僕に辛く当たる従姉に全力で反抗した大内さん
部屋に入ってくるなり、僕のTシャツを投げつけられた。
「っ!」
とっさに腕で庇う。結構な勢いだったのでわりと痛かった。水面に叩きつけられるような感覚だ。
「言ったわよね。一緒に洗濯するなって」
「ご、ごめんなさい」
僕は小さくなって頭を下げる。
学校の制服姿の彼女は僕の従妹の海老名亜梨沙さん。高校2年生。
シングルマザーだった母さんがなくなって5年。伯父さんの家にお世話になっている……んだけど、
彼女にはよく思われていない。最近ではこうやって物を投げつけられることもある。
分かってる。当然だ。年下とはいえ、同年代の男と同じ屋根の下に住むなんてストレスが貯まるだろう。
「亜梨沙ー。また凪矢君に当たって」
「何よお母さん、こいつの味方すんの?」
「味方っていうか、凪矢君はあなたが嫌だって言うから下着とか手洗いしてるのよ? Tシャツくらい良いじゃない」
伯母さんが困ったように言う。
「あっそ。じゃあ、洗濯物は全部手洗いしてよね」
「ちょっと亜梨沙」
亜梨沙さんはふんと鼻を鳴らして自室へ戻って行った。
「ごめんね、凪矢君。あの子、受験でピリピリしてて」
「いえ、僕が悪いんです」
僕はそう言って肩を落とした。僕がここにいなければ、亜梨沙さんは快適に過ごせていたのだろう。
僕がここへ来たから……。いなくなった方が良いのだろうか。
そうだ、またバイトを増やそう。家に入れるお金を増やさないと。ただで養ってもらうのが良くないんだ。
伯母さんが何か言ってたが、まったく頭に入らなかった。
翌日のこと。
コンビニのバイト中。
「よう、風見」
レジにいた僕に声をかけてきたのは休憩室から出てきた大内蓮華さん。僕の一個上、高校2年の女子だ。
「お疲れ様です」
「どうしたー? 浮かない顔して」
「なんでもないです」
「お前には世話になってるし、無料で相談乗るぜ?」
にひっと笑う大内さん。世話になっている? ……よく、頼まれて勤務時間を交換したりするのでそれのことかな。
いつもなら、もう一度なんでもないと会話を打ち切るところなんだけど、今日はなんとなく、精神的にきつくて。
「実は」
自分と従姉の関係を話してしまった。
で、聞き終わった大内さんの反応。
「え、キモ」
「……はい?」
こんなことで悩んでいるのは、やはり気持ち悪いだろうか?
「あ、や。すみません。変な話しして」
「いや、その女がキモい。伯父伯母は別に洗濯物一緒でも良いんだろ?」
「え、あ、はい」
「ならその女だけ別に下着手洗いしとけよって感じだよな。あほなんじゃないの?」
「……」
なんだか、世界をひっくり返されたような衝撃だった。僕が全面的に悪いと思っていたのに、まさか亜梨沙さんへの強烈な批判が飛び出すとは。
「風呂の洗面器で血のついたパンツ洗っとけって感じだよな」
「血!?」
「あれ、知らんの? 女って月に一回、血が」
「し、知ってますっ、知ってますから」
当たり前のようにデリケートな話をする大内さん。
「それに、家の持ち主は絶対伯父伯母だし、金稼いでんのも二人だろ? その女、一銭も出してないじゃん。何イキってんの?」
もはや、ぽかんとするしかなかった。
「あ、その女、見物に行って良い? どんなもんか見たいんだけど」
「うちに……?」
「だって、風見が元気ないとシフト交換してもらいづらいじゃん。ちょっと見に行くわ」
大内さんの考えがまったく分からないけど、彼女を連れて、海老名家へと向かうことにした。
バイト終わり、待っていてくれた大内さんと僕の家へ向かう。
