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翌週迎えた茶会は、想定よりもあっさりと無事に終えることが出来た。
と言うのも、これでもかと下品なほどにリボンを付けたレミアが、終始ユリアンの傍を離れず、ずっと彼の隣の席でお茶を飲んでいたからだ。
そして時折彼の腕にしがみ付きながら、それはもうベタベタとユリアンに付き纏っていたのである。
はっきり言って周りはかなりドン引きした様子だった。
ろくに顔も分からないほど厚い眼鏡をした侯爵家の次男に、趣味の悪いドレスを着た公爵家の令嬢がピッタリとくっついて離れないのだ。
こっそりと付いて来ていた王妃付きの侍女がレミアを見放すのは早く、こちらの想定通り、他の子息令嬢達もこちらに寄ってくることはなかった。
「ちょっとやり過ぎじゃないか?」
「いいえ。やるからには徹底的にした方がいいです」
満面の笑顔でそう断言したユリアンの腕にはレミアの腕が絡まっている。
どうやら周りの反応が楽しいらしいレミアは、ユリアンに言われるままに彼にピッタリとくっ付いていた。
お蔭でユリアンは背中に花でも背負いそうなほど上機嫌だ。
以前の暗い表情をしたユリアンしか知らない私にとって、彼のデレデレとした緊張感のない顔はおかしくもあり、そして非常に嬉しい事でもあった。
ロビアナはロビアナで最初は殿下に纏わりついていたが、反応が薄いと悟ったのか、直ぐにそのターゲットを見目の良い令息へと変更していた。
今回の茶会で、おそらく我が公爵家の評判は地に落ちたことだろう。
だが、それこそが私達の狙いでもある。
煩わしい縁談から遠ざけられるなら、公爵家の評判などどうでもいいのだ。
問題があるとすれば、ロビアナが一目惚れしたと低位の貴族令息に目を付ける事だろうか。
以前のユリアンのように彼女の標的になりそうな子息はこっそりと確認し、父が無理難題を言わないように手を回すつもりである。
と言ってもまだ九歳の私の手には余るので、手を回すのは執事のロベルトに任せるつもりだった。
以前の知識があるお蔭で、信用出来る使用人が分かっているのはありがたい事だ。
薄々ロベルトは父の無能ぶりに気付いているらしく、今の時点で既に私には好意的だった。きちんとロビアナの我が侭ぶりを説明すれば、上手く父を説得して処理してくれるだろう。
◇◇◇
「どうやら上手くいったようだな……」
後日、レミュール殿下の婚約者は公爵家のアンリエッタ嬢になったと発表された。
無事にレミアは婚約者候補から外されたようである。
もしかしたらロビアナとの婚約もありえるかと思ったが、さすがにそれはなかった。
今後、殿下とアンリエッタ嬢がどのような関係を築くかは分からないが、私としては彼女の幸せを願うばかりである。
間違ってもレミアのような事が無いよう殿下には誠実になって欲しいものだ。
もし、また同じようなことを殿下が仕出かした場合、今度こそ私は容赦しないだろう。
「それでいいのですか?」
「レミュール殿下のことか?」
「ええ…、レミア様の毒を用意したのはあの男なのでしょう?」
レミアの前では隠しているが、ユリアンはかなりの過激派だ。
妹が望めば、今すぐにでも殿下の首を刈ってきそうな殺意を感じる。
現在のユリアンは見た目の愛らしい八歳の子どもだが、中身は近衛騎士になるほどの腕前を持つ歴戦の猛者だった。
体はまだまだこれから作り込んでいくそうだが、技術だけは既に教師の力量を超えている。
そんな彼が本気で挑めば、おそらくレミュール殿下の命など容易く刈ることが出来るだろう。
護衛だってまさかこんな小さな子どもが殿下の命を狙うとは思いもしないはずだ。
「殿下への復讐は、レミア自身がそれを望んでいない」
「レミア様が……」
「そうだ。殿下が心移りしたのは自分にも非があるとレミアは言っていた。どうせ結婚するのだからと勉学に明け暮れ、ろくに対話する機会を持たなかったからだと」
「しかしそれは…っ」
「あぁ、殿下にも責任がある。だが、もう少し自分から歩み寄るべきだったとレミアは思っているようだな」
過去に巻き戻ってから、レミアは自分と殿下の関係を落ち着いて考え、そう結論を付けた。
私個人としては絶対に殿下が悪いと思うのだが、レミアにはレミアで色々と思うところがあるようだ。
彼女曰く、殿下が日々感じている王族としての重圧を思えば、確かに癒しを求めても仕方がないと思ったそうである。
だからと言って当然殿下を許すつもりも慕う気持ちも全くないらしく、ただ関わりたくないとだけレミアは言った。
それならば私はレミアの意志に従うだけである。
それに、侍従からの手紙を読む限り、レミアが自殺を選んだと思っている殿下は、あれでも一応レミアの死には責任を感じていたようだった。
まさかロビアナが仕組んだ事などと露とも思っていないからこそ、私に対して何度もロビアナを支援するように言ってきたのだろう。
「それよりユリアン。君はどうするんだい?」
「フェリクス殿にお許し頂けるなら、レミア様に求婚したいと思います」
「……子どもを抱くことは出来ないぞ?」
「構いません。生涯レミア様の傍にいる事が俺の望みです」
「分かった。父には私の方から何とか根回ししよう」
「ありがとうございます」
そんな話を終えた一ヵ月後、何とか執事のロベルトや侍従達の力を借り、レミアとユリアンの婚約を無事に整える事が出来た。
父は次男であるユリアンとの婚約をかなり渋っていたが、王妃の茶会での一件が知れ渡っている事に加え、彼が母方の伯爵家を継ぐ予定だと知ると、何とかそれで納得した。
むしろ説得が大変だったのはレミアの方だった。
子どもが望めないのを理由に、ユリアンからの求婚を断ったのだ。
ユリアンは全く気にしないと言ったがレミアの意志は固く、私とユリアンの二人で必死に説得する事となった。
結局は『ユリアンに他に好きな人が出来るまで…』という条件での婚約となった。
そんな条件を付けてはいるものの、ユリアンはレミア以外の人間を好きになる事は未来永劫絶対にないと断言しているので、婚約から数年経った今も、二人は誰が見てもお似合いの婚約者同士となっている。
だがそんな穏やかな平穏も、ロビアナが学園に入学するまでの事だった。