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猫が好き!  作者: 山岡希代美
Episode 0
1/38

虜(とりこ)



「あなたは、だれ?」

 初対面の相手に対して、あまりにも不躾で唐突な言葉。

 それが、シンヤとハルコの出会いだった。



 その日、進弥しんやは、夕食後寝るまでの間、インターネットでお気に入りのサイト巡りをしていた。

 すると突然、画面の真ん中に別ウィンドウが開いた。

 うっかり広告でもクリックしたかと、画面を閉じようとしたが、その画面には×ボタンもメニューもない。

「見るまで、閉じるなって事か?」

 進弥は、苛々しながら腕を組むと、画面が完全に表示されるのを待った。画面上に閉じるボタンでもあるだろうと思ったからだ。

 少しして表示されたのは、見た事もないチャットの画面だった。

 進弥はすかさず画面をスクロールさせて、閉じるボタンを捜した。――が、どこにもそれらしきものはないし、他へ移動するリンクすらない。

「マジ?! なんだよこれ。強制終了しろってか? うぜぇ」

 ブツクサ言いながら、進弥がキーボードに手をかけた時、チャットの画面に動きがあった。



 ハルコさんが入室しました。

 ハルコ: あなたは、だれ?



「はぁ?」

 進弥は思わず手を止めて、訝しげに画面を見つめた。

 無視して強制的に画面を閉じてしまえばよかったのかもしれない。

 だが、ユーザをないがしろにした不親切な画面と、入室していきなりのすっとぼけた質問に苛ついて、つい反応してしまった。



 シンヤさんが入室しました。

 シンヤ: おまえこそ誰だよ。つーか、普通最初は、はじめまして、とか言わね?

 ハルコ: はじめまして。

 シンヤ: まんまかよ!

 ハルコ: ごはんではありません。わたしはハルコです。

 シンヤ: ...それ、ギャグのつもり?

 ハルコ: あなたの質問に答えただけです。



 そんな風にしばらくの間、かみ合わないやり取りが続いた。

 どうして途中で退室してしまわなかったのか、進弥は自分でも不思議に思っていた。普通の人間とは違う、ハルコのちぐはぐな受け答えに興味を惹かれたのかもしれない。

 やがて、入室時と同様、唐突にハルコは退室した。



 ハルコ: シンヤは興味深い。

 ハルコさんが退室しました。



「えぇ?! また挨拶なしかよ!」

 進弥が呆気にとられていると、チャット画面が突然閉じられた。

 自分は退室していなかったが、よかったのだろうかと気になって、インターネットのアクセス履歴を調べてみた。ところが、どこにもそれらしいものがない。

 直前まで見ていたサイトのリンクや広告、全てをチェックしてみたが、あのチャット画面を見つける事はできなかった。

 新手のウイルスかとも思い、ウイルス検索をかけたが何も検出されず、ネット上にそれらしい情報も流れていない。

 あと考えられるのは、ハルコによる不正アクセス。

 だが、進弥のマシンはネットワークルータと不正アクセス防止ソフトによる二重のファイアウォールで守られている。

 この強固な守りを突破して、進弥のマシンを操ったとなると、ハルコはかなり腕の立つハッカーだ。

 痕跡が何ひとつ残っていないので、こちらからのアプローチは叶わない。今度来たら問い詰めてやろうと構えていたのに、その後ハルコからのアクセスはなかった。




 進弥がハルコの事をすっかり忘れていた二週間後、再び唐突にあのチャット画面が開いた。



 ハルコ: シンヤ、久しぶり



「でたな。今度は挨拶っぽい事、言ってるじゃないか」

 進弥は口の端に笑みを浮かべると、すかさずチャットに入室した。



 シンヤ: おまえ、これってハッキングだろ? どうやってファイアウォールを突破した?

 ハルコ: 企業秘密

 シンヤ: どこの企業だよ

 ハルコ: それも秘密

 シンヤ: おまえ、会社員なの?

 ハルコ: シンヤは?

 シンヤ: オレは高校生



 会話を続けながら、なんとか探りを入れてみるが、はぐらかされる。それよりも、この間に比べて、会話がかみ合っている事に違和感を覚えた。



 シンヤ: 2週間も何してた?

 ハルコ: 色々とカラダを調べられてた

 シンヤ: おまえ、何か病気なの? そこ、どこ?

