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猫が好き!  作者: 山岡希代美
第1部 絶対、猫が好き!
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7.黒の片鱗



 夕食と後片付けを終えた時、携帯電話に瑞希からメールが来た。

 明日シンヤを連れて行く事になっていたが、ひとりで来て欲しいと言う。

 瑞希は課長だ。何か緊急の会議とか来客とか、或いはトラブルでも発生して、時間が取れなくなったのだろう。

 用件だけで理由は書かれていなかったので、詳細は分からなかった。

 後片付けを手伝っていたシンヤは、真純がメールを見ている間に、リビングに行っていた。

 ソファに座って新聞のテレビ欄を見ていたが、真純の気配に顔を上げて尋ねる。

「テレビ見ていい?」

「いちいち断らなくていいよ」

 連絡も寄越さず家を空けたり、いくら呼んでも起きないほど、いい加減な奴かと思えば、食事の後片付けを手伝ってくれたり、テレビをつけるのも冷蔵庫を開けるのも、いちいち断るほど律儀だったり、シンヤは二面性を持っている。

 もしかして、と思って訊いてみたら、血液型はAB型だった。献血に行くと喜ばれるので勧めておいた。

 真純はシンヤの隣に座って、瑞希の用件を伝える。

 途端にシンヤは不安そうな表情を浮かべ、つけようとしていたテレビのリモコンを置いた。

「また、一人で行くの?」

「だって一人で来いって言ってるし、今までも一人だったし」

「でも心配だなぁ。やっぱり僕も行くよ」

 当たり前のように言うシンヤに、真純は眉をひそめる。

「人の話、聞いてた? 一人で来いって言われてるの」

「だから外で待ってるよ」

「情報システム部まで来るように言われてるの。多分、書類の交換だけじゃなくて、打ち合わせがあるんだよ。どれだけ時間がかかるか分からないし」

「かまわない。家で心配して待ってるよりいいから」

 シンヤが何を心配しているのか、相変わらず分からない。朝もはっきりと言わなかった。

 またはぐらかされるかもしれないが、真純はひとつ嘆息して、単刀直入に訊いてみた。

「何を心配してるの?」

「だって真純さん、危なっかしいんだもん。得体が知れない僕をあっさり家に入れたりするし」

 自分の事を得体が知れないと自己申告する奴も珍しい。

「だって襲ったりしないって言ったじゃん」

 真純が反論すると、シンヤは呆れたように言う。

「そんなの信じる方がどうかしてるよ」

「でも実際に初対面で襲ってないし」

 非常識呼ばわりされたのが悔しくて言い返すと、シンヤは意味ありげにニヤリと笑った。

「初対面ではね。もう初対面じゃないよ。そうやって油断させて、襲う気満々だったらどうする?」

「え?」

 ドキリとして硬直した隙を突いて、シンヤは真純をソファの上に押し倒した。突き放そうとして伸ばした両の手首を掴まれ、ソファに押さえつけられる。

 真純の上にのしかかったシンヤは、薄笑いを浮かべて見下ろした。

「真純さん、ちっちゃいからね。押さえ込むの簡単なんだよ」

「放して! 何のつもり?」

「愚問だね」

 必死で抵抗するが、腕も身体もビクともしない。シンヤは何をするでもなく、暴れる真純を静かに見下ろしている。

「逃げられるもんなら、逃げてみなよ」

 挑発的なシンヤの言葉に、真純は彼を睨むと、頭を持ち上げて頭突きを食らわそうとした。

 しかしシンヤは、それを軽く躱し、再び真純を覗き込む。

「同じ手は二度と食わないよ。次はどうする?」

 別におもしろがってるようには見えない。

 目を細めて薄笑いを浮かべたまま、感情の見えないシンヤに軽い恐怖を感じて、真純の目には知らず知らずに涙が滲んできた。

 それに気付いたのか、シンヤの表情が動いた。申し訳なさそうに穏やかな笑みを浮かべて、手首を掴んだ手を緩める。

「もう少し警戒した方がいいよ。簡単に人を信じない方がいい」

 そう言ってシンヤは真純を解放し、身体を起こした。真純も身体を起こして、ソファに座り直す。

 気が抜けた途端に、涙が溢れ出した。背中を丸めて俯くと、ひざの上で握った手の甲に、パタパタと涙がこぼれ落ちる。

