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第六章 終末と賢者と救世主 <前編>導きの賢者
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終末と賢者と救世主 #1


「これからみなさんに、この内戦の首謀者についてお話ししようと思います。」


 ティオがそう口火を切ったのは、夜の幹部会議の席上だった。


 いつものように、一日の訓練を終え、汗と土で汚れた体を洗い、夕食を済ませた後、傭兵団の幹部達と監視役のハンスが兵舎の会議室に集まっていた。

 各小隊長から今日の訓練における報告と反省を皆で聞き、ティオを中心としてアドバイスや改善点を話し合った。

 後は、翌日の訓練の予定を確認して終えるというのが、いつもの流れだったのだが……

 その日は、ティオが……

「俺が今まで集めてきた情報から、新たに判明した事がありますので、みなさんに報告しておきます。」

 と、言い出したのだった。



「内戦の首謀者ー?」

 サラは、うーんと首をひねった。

 まだ傭兵団に入る前、ティオと城下町の食堂で昼食を食べながら話を聞いたのだが……


「確か、この国の二番目の王子様なんだよねー?……えーと、名前は『ショーン』だっけー?」

「『ショーン』って誰だよ、サラよう。さすがに、敵の大将の名前ぐらいは覚えとこうぜ。……『バーン王子』だろ?」

「いやいや、何を言ってるんだ君達は。我が国の第二王子は『ボーン殿下』だぞ。」

「ち、違いますよー、みなさん!『第二王子ベーン様』ですー!」


 ティオはもはや呆れを通り越したような無表情で、ワイワイ言い合うメンバーを無言で眺めていたが、やがて、ビシッと手の平でチェレンチーを差した。


「はい、チェレンチーさんが正解!」


 「チエッ、外れたー。」「違ったかぁ。」「しまった、間違えた!」などとざわつくサラやボロツやハンスを、ティオは、トントンと机を指で叩いて静かにさせた。

 そして、会議室の机を囲む全員の注目がしっかりと自分に集まっているのを確認した上で、敢えて一拍おいてから、ゆっくりと話し出したのだった。


「確かに、この内乱を率いているのは、この国の第二王子ベーン殿下という事になっています。」


「しかし、本当の首謀者は他に居ます。」


「この内乱を企て、ベーン王子を担ぎ上げ、多くの兵士や民衆を引き連れて『月見の塔』にたてこもらせたのは、別の人物です。簡単に言うと、ベーン王子は、その人物にそそのかされて決起しただけの、ていのいい操り人形に過ぎません。」


 淡々と語るティオの言葉に、サラをはじめ、一同は「ええ!?」と驚き、しばらく言葉を失っていた。

 皆初めて聞く話だったが、特に王国正規兵であるハンスにとっては、耳を疑う突拍子もない内容だった。

 皆が一様に(まさか!)(そんなバカな!)という気持ちで見つめる中、ティオは淀みなく言葉を次いだ。


「その人物は……本名はまだ分かっていませんが、自身を『賢者』と名乗り、周囲の者達もそう呼んでいるようです。」


「『導きの賢者様』と。」



 気がつくと、サラは何もない空間に佇んでいた。


(……あ、これ、例の夢だ。……)


