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猫が好き!  作者: 山岡希代美
第1部 絶対、猫が好き!

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10.ダークサイド



 部屋に散らばっていた荷物をまとめてバッグに詰め込み、進弥は力なくベッドに座った。

 ひざの上でノートパソコンを開き、メールをチェックする。

 あれ以来、あいつからメールは来ない。廃棄しようと思っていたが、真純の事を考えると、念のため残しておいたのだ。

 今日も来ていないようだ。進弥はパソコンを閉じて、ブリーフケースに片付けた。

「私が戻るまでに出て行って」

 そう言い残して、真純は進弥の制止を振り切り、家を出ていった。

 しばらく身を隠せればいい。正体がバレたら、ゲームオーバー。そうなる前に出て行けばいい。最初はそんな軽い気持ちだった。

 やけにあっさり家に入れてくれたので、若い男と遊びたいだけの軽い女だろうと思った。ほんの少し好意を見せれば、簡単に誘いに乗ってくるだろうと。

 ところが真純は、無防備に見知らぬ男を招き入れる割に、驚くほどクールでガードが堅い。

 色々個人的な事を訊いてきたり、食事を作ってくれたり、自分に好意を示しているのだろうと思い、捕まえようとすると、スルリとすり抜けていく。まるで猫だ。

 逃げられると追いたくなるのは、犬の本能か、オスのさがか、真純が進弥を拾ったのには何も裏がない事が分かり、気が付けば本気で捕まえようとしていた。

 皮肉な事に、あいつに真純の事を恋人だと勘違いされ、気付かされた。

 自分が捕まえる前に、あいつにも他の誰にも、真純を攫われたくなかった。

「やっと捕まえたと思ったのにな……」

 普通、二十五を過ぎた女は自分の年を言いたがらないのに、真純は免許証と共に実年齢を明かし、自分の方がうんと年上である事を主張した。

 几帳面で時間に厳しい真純は、進弥の事を世話の焼ける子犬だとしか思っていないようにも見えた。

 元々相手にされていなかったのかもしれない。

 おまえ呼ばわりを拒否したのに、未だにおまえ呼ばわりされているし、進弥のアピールにも真純のリアクションは冷めている。

 信用されていないのだから、当然な気もする。

――簡単に人を信じるな――

それは自分自身に、言い聞かせている事だった。自分がそのせいで、結果的に社会からドロップアウトするハメになったから。

 三年前、ハルコの不正アクセスで、進弥は辺奈博士から挑戦状を叩きつけられた。

「本物のハルコに会いたかったら、ここまで来なさい」

 その言葉に煽られて、必ずそこまで行ってやると誓ったのだ。

 当時の進弥は、商業高校の二年生だった。

 ハルコに会うためには、辺奈商事に入社するしかない。

 大手総合商社である辺奈商事の、高卒者新卒枠は、かなり狭き門だった。大卒者も決して広くはない。おまけに新入社員は、希望通りの部署に、配属されるかどうかは分からない。

 ところが情報システム部に限り、年齢学歴不問で、随時中途採用を受け付けている事を知った。

 ハルコは情報システム部にいるはずだ。当てにならない新卒枠を狙うより、実力と業務経験を身につけて、中途採用枠を狙おうと、進弥は高卒で小さなソフトハウスに入社した。

 その会社は主に地元企業のシステム開発を請け負う傍ら、自社独自のパッケージソフトの開発にも力を入れていた。

 企業の請負だけでは、景気が悪化した時、会社が傾く危険性があるからだと社長は言う。

 コンピュータシステム開発の発注は、企業にとって設備投資だ。国の制度や政策の変更でやむを得ない場合を除いては、会社の経営状態に余裕がある時にしか、資金は投じたくないものだ。

 不景気になれば、ソフトハウスは、モロに煽りを食らう。不景気のダメージを軽減するため、会社は一般ユーザ向けのパッケージソフトを開発する事にしたらしい。

 進弥は入社三年目の先輩に指導を受けながら、プログラムの製造を行っていた。

 プログラミングの知識は元々あったが、チームでのシステム開発の手順や業務知識など、学ぶ事は多い。一歩一歩ハルコに近付いているのだと思うと、仕事が楽しかった。

 会社では毎月一回、パッケージソフトの企画会議が行われる。

 会議に出席するのは、主任以上なので進弥は出席できない。けれど、出席できない社員の提案は、主任以上の者がとりまとめて発表する事になっていた。

 進弥を指導する先輩は主任だったので、進弥も一つ提案してみた。

 毎月会議で提案された企画を検討はするが、採用される事は滅多にないらしい。あまり期待はするなと言われたが、会議から戻った先輩は、進弥の企画が採用された事を興奮したように伝えた。進弥は先輩と共に、パッケージ開発チームに入る事になった。