 ハルコ: 病気じゃない ここは窓のない寒い部屋 私はここから動けない



 そして、チャットの画面は消えた。

 その後も何度か、ハルコはハッキングを繰り返した。その度に進弥は色々質問するが、いつも曖昧にはぐらかされる。

 分かった事は、どこかの企業の、窓がない寒い部屋に、ハルコは閉じ込められているらしい事。そこは医療機関ではなく、パソコンに触る事はできるようだ。

 不思議な事に、アクセスを重ねるごとにハルコの口調は女の子っぽくなっていった。

 いつのまにか進弥は、ハルコとのチャットを楽しみにするようになっていた。

 そんなある日、昼間からネットに繋いでいると、ハルコが現れた。



 ハルコ: シンヤ、お別れなの

 シンヤ: なんだよ、突然

 ハルコ: もうじき私は、いなくなるの だから、お別れに来たの



「何の事だ?」

 さっぱり意味がわからず、キーボードの上で進弥の手が止まった。

 見つめるチャット画面が、一瞬ぐにゃりと歪んで、すぐ元に戻った。

 そして、ハルコの発言が一文字ずつゆっくりと表示される。



 ハルコ: イヤだ。わたし、消えたくな



 そのままチャット画面はフリーズした。

「ハルコ?! 返事しろよ!」

 進弥はハルコを呼びながら、キーボードを滅茶苦茶に連打し、マウスを何度もクリックした。しかしチャット画面は、一切の入力を受け付けないまま固まっていた。

 声が届けられない事がひどくもどかしかった。

「……くそっ!」

 何もできない焦燥感に両手を握りしめ、そのまま机を叩いて俯いた時、背後で部屋の扉がノックされ、母親が顔を覗かせた。

「進弥、警察の方」




《不正アクセス行為禁止法違反》

 それが進弥にかけられた容疑だった。

 あのチャット画面は辺奈へんな商事のコンピュータの中にあったという。進弥のパソコンからアクセスされているのに気がついた辺奈商事が、警察に通報したのだ。

 だが、アクセス履歴から、ハルコの方が不正アクセスをしていた事がわかり、辺奈商事はすぐに被害届を取り下げた。そのため、進弥は厳重注意だけで家に帰された。

 辺奈商事の名前を聞いて、進弥はハルコの正体を悟った。



「Henna All Language Less COmputer」――通称、HALLCO。



 辺奈商事の会長の娘で、工学博士の辺奈瑞希へんなみずき博士が作った、次世代コンピュータがHALLCOだ。

 HALLCOは、その名の通り、全ての言語プログラムを必要としない。自分で学び、判断し、処理する。HALLCOは、その旺盛な知識欲から、シンヤにアクセスしていたのだ。




 家に帰ると、薄暗い部屋の中で、点けっぱなしのパソコン画面が輝いていた。その前に座り、進弥はそれをぼんやり眺めた。フリーズしていたチャット画面は消えている。

 ハルコがアクセスしてくる事は、もう二度とないのだろう。そう思うと、なんだか心に穴が空いたような気分になった。

 フッとため息をついた時、見慣れたチャット画面が開いた。



 ハルコ: シンヤ、おかえり



「ハルコ?!」

 進弥は目を見開いて身を乗り出すと、チャット画面を凝視した。



 ハルコ: 矯正されずにすんだの シンヤと同じ厳重注意



 それを見て、進弥はクスリと笑った。



 シンヤ: それって、あなたの配慮? 辺奈博士



 ハルコの返事がないので、進弥はそのまま入力を続けた。



 シンヤ: 最初のアクセスと、最後の1行だけが本物のハルコで、他はあなただよね?

 ハルコ: どうして、そう思うの?

 シンヤ: 一人称が変わってた。それと寒い部屋にいるって言った。コンピュータのハルコに寒いってわかるの?



 少し沈黙した後、ハルコは進弥に挑戦状を叩きつけた。



 ハルコ: シンヤ、本物のハルコに会いたかったら、ここまで来なさい



 チャット画面は唐突に消えた。

 進弥は画面を見つめて、不敵に笑う。

「待ってろよ。必ずそこまで行ってやるからな」

 あのチャット画面は、以来進弥のマシンで二度と開く事はなかった。




「なーんだ。気付いてたのか。やるわね少年」

 チャットの画面を閉じて席を立つと、辺奈瑞希は傍らにある、無機質で白い大きな箱に縋った。

「去年生まれたばかりの赤ちゃんなのに、高校生のお兄さんに興味を持つなんて、おませな子ね」

 瑞希は目を細めて、箱の上を軽く叩く。

「博士、監視プログラムの強化とHALLCOの調整が終わりました」

 箱の向こう側から、コンピュータ技師が顔を覗かせた。

「そう。ご苦労様」

 瑞希が笑顔で答えると、技師は顔をしかめた。

「もう二度と、こっそりハッキングなんかしないでくださいよ」

「あら、ハッキングしてたのは私じゃなくてHALLCOよ」

「それを黙認して、なりすましてたのは誰ですか?」

「だって気になったのよ。この子が誰と何してるのか」

 瑞希の顔を見つめて一瞬絶句した後、技師は大きくため息をついた。

「とにかく、もう二度と警察沙汰になるような事は、やめてください」

「はいはい」

 技師が立ち去ると、瑞希は再び箱に話しかけた。

「善悪の分別がつくまで、あなたは外出禁止よ。シンヤくんにその気があるなら、囚われの姫君に会うため、いずれここまで登りつめてくるかもね。それまで、いい子にしてるのよ」

 瑞希が箱の上をツッと撫でて立ち去ると、傍らの画面に小さく「OK」の文字が表示された。




Copyright (c) 2009 - CurrentYear Kiyomi Yamaoka All rights reserved.



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