 そう、サラには以前から時々見ている変わった夢があった。

 それは、どこかで見た事のある風景や出来事が無秩序に羅列される普通の夢とは明らかに違っていて……

 何もないのだ。

 人や風景どころか、時間も、空間も、サラ本人の姿さえも、その夢の中には存在していなかった。

 ただ、確かに「自分」だと思われるサラの「意識」のみ、何もない空中にぼんやり浮かんでいた。


 しかし、それは、少し前までの事。

 現在その夢は、すっかり様変わりしていた。


 辺りに何もないのは変わりないが、以前は「無」である事が「果てのない闇」として見えていたものが、今は、真っ白に塗りつぶされいた。

 どこからともなく光が辺りに満遍なく満ちて、純白の空間を作り上げている。


 そして、意識だけだったサラも、今は姿を持っていた。

 小柄で華奢な体に、緩やかに波打つ長い金の髪と透き通ったつぶらな水色の瞳の、まだあどけなさの残る美しくも愛くるしい少女の容姿。

 長い髪は首の後ろで三つ編みに結いまとめ、共布で出来た生成りのシャツとキュロットスカートの上にオレンジ色のフードつきのコートを着ていた。

 サラが自分の「いつもの姿」として思い描く見た目そのものだった。


 しかし、一番の変化は、何もなかったサラの世界に、自分ではない人物が居る事だった。


「ティオ!」


 何もない真っ白な空間の、サラの前方10m程の所に、いつものように彼は居た。

 こちらも、いつもの彼と同じく、ボサボサの黒髪に、古ぼけた大きな丸い眼鏡という見た目だった。

 黒い上着の上に、すっかり色あせ裾のほつれ出した紺色のマントを纏っている事も変わりなかった。


 ティオは、何もない空中に、まるで椅子にそうするように、長い足を組んで腰掛け、静かに本を読んでいた。

 サラが来ていた事にはとうに気づいていたらしく、サラが、タタタタターッと真っ直ぐに駆け寄っていくと、ハアッと大きなため息をついて、そっと本を閉じ、視線を向けた。


「サラ、お前、ひょいひょい気軽に人の精神領域に入ってくんなよー。」

「別にー、私だって、来たくって来てる訳じゃないもーん! 眠ったらいつの間にかここに居ただけだもーん!」



 そう、実はここは、サラの夢ではないらしい。

 ティオが言うには、この世界を形作る三つの世界の一つ「精神世界」と呼ばれるもので、しかもその中にある、ティオ固有の場所、つまりティオの「精神領域」なるもののようだった。


 と言っても、サラにとっては「ただの変わった夢」としか感じられない。

 しかも、初めて精神世界にあるティオの精神領域に来てからというもの、夜眠ると、一度はここに来るようになってしまっていたので、もうすっかり緊張感が薄れていた。


 こうしてサラは、眠りについて「物質世界」の肉体の影響が薄れる事で、「精神世界」を感じ取れるようになり、「精神体」となって、毎晩ティオの精神領域までやって来ていた。


 それは、どうやらサラが持っているペンダントの赤い石の効果らしいのだが……

 サラの持っている赤い石とそっくりの赤い石を同じくペンダントにして身につけているティオは、その不思議な赤い石について、ほとんどサラに情報を与えようとしなかった。

 内戦が終わったら教えてくれる約束を交わしてはいるが、それまでは、サラには何も分からないままだった。


 最初はティオの徹底した秘密主義にブーブー不満を言っていたサラだったが、すぐに気を取り直していた。

 まあ、内戦が終わりさえすればティオからいろいろ赤い石について教えてもらえるのだから、今はのんびり待っていればいい、そう思うようになった。

 「考えても分からないものは、考えない!」「悩んでもどうにもならないものは、悩まない!」というのが、サラのスタンスだ。

 能天気な程楽観的なのは、サラの長所と言えなくもなかった。



「おっと! サラ、それ以上こっちに来んなよ!」


 サラがタタッと寄っていこうとすると、5m程の所で、ティオがストップをかけてきた。


「えー? なんでー?」

「危ないから。」

 と、ティオは短く答えた。


「でもー、最初はティオの方から近づいてきてたじゃーん。」

「それは、まさか自分の精神領域に他の人間が勝手に入ってくるなんて信じられなかったんだよ。しかも、やって来たのが、どう考えても精神世界の事なんてこれっぽっちも知らなそうなサラだったからな。そりゃあ、驚くっての。思わず近寄って、本物のサラの精神体か確認しちまったんだよ。」


「でも、冷静になって改めて考えると、これ以上、この精神世界でサラとの距離を縮めない方がいいと思ったんだ。」


「まあ、そんな訳で……サラがここに来ちまうのはその赤い石のせいだから、百万歩譲って仕方ないとしてもだ。……ここに来た時は、頼むから、俺から離れた場所で大人しくしててくれ。」


 「ふーん。」とサラは、生返事を返した。

 ティオの言っている言葉は分かっても、ティオがそう言ってきた理由は分からない。

 どうせ尋ねた所で答える気はないだろうと感じた。


 ここが精神世界だからか、それともティオの精神領域の中だからか、言葉を交わさずとも、なんとなくそういった雰囲気は普段以上に伝わってくる。

 ティオの考えている事や心の中までは知る事は出来なかったが、それはおそらくティオがサラに(教えたくない)と思っているせいなのだろう。

 そうなると、この世界では、まるで鍵の掛かった扉を前にしているかのように、中をうかがい知る事は出来なくなってしまうようだった。

 ただ、「ティオが何かを知られたくなくて心を閉ざしている」という感覚が伝わってくるばかりだった。


 まあ、ティオに「離れているように」と忠告されたので、サラは素直に言う通りにしようと思った。


 サラが、この精神世界やら精神領域やらの事を知ったのはつい数日前で、まだ分からない事だらけだ。

 そこへいくと、ティオの方は、一日の長どころか、ずっと前からこの精神世界を知っていて、ここにすっかり慣れている風だった。

 ここでは、まずは、ティオの言う事を聞いておいた方がいいと、サラは判断していた。

 