 その翌週、手渡された企画書を見て、進弥は愕然とした。企画立案者が先輩の名前になっていたのだ。

 先輩に尋ねると、自分も今見て驚いたと言う。何か手違いがあったのかもしれないので、自分から伝えておくと言われ、先輩に任せた。

 ところが結局、開発の終了まで、名前が書き換えられる事はなかった。

 手放しで企画を褒め称える上司を前にして、自分ではないと言い出せなかったと、先輩は進弥に頭を下げた。

 自分より六つも年上の先輩が、平身低頭している様は気の毒で、責める事が出来なかった。

 出来上がったパッケージソフトは、そこそこ売れたようだ。それにより先輩は会社から褒賞金を受け取ったらしいと同僚から聞いたが、先輩から進弥へは何の話もなかった。

 少しして再び進弥の提案した企画が、先輩の名前で採用された。

 二度目ともなれば、手違いでない事は分かる。先輩も今度はごまかすつもりがなかったようだ。前回の功績が認められている自分の名前だからこそ、採用されたのだと開き直った。

 このままここにいても、自分の業務経歴にはならず、先輩に功績と褒賞金を与える事になるのかと思うとバカバカしくて、進弥は会社を辞めた。

 今度は上手く立ち回ろうと別の会社を当たってみたが、世の中は甘くなかった。

 入社一年未満で自主退職した進弥の履歴書は、人事担当者に受けが悪い。おまけに業務経歴はほんの二、三で、担当作業はプログラミングのみ。

 経験値がものを言う中途採用では、分が悪すぎる。大概は書類選考で落とされ、面接までこぎ着ける事は稀だった。

 不採用の数を積み重ねるごとに進弥は、暇潰しで始めたハッキングにのめり込んで行った。

 侵入したサーバに、時々コンピュータウィルスを置き土産にして、パニックに陥る様子を想像しながら、虚しい自己満足に浸る。

 そんな事を繰り返しながら、入手した顧客リストをアンダーグラウンドで販売したら、思いも寄らない高値がついた。

 何度か販売している内に、情報入手の依頼が来るようになった。

 入手した情報を業者に売って金にしようとする奴や、出世の足がかりにしようとする奴。

 "シンヤ"に情報入手を依頼するのは、そんな奴らだ。

 自分を食い物にした先輩を思い出し、怒りがこみ上げてくる。欲に目のくらんだこいつらを、今度は自分が食い物にしてやろうと、多額の報酬をふっかけた。

 それでも依頼は、途絶える事がなかった。

 そうして進弥は、闇の世界に墜ちていった。

 就職を機に一人暮らしを始めた進弥が、会社を辞めた事を親は知らない。裏稼業を始めてからは、その部屋も引き払い、ビジネスホテルやウィークリーマンションを点々とした。居場所を特定されても、足が付かないようにするためだ。

 長期出張が多いため、そうしてあると親にはウソをついた。

 真純と出会ったあの日、目指していたはずのハルコに邪魔をされ、初めてハッキングに失敗した。突然居場所がなくなり、ほとぼりが冷めるまでの居場所を真純に求めた。

 けれど真純と一緒にいたくて、そのまま裏社会からフェードアウトしてしまいたくなった。

 あいつが何も行動を起こさなければ、もう一度再就職の道を探ってみようと思い始めていた。

 なのに、その前に自分の正体が、辺奈商事にバレてしまった。

 このままここにいては、真純に迷惑がかかる。真純にも出て行ってくれと言われた。

 分かっていても、重い腰がなかなか上がらない。ここを出て行ったら、もう二度と真純に会えなくなるからだ。

 荷物を手に取ったものの、踏ん切りがつかないまま、ぼんやりしていると、ポケットの携帯電話が、メールの着信を告げた。

 確認すると、真純からのメールだった。不審に思いながら、メールを開く。

 そこには文章はなく、画像が添付されているだけだった。

 何かの場所を示したものと思われる地図の画像。スクロールさせてその下にあるもう一枚の画像を目にした時、背中に冷水を浴びせられたような気がして、進弥の目は一気に見開かれた。

 口にガムテープを貼られ、ぐったりとして目を閉じた、真純の姿がそこにあった。

 進弥は荷物を置いたまま、玄関と門扉の施錠ももどかしく、急いで家を飛び出した。




Copyright (c) 2010 - CurrentYear Kiyomi Yamaoka All rights reserved.



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