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「お会い出来て光栄です、フェリクス殿!レミア様!」

「私も会えて嬉しいよユリアン!」


 約束通り無事に過去へと戻ることが出来た私は、早速ユリアンに連絡を取る事にした。

 突然の手紙にハインベルグ侯爵家は大騒ぎだったようだが、以前図書館で話した事があるとユリアンが説明した為、何とか疑われずに彼は我がアッカーソン家へとやってきた。


「レミア様、生きて……、生きて会えて嬉しいです……」

「ユリアン様……」


 人目がある場所では必死で堪えていたユリアンだったが、人払いをした瞬間、彼の瞳からは堰を切ったように涙が溢れ出した。


「フェリクス殿、良かったです……」

「ああ、ありがとうユリアン…。君が協力してくれたお陰だ」


 私達はお互いの無事を涙ながらに祝いあった。

 何故なら私達三人が記憶を保持したまま過去に戻れるかは一種の賭けだったからだ。

 魔法陣の五箇所に妙な空白があるのに気付いたのはユリアンだった。

 その空白の意味を必死で読み解き、それが記憶保持者の特定だと分かったのは術式を始める直前だったのだ。

 お陰で何とか私達三人の名前を記せたことで、奇跡的に記憶を保持したまま過去へと戻る事が出来た。

 あの時魔法陣の空白に気付かなければ、私達は愚かにもまた同じ人生を歩んでいたかもしれない。


「それで、状況はどのような感じでしょうか?」

「来週、王妃様主催の茶会がある。殿下の同世代を集めた子どもだけの茶会だ。君も確か参加するはずだな?」

「はい、兄と共に向かう予定です」

「あれは側近候補を見る為の茶会と言われているが、当然婚約者の選定も兼ねている」

「間違いありませんわ、お兄様。後に王妃様にお話を聞いたところ、茶会でのマナーを採点していたとお聞きしました」


 採点される婚約者候補は十八名だ。

 その中には当然レミアだけでなく、ロビアナも含まれていた。


「そこで考えたのだが、レミアは王妃様への挨拶が終了次第、体調を崩したことにして早々に退場しようと思う。協力してくれるかユリアン?」

「フェリクス殿、それは悪手だと考えます」

「どういう事だ?」

「恐らくですが、現状においてレミア様は候補の筆頭に当たります。つまり今回の査定が進まなかった場合、別の機会を設定される可能性があります。下手をすれば一人だけ茶会に呼ばれるという事態が起こる可能性も……」