玄関を入ると、
「凪矢君おかえり」
丁度出てきた伯母さんが、笑顔で迎えてくれたのだが。
「!?」
その表情が驚愕に染まる。
「伯母さん……?」
「お、お友達?」
「お邪魔しまーす。大内蓮華っす」
大内さんは頭を下げた。
「あ、は、はい。どうぞ。お、お茶入れるわねっ」
興奮気味に言って、キッチンへ戻って行った。
「んじゃ、部屋に行こうぜ」
大内さんはけろっとした顔で言う。
彼女を僕の部屋へと連れて行く。
「おお、きちんとしてんなー。いきなり来たのに綺麗じゃん」
「そう、かな」
「ぶっちゃけあたしの部屋、マジで汚いからな」
「そう……なんだ」
冗談なのか、本当なのか。
と、僕の部屋のドアが開いた。
あ、まずいっ。
入ると同時に丸めたTシャツを投げ付けられ、あろうことか、大内さんの顔に直撃。
僕は顔を引きつらせるしかない。
「またTシャツを……って……」
無言で亜梨沙さんを見つめる大内さん。
「は? 誰」
大内さんはにひっと笑った。
「お邪魔してやーす。風見のダチの大内っす」
「へぇ、友達いたんだ」
冷ややかな視線の亜梨沙さん。
「あんさぁ、風見に聞いたんだけど、風見の服と自分の服を洗濯するの、嫌なんだって?」
「だから何。て言うか、いきなり何」
亜梨沙さん……。Tシャツぶつけたことへの謝罪はしたほうが良いと思うんだけど。今まで気づかなかったけど、もしかして、彼女、常識ないのかな。
「お前が手洗いすれば解決じゃね?」
「は? なんで私が」
「伯父伯母は風見の服と一緒に洗濯するのオッケーなわけよ。3対1。お前の下着臭そうだし、むしろそうすべきだろ。なぁ? 風見」
「え……」
僕に振るの……?
「くさ!? 失礼過ぎんでしょ!?」
「客に物投げてくるやつに言われたくねー。アホなんじゃないの?」
けらけらと笑う大内さんである。亜梨沙さんは顔を真っ赤にしていた。
大内さんの余裕っぷりが凄まじい。
「出て行けっ」
「え、やだけど。なんでよ?」
と、伯母さんがお茶とお菓子を運んできた。
「お待たせー。亜梨沙、何してるの? お客さん来てるんだから邪魔しちゃ駄目じゃない。これ、よかったら食べてね。クリーム大福大丈夫?」
「大福!? あたし、和菓子に目がないんですよー。ありがとうございます。今日は手ぶらで申し訳無いですけど」
「ふふ。そんな気にしないで」
伯母さんはにっこりと笑って去って行った。
「めっちゃ良い人じゃんっ」
「ああ、うん。伯父さんも伯母さんも優しいんだ」
親なしになった僕を暖かく迎えてくれたのだから。
「お前の分ないっぽいから、さっさと部屋戻れよ。てか、あたし、お客だから」
「っ!」
「あ、パンツちゃんと洗えよー?」
亜梨沙さんは何も言い返さず、勢いよくドアを閉めたのだった。
「おお、キチガイじゃん」
「キ、キチガイって」
それから、大福とお茶を飲んで、一時間ほど。
大内さんが帰るというので、送ることにした。辺りは暗いし、女の子だし。
歩きながら、
「ありがとう。……僕は言い返したり出来ないから、なんか味方になってくれて嬉しかった」
「アホの言動に振り回され過ぎだな。自分の立場で縮こまるなよ。伯父さんも伯母さんも優しいんだからさ。しっかり勉強して学校卒業して、働きだしたら滅茶苦茶恩返ししろよな」
大内さんがにひっと笑う。その笑顔にどれだけ救われたことか。
「……ありがとう。大内さん、綺麗で可愛くて、仕事も、なんでも出来るのにさ。僕なんかを気にかけてくれて嬉しかった」
見ると、大内蓮華さんは、顔を真っ赤にしていた。
「いきなりぶっこんで来るんじゃねぇよ!」