「あ! ねえ、ところで、ティオー。」

 サラは、ふと思い出して、再び本を開きかけていたティオに聞いてみた。


「えっとー……今、『物質世界』だっけ? そっちの私ってどうなってるのー?」

「ぐっすり寝てるけど。ちなみに、いつものように俺に布団に潜り込んでる。」

「……んぐぎゃ!……」


 サラは、受け入れがたい現実を前に、ギュッと目をつぶってヒキガエルのような悲鳴をあげていた。

 そんなサラの気持ちを察したらしく、やや困り顔のティオが提案した。


「あー、えっと……ベッドに戻そうか?」

「そうして!! 早く!……あ! でもでも、なるべく私の体には触らないでよねー! 変な所を見たり触ったりしたら、後でぶん殴るからねー! それからそれから、絶対雑に扱わないでよー! お姫様みたいに、大事ーに運んでー!」

「要求が多いなぁ。……まあ、分かったよ。」


 ティオは、小さくため息を吐きつつも、コクリとうなずいた。

 そして、また、何事もなかったように、組んでいる足の上で本を開いて読み出したが……

 すぐに、チッと唇の端を歪めた。

「ダメだ。もう戻ってきた。」


「ゴロゴロ転がり落ちてきて、そのまま器用に布団に入ってきた。いってぇ、転がってきた時頭ぶつかったぞ。サラは全然平気そうで、ぐっすり眠ったままだけどな。……いつも思うんだが、これ、熟睡してるとは思えない程的確に狙ってくるよなぁ。」

「……うぐぅ! むむむむぅ!……」

「どうする? 後何回か試すか? でも、これまでの経験から言って、まだすぐ戻ってくると思うけどな。俺は正直面倒臭い。」

「……くぅ!……わ、分かった、もういい。諦める。我慢する。全部忘れる事にする。……ううっ!」

「いや、我慢してるのはどっちかって言うと俺の方なんだけど。」



 そう、サラは、眠りにつくと、自動的に精神世界のティオの精神領域へとやって来てしまうだけでなく……

 同時に、物質世界でも、眠った肉体が勝手にティオのそばに寄っていってしまうのだった。


 これも、サラの持つペンダントの赤い石のせい、と言うより、サラの赤い石とティオの赤い石が引かれ合っているのが原因のようだった。

 ティオの話では、サラの持っている赤い石は、肉体の支配が薄れたサラの精神を操作して、ティオの持つ赤い石に会うために彼の精神領域へとやって来ているらしい。

 その影響が物質世界でも並行して出ており、物質世界での意識がなくなると、赤い石のペンダントを常に身につけているサラの体は、ティオのそばに勝手に寄っていってしまうとの事だった。


 ティオには、「サラの持っている赤い石を俺に預ければいいだけの話だ。」と、あっさり解決策を提示されたものの……

 サラは、ティオが、自分の赤い石を喉から手が出る程欲しがっているのを良く知っていた。

 盗み癖と宝石好きが極まったティオを元々全く信用していないサラが、自分の失った記憶の唯一の手がかりである大事なペンダントを、彼に預ける筈もなかった。


 そういった事情が絡み合って、サラは……

 毎晩、夢の中のような精神世界でティオと顔を合わせるのと同時に、現実でもティオの布団に潜り込んで一緒に眠っている状況が続いていたが……

 どうする事も出来ないまま、完全に諦めの極致といった心境で、成り行きに任せていたのだった。


(……もー! なんで私ばっかりなんでこんな目に遭うのよー! ティオの赤い石だって、私の赤い石にそっくりなのにー!……)


 ティオは確かに、サラのものと良く似た赤い石を、いつも肌身離さず首から鎖で下げている。

 しかし、精神世界ではきちんと自分の精神領域に居るし、物質世界でも、無意識にサラに寄ってくる事もなかった。


 ティオは、「いや、俺だって、気づかない内に影響は受けてると思うぜ。」と言っていた。

 こうして、全く自分のたちに合わない傭兵団に入った事も、城下町でサラに出会ってそのまま王城まで一緒に来てしまった事も……

 もしかすると、この王都でサラに出会った事さえも……

 ただの偶然ではなく、サラとティオ、二人の持った赤い石が二人の精神に影響を与えたせいではないか、というのがティオの仮説だった。


 それでも、サラと比べると圧倒的に、ティオに表出している影響は少なく見えた。

 その理由は、彼の持つ「鉱石に残った記憶を読み取る異能力」に関係があるのかもしれない、とサラは考えていた。

 ティオは、意識的か無意識的かは分からないが、なんらかの方法で、自分の持つ赤い石を制御しているような気がした。


(……ふーんだ!……)


 どうにもならない事とはいえ、こうして精神世界で平然とした顔で静かに本を読んでいるティオを見ると……

 サラはちょっとムッとした気持ちになり、ぷうっとリスのように頰を膨らませていた。


読んで下さってありがとうございます。

ブクマ、評価、感想、いいね等貰えたら嬉しいです。

とても励みになります。



☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「ナザール王国の第二王子ベーン」

現在続いている内戦の原因である反乱軍の首謀者とされている。

容姿、能力共に、ごくごく普通のとても影の薄い人物らしい。

国王バーンと第一王子で皇太子のボーンと良く名前を混同されがち。

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