「なるほど…」

「採点で高得点を取らないように振る舞われた方が宜しいのではないでしょうか?」


 実際、ロビアナはそれで候補から外されている。

 つまり候補筆頭のレミアでも、回避が可能という事だ。


「確かにユリアンが言うように逃げ回るよりはいいかもしれないな」

「そうですわね。ロビアナの真似をするのは業腹ですが、王妃様の目に留まらないような態度を心掛けますわ」


 三人で話し合った末、逃げ回るよりは早々に候補から外れる方がいいと判断した。

 礼儀作法は他の招待客に迷惑が掛からない最低限に留める。

 その事で公爵家の名誉が傷付こうが知った事ではない。

 私とレミアにとってこの事で父の評判が下がろうと、痛くも痒くもなかったからだ。


「では、俺はそろそろ失礼しますね」

「もっとゆっくりしていって欲しいが、ロビアナが帰ってくると面倒だしな」

「ええ。俺は二度と彼女と婚約したくありません」


 今日もロビアナが母と出掛けるのを知って、わざわざこの日を選んでユリアンに来て貰ったのだ。

 私達が出来るユリアンへの恩返し、それは絶対にロビアナと彼の婚約を阻止することだった。

 そしてユリアンには素敵な女性と幸せになって欲しいと思っている。

 とは言っても、私は薄々ユリアンの気持ちには気付いていた。

 何故なら、今日会ったユリアンはひたすらレミアをうっとりと見つめていたからだ。

 私との再会に喜んでくれたのも束の間、その後はずっと彼の瞳はレミアに釘付けである。

 そして、彼がいかにレミュール殿下を毛嫌いしているのかがよく分かった。

 レミアが彼の婚約者候補になることさえ嫌だと言い切ったからだ。

 幾ら鈍いと言われる私でもさすがに気付く。


「ところでユリアンはロビアナの対策をしているのか?」

「もちろんです。今度の茶会は俺にとっても鬼門ですので、彼女に一目惚れされないよう……」


 そこまで言い掛けたユリアンの言葉を遮るように、廊下から誰かが走ってくる音が聞こえた。

 バタバタ走り回る足音を追い駆けるように、侍女達の制止の声が聞こえてくる。


「ロビアナ様!お兄様方はお友達とご歓談中です!お邪魔してはいけません!」

「でもレミアお姉さまもいるんでしょ!二人だけずるいわ!」


 何がずるいのか分からないが、そんな叫び声と同時に扉が開き、勢いよくロビアナが室内に入ってきた。

 幾らまだ七歳とはいえ、ノックもなしの突撃だ。

 最悪である。

 だが、少しだけ時間があったせいか、ユリアンは何とか素顔を見られる前にその容貌を隠すことが出来た。

 すんでのところで眼鏡を掛けたのだ。

 分厚い、ビン底のような眼鏡は、完璧にユリアンの美貌を隠している。


「ふぅん…、貴方がお兄様のお友達?」

「はい、ユリアン・ハインベルグと申します」

「ダサい眼鏡ね……、お兄様のお友達だというから、もっと格好いいのかと思ったのに」


 そう小さく呟いて、ロビアナは再び部屋を出て行った。

 その余りにも酷い態度に、思わず三人で呆然と彼女を見送る。

 そんな私達に、ロビアナ付きの侍女が何度も何度も頭を下げながら部屋を出て行った。


「お兄様、あの子のマナーはあそこまで酷かったのですか?」

「この家に友人を招いたことがないので私も知らなかった……」


 呆然とする私達兄妹を他所に、ユリアンだけが大きくため息を吐く。


「学園に入る頃にはもう少しマシになりましたけど、小さい頃はあんな感じでしたね」

「嘘だろ…」

「本当です。顔の優劣と爵位でしか人を見ません。そのせいで爵位の低い友達とは付き合うなと散々言われた記憶があります」

「す、すまないユリアンっ」

「ごめんなさいユリアン様!」


 ユリアンがロビアナを嫌っていたことは以前に聞いていたが、ここまで酷いとは思いもしなかったのだ。

 以前の私達はロビアナと余り接点がなかったせいか、少々頭が足りない程度にしか思っていなかった。

 今思えば、一緒に出掛けたことは殆どなかったし、三人で話をしたのも殿下を交えたものばかりだった。

 当然ロビアナは殿下の前では大人しくしていたので、私達も全く気付かなかったのだ。


「ロビアナがあんな性格だと気付いていればもっと早々に対処出来たのにな…」

「仕方ありませんわお兄様。以前のわたくし達は勉強に忙しく、ロビアナに構っている時間などなかったのですもの」


 しかし過去に巻き戻った今は違う。

 既に王妃教育と公爵教育を済ませている私達には余裕があった。

 日々の勉強など片手間で済む。

 寧ろ疑われないようにする必要がある程だった。


 そして、余裕が出来た事で分かったこともあった。

 ロビアナと私達に対する教育方針が、明らかに違うのだ。

 嫡男の私はまだ分かる。

 だが、レミアとロビアナの教育には随分と差があった。

 まだ王太子の婚約者になっていないレミアの教育は、貴族令嬢としてのマナーや教養が中心のものだ。

 少々厳しいようには思うが、公爵家として考えれば妥当の範囲。

 対してロビアナの教育はありえないほど低レベルのものだった。

 執事に確認したところ、教師陣が全て見放した結果なのだという。

 それでもロビアナに甘い両親は何も言わず、最低限の教育に留めているらしい。

 その兄妹間の教育落差に、レミアが困惑した表情を浮かべる。


「ねぇ、お兄様……。もしかしてわたくし達とロビアナは血が繋がっていないのかしら?」

「残念ながら私達三人は両親の子どもだ」


 本当に残念な話だが、その件に関しては私も徹底的に調べた。

 両親がロビアナだけを甘やかすのには理由があるのかと思ったからだ。

 だがどんなに調べても、私達の血縁を示すものしか出てこなかった。


「母は自分に似たロビアナが可愛いんだろうな」

「だからって甘やかし過ぎだわ…」


 とても公爵家の令嬢には見えない教養のレベルだ。

 だが、父も母も大してそれを問題視していない。

 学園に入るまでに身に付ければいいと本気で思っている。


「まぁ、あいつや両親が困ろうとどうでもいいがな」

「そうね。言ったところで聞きはしないだろうし、人様に迷惑を掛けないなら好きにすればいいわ」


 しかし、それが一番の問題だった。

 目下の懸念は、ロビアナがユリアンに一目惚れするのをどう阻止するかだ。


「ユリアン、君はその眼鏡を来週の茶会でも使用するのかい?」

「そのつもりです」

「ちゃんと見えますの?」

「実を言うとかなり厳しいのですが、ロビアナに目を付けられるくらいなら根性で乗り切ります」


 ユリアンの父であるハインベルグ卿にも話は通しているらしい。

 彼の美貌目当ての婚姻はハインベルグ侯爵家としても望まないらしく、兄の婚約が決まるまで公式の場ではこの眼鏡姿を貫く事となったようである。


「当日、辛くなったら直ぐに言ってくれよ?」

「そうですわ。ユリアン様の為なら、ロビアナだけでなく、どんな女性からも守って差し上げますわ」


 使命感に燃えるレミアに、ユリアンが嬉しそうに微笑む。

 その姿を見ながら、私にある良案が浮かんだ。


「だったら当日レミアはユリアンに引っ付いていたらどうだ?ユリアンの虫除けにレミアは最適だし、他の男にベタベタ引っ付いている令嬢は王太子の婚約者候補からも外されるだろう」

「まぁ…っ、それは最高ですわね!もちろんユリアン様さえ良ければですが……」

「俺としても願ってもないことです!」


 そう断言したユリアンは、私が見たこともないほど良い笑顔をしていた。

 こうして私達は運命の茶会に挑むことになったのだ。



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