第二話 3 小さな島の椿
当小説はフィクションであり、人物、団体、人種は全て架空の物で、実在する物とは一切関係ありません。
この作品は前作「黄泉軍語り 帰還の導 術使いの弟子(https://ncode.syosetu.com/n2119he/)」の続編です。
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結局上陸要員は我々三人。島はとても小さく、大人数で上陸する意味は無いと判断したからだ。
「お待たせしました。」
「意外と早かったじゃないか。」
吾輩達が艦首で島を眺めていると、淺糟軍曹が走ってきた。ちゃんと命令通り無線機を担いでだ。
背負い式の無線機。吾輩が想像した物とは違い、手提げ鞄ほどの大きさだ。
「無線機だが、意外と小さいな。」
「小さいけど、とても優れものだよ。」
そう言うと軍医殿は早口で説明した。軍医殿の言うには長距離通信を始め、長時間稼働の電源、簡単な思念を送受信。通話の暗号化と抗理力探知に優れた物らしい。
続けて各々の獲物はいつも通りだ。吾輩は魔法銀の重皮鎧に身を包み、鉞と大型回転式拳銃、宝石色の盾を背中に背負う。
「それじゃあ。出発進行。」
「ちょっと待って下さい。内火艇は使わないのですか。」
淺糟軍曹は軍医殿の出鼻をくじく。もちろん通常なら内火艇を使って上陸するが、今回に限ってそれは不要だ。
「それなら問題無いだろう。吾輩とお前さんは“飛翔”の術が使える…あ。」
言葉を出してから、淺糟軍曹が言おうとしたことを理解した。
軍医殿は空飛ぶ術を使えない。そのことをすっかり忘れていた。
黄泉軍は理力を用いて、魔法のような現象を起こすことができる。そして、理力を用いて摩訶不思議な現象を引き起こす現象を、術と呼んでいる。空を飛ぶ“飛翔”の術もその一つだ。
もっとも、術の仕様には本人の素質が関係しているため、軍医殿のように術の素質が無ければ、“飛翔”の術で空を飛ぶことはできない。
「もへへ。チミ達二人が、ボクチンを担いでも良いのだよ。」
「軍医殿は海水浴をご所望のようだ。」
軍医殿はなぜか大威張り担ぐように要請したから、少し仕返しをしてみた。期待通り、軍医殿は意表を突かれたような表情をする。
「え、あ、ちょ。お願いだから、ボクを担いでいって。濡れるは嫌だじょ。」
「ぶふっ。あ、失礼しました。」
軍医殿は大げさに狼狽する。淺糟軍曹は我々のやり取りを見て、思わず噴き出した。最近忙しくて冗談一つ言っていなかった。ちょっとした冗談を言った側としては、冥利に尽きると言うものだ。
「冗談だ。淺糟軍曹。吾輩が軍医殿を担ぐ。あの島に上陸するぞ。」
吾輩は軍医殿を背中に担ぐ。
「盾が固いねぇ。」
軍医殿は背中の盾にしがみついて、文句を言う。吾輩と淺糟軍曹は、二人で“飛翔”の術で飛び、初めの世界の島に向かって飛んでいった。
◇◇◇
初めの世界の島。岩頸と呼ばれる島で、まるで奥歯の先が海面に出たような、標高は一〇メートル位で外周が狭い島だ。そんな島に、一本の木が生えている。島の面積に比べてそれなりに高く伸びた木だ。
吾輩達は低空で島の外周を一周して、高度を上げて島全体を眺める。
「大きな木が一本、はえています。」
「あの島の保水。どうなっているんだろうねぇ。」
軍医殿と淺糟軍曹は、木についての感想を述べる。吾輩は知性存在の件を思い出した。
吾輩は静かに“生命力探索”の術を行使する。静かに術を行使するのは、吾輩の術の行使のやり方だ。特に今回のような探索の術の類は、他の人に知られてはいけない場合もあるからだ。
“生命力探索”の術の回答は植物の反応のみで、動物の類はいないようだ。小さな虫はいるかもしれないが、そこまでの精度は必要ないだろう。
「軍医殿。知性存在の件だが、あの木が怪しいと思う。」
「え、知的生物がいるのですか。」
淺糟軍曹は思わず身構える。そういえば知的存在の件については、何も話していなかったな。
「もへへ。淺糟軍曹に話していなかったけど、知性存在を確認したんだよねぇ。ボク達はその調査も兼ねているんだよねぇ。」
「遭難者がいるのでしょうか。“生命力探索”の術を行使します。」
そう言うと、淺糟軍曹も“生命力探索”の術を行使する。吾輩は良い判断だと心の中で褒めた。
「ダメですね。植物の反応しか見受けられません。もっと近くで、もう一度探査しますか。」
「その必要はない。吾輩も同じ結果だった。遭難者の類はいないという事だ。」
「隠れている可能性はありますか。」
「もへへ。それなら生活の跡があるはずだよ。そう言った物は見当たらなかったねぇ。」
確かに探索の術を逃れる方法はいくつもある。しかし今回の件で、それで隠れる理由が見当たらない。軍医殿の言う通り、生活の跡が見当たらない以上、遭難者がいる可能性はないだろう。
「そうなると、最も怪しいのは例の木だな。」
「それなら、木の麓にれっつらごう。」
軍医殿の指示に従い、吾輩達は高度を下げて木の前降り立つ。
◇◇◇
吾輩達は木のそばに降り立つ。吾輩は軍医殿を下ろし、木を調べる。
全高は一五メートルくらいだろうか。葉は厚く艶がある。そして実が付いておりその実は赤く、その大きさは卓球の弾の大きさだろうか。いくつかの実は、パックリと割れて、中から大きな種が顔をのぞかせている。この木は椿の木だ。だが、椿の木にしては全高が高い。
吾輩は再び生命探索の術を行使する。今度の目標は木だ。
木から力強い自然の生命力を感じる。それは数多の実をつけて次世代への種を残そうとする力だった。
しかしその反面。その内部はとても弱弱しい生命力を感じる。恐らく木自体に寿命が迫っているのだろう。この老木は残された力を使って、種を残そうとしているのだろう。
「この木は椿の木だね。大きな実も生っているなぁ。」
軍医殿は木に登り枝へと渡る。椿の実のそばまで渡り手に取ろうとした瞬間。
「この島に訪問者とは、お前達は何者だ。」
吾輩達は心の声を聴く。その声は力強さと弱弱しさの双方を兼ね備えていた。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しんでいただけたのであれば、幸いです。
次回は椿の木との交渉で、軍医が余計な事を言います。
それではまたお会いしましょう。