8
「何と言うか、まぁ……、生活が多少変わったところで、人の本質というのは変わらないものなんだな……」
学園に入ったロビアナが、見目の良い高位貴族に愛想を振り撒いているのは知っていた。
だが、また殿下を引っ掛けているとは思いもしなかったのだ。
前回と同じく殿下の子どもを身籠っていると聞かされた時は、開いた口が塞がらなかった。
目の前にロビアナが居れば、間違いなく顔面を殴りつけていた事だろう。
「はぁ~~……」
「最悪ですわね……」
疲れたようにため息を吐く私達兄妹を、ユリアンが心配するように見つめる。
「公爵様はなんと?」
「前回のレミアの時と同じ反応だ。寧ろ、よくやったと褒めていたな」
「母も一緒になってね」
しかし今世での殿下の婚約者はレミアではなく、我がアッカーソン公爵家と同じ地位にあるシュテンベルグ公爵家のアンリエッタ様だ。
簡単に婚約者交代となるはずもない。
「ところで、本当にロビアナは妊娠しているのですか?」
「まさか…」
「では、彼女は嘘を?」
「どうだろうな。どうせ月の物が来ないのを早とちりでもしているのだろう」
ロビアナは思い込みが激しく本気で子どもが出来たと思っている可能性がある。
だが、万が一にもその可能性はない。
【傲慢の時戻り】はそこまで甘くはないのだ。
念のため、私もレミアも十五歳になった時点でこっそりと医者に見て貰っている。
結果は予想通り。
私達二人には子どもが望めないという診断が下った。
ロビアナだけが回避されたとは考え難い。
「まずは、アンリエッタ様に謝罪だな……」
「わたくしも参りますわ」
「レミア…」
そうして、私とレミアは直ぐにアンリエッタ様へと手紙を送り、会う算段を取り付けた。
◇◇◇
「いらっしゃいませ、お二人様」
罵倒される覚悟で謝罪に来たというのに、何故かアンリエッタ様からは歓待された。
困惑する私達を他所に、アンリエッタ様は晴れ晴れした顔で笑う。
「正直に言えば、あの無駄に頭だけはいい傲慢な殿下には辟易していたのよ」
「そうなのですか?」
「ええ。だから今回のことは全く怒っていないわ。むしろ私個人としては感謝すらしているの」
既に次の婚約相手も決まっているらしく、アンリエッタ様は婚約破棄の書類に嬉々として署名したという。
「それにしても、当主である公爵様ではなく貴方達が謝罪にくるとは思わなくてよ」
「重ね重ね申し訳ありません」
「父も言っていたと思うけど、早々にフェリクス様がお継ぎになった方が良いのではなくて?」
「善処している最中です」
真っ先に謝罪に訪れたフェリクスとレミアを、シュテンベルグ公爵は大変評価してくれた。
但し未だに謝罪に訪れない父やロビアナには怒り心頭らしく、さっさと追い落とせという激励を頂く羽目になった。
お蔭で私は父を追い出すための算段を早める事になる。
だが、ちょうど良い頃合でもあった。
何故なら、ずっと父を引退させる為の弱みを探っていた私の元に、ようやく朗報がもたらされたからだ。
それは、弱みというよりは、どこに出しても恥ずかしい醜聞だった。
「父上、爵位を私に譲って下さい」
書類を片手に、私は今回のロビアナの不始末を理由に父へと引退を迫った。
当然父は怒って拒否したが、近頃見つけた彼の弱みを囁けば、途端に父は静かになった。
「さぁ、どうしますか、父上?」
「それを公表すれば醜聞に塗れるのは私だけではないぞっ?!折角王太子妃になれるというに、ロビアナにまで迷惑が掛かるだろうが!それにお前だってタダでは済まないぞ!」
「確かに暫くは色々言われるでしょうが、所詮はあなたがやった事です。私やレミアは当然無関係ですから問題ありません。……ただ、ロビアナの婚約はどうでしょうね?殿下や陛下が気にしないといいですね」
「貴様……っ」
父と呼ぶのもおぞましいこの男の趣味は幼児の買春だった。
さすがに実の娘にまで手を出すほど腐ってはいなかったようだが、こんな男と同じ血が流れているのかと思うと本当に死にたくなる。
やはり、こんな血など残さなくて正解だ。
「この事が公になったら、何人の紳士が貴方の道連れになるのでしょう?刺されないと良いですね?」
にっこりと笑えば、父は震えながら押し黙った。
かなりの大物貴族がお仲間なのは調べが付いている。
何が紳士倶楽部だ。反吐が出る。
父を引退させたら、近いうちにそちらも潰す予定だ。
「さぁ、父上。こちらに署名を……」
前回と同じ台詞を口にしながら、私は冷ややかに父と名のつく男を見下ろした。