「真純さん……」

 心配そうな声で、シンヤがにじり寄ってきた。伸ばそうとした手を、真純は一喝して制する。

「触らないで!」

 一瞬動きを止めたものの、シンヤはお構いなしに横から真純をそっと抱きしめた。

 真純の頭に頬を寄せて、囁くように言う。

「ごめんね。脅かし過ぎちゃった。でも本当に心配なんだよ」

 結局、何を心配しているのか、はっきりとは分からない。なんだか盛大に、はぐらかされたような気がする。

 怖かったはずなのに、すっぽりと包まれたシンヤの腕の中は案外心地よくて、次第に涙が退いていった。

 けれど少しも反撃できなかったのは悔しいので、せめて態度で反撃する。

「おまえが一番危険だという事はわかったから、明日はやっぱり一人で行く。ついて来るな」

「え? そんなぁ」

 残念そうに言いながらも、シンヤの声はなんだか嬉しそうだ。

「御主人様の命令じゃ仕方ないな。おとなしく家で”待て”してるよ」

 そう言ってシンヤは、一層真純を抱きしめた。




 翌日、真純は宣言通り、一人で辺奈商事に向かった。

 本社ビルの前で社員証を首にかけ、七階にある情報システム部を目指す。

 ショールームや多目的ホール、総合受付のある一階と、エスカレータで外から直行できる二階のカフェは一般人も出入り自由だが、それ以外の場所では社員証のない者は、守衛に呼び止められるのだ。

 変則的な勤務をしているものの、真純も一応社員だった。

 情報システム部の扉を入ると、入口は狭い空間になっている。一歩入ったところにカウンターが設けられ、受付のプレートと呼び鈴が置いてあるだけで、人はいない。

 右手には扉を開け放たれた応接室があり、左手と正面に静脈認証装置の備えられた扉がある。

 つまり、静脈を登録した者しか、この先へは入れないのだ。

 真純も以前は登録してあったが、今は在宅勤務なので情報が抹消されている。

 カウンターの呼び鈴を押すと、少しして正面の扉から、庶務の女性が現れた。真純の用件を聞いて、扉の奥へ姿を消す。ほどなく瑞希がやって来た。

「わざわざ上がってきてもらってごめんね。下じゃちょっと話せないから」

 そう言って真純を右手の応接室に促した。真純は瑞希と一緒に応接室に入る。

 まずはいつものように書類を交換していると、先ほど応対に出た女性が、コーヒーを運んできた。

 彼女が立ち去るのを待って、真純は切り出した。

「下で話せない事って何?」

「昨日話したハルコの挙動不審について調べてみたのよ」

 瑞希はコーヒーを一口すすって、話し始めた。

 少し前から辺奈商事では、ハルコを使ったコンピュータセキュリティ事業を展開しているという。

 契約した会社のサーバを不正アクセスやウィルスの侵入から、ハルコが監視し守るというものらしい。

 セキュリティ事業は瑞希の管轄ではなく、業務状況にはノータッチだったようだ。

 ところがハルコが何を捜しているのか探っていく内に、その原因がセキュリティ事業に関係している事が分かったらしい。

「どうやら初恋の彼に再会したらしいのよね。メッセージのログが残ってたわ。多分、彼を捜してるんだと思うの」

「でも、それって、わざわざコソコソ話すような事なの?」

 真純が口を挟むと、瑞希は真剣な表情で話を続けた。

「問題はそこじゃないのよ。ハルコがセキュリティ事業で再会したって事は、彼は不正アクセスを行ってたって事なの。その日時は三日前の夜。場所はあんたんちの近所のビジネスホテルよ。ハルコが通報してセキュリティ会社が駆けつけた時には、ホテルの部屋はもぬけの殻だったそうよ。そして翌日の午前中、同じ会社のサーバにまた不正アクセスがあったの。同一人物かどうか分からないって管理担当者は言ってたけど、私は同一人物だと思うわ」

「どうして、そう思うの?」

 真純の問いかけに、瑞希は確信に満ちた目で告げる。

「だって二回目のアクセスはあんたんちからだったんだもの」




Copyright (c) 2010 - CurrentYear Kiyomi Yamaoka All rights reserved.



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