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「やぁフェリクス殿。こちらで会うのは久しぶりですね」
「ああ。色々と処理が忙しくてね……」
「公爵家当主就任、おめでとうございます」
「ありがとう。君の方はどうだい?」
「相も変わらず剣を振るだけの毎日ですよ。まぁ、それも今日までですがね……」
そう言って苦笑した男は、白い騎士服を身に纏っていた。
白い騎士服は、精鋭中の精鋭のみ着ることを許された近衛騎士団のものだ。
「本当に辞めるのか?努力して折角入ったのに……」
「構いませんよ。殿下やロビアナを守るなんて虫唾が走りますからね…」
彼の名前はユリアン・ハインベルグ。
ロビアナの元婚約者にして、私の最大の理解者でもあった。
「引き止められただろう?」
「それはもう……。特に殿下にはロビアナを支えて欲しいとまで言われましたよ」
「あいつらはどれだけ厚顔なんだ……」
公爵家を継いで直ぐ、私は両親を領地の別邸へと追い払った。
特に母は最後まで非常に抵抗したが、私がレミアの毒殺の件を話すと渋々引き下がった。
母はもしかしたら知らないのかもしれないと考えたこともあったが、やはり母も知っていたのだ。
知っていたのに止めなかった母は、私にとっては父と同罪だった。
そうして両親を領地に追いやって直ぐ、レミュール殿下から呼び出しが掛かる。
突然両親が領地に行ったことで、ロビアナが不安がっているからどうにかしろ!とお叱りを受けたのだ。
だが、私の返答は決まっている。『どうにもできない』と、ただ繰り返すだけだ。
そして更に追い討ちを掛けるよう、両親と私はレミアの喪に服すため、結婚式には参列出来ない旨を告げた。
絶句する殿下だったが、これは彼ら自身が招いたことだ。
ロビアナが可哀想だと散々怒鳴られたが、一番可哀想なのはレミアに決まっている。
だから何度呼び出しを受けようと、私の意見が変わることは無かった。
だが、私が頑なに拒否したせいで、どうやらその矛先はユリアンに行ってしまったようだった。
「婚約者を寝取られた男と評判の俺に、あの方達は何を期待しているのでしょうね。両親が居なくなって寂しいロビアナを慰めろとか、元婚約者に言う言葉じゃないでしょ」
「大方、自分達の愛は周囲に認められていると勘違いしているんじゃないのか?」
「レミア嬢を殺しておいて?」
酷薄な笑みを浮かべ、ユリアンが拳を握り締める。
その瞳に映すのは私と同等の怨嗟の炎。
「手紙なんて送らずとも、彼らの醜聞は国中の貴族が知るところだ。あいつらは自分達がどれだけ学園で目撃されていたのか知りもしない」
こっそりと建てられたレミアの墓標。
目の前にある墓石の前には、ユリアンが持ってきたユリの花が供えられていた。
だが、花が供えられているのは今日だけではない。
レミアが亡くなってから毎日、彼は、彼だけは花を欠かさずに贈ってくれていた。
そして、供えられている花は、ユリだけではなかった。
生前レミアが好きだった花は、彼女の友人達からの贈り物だ。
王家が絡んでいるが故に葬儀にも参列出来なかった彼女の友人達は、それでもレミアの死を惜しむように花を手向けてくれている。
「ユリアン、君はこれからどうするんだい?」
「傷心の俺は、暫く世俗を離れてのんびりする事になっています。旅行にでも行こうかと」
「旅行かい?いいね」
「確か、フェリクス殿の領地には湖の綺麗な保養地がありましたよね?」
「ああ、とても静かな良いところだ」
そこの近くの別邸には今両親が暮らしている。
数名の使用人を連れて行ってはいるものの、田舎暮らしが合わないらしく、到着した翌日から謝罪の手紙が頻繁に送られてきている。
このまま無視していれば、その内強引に王都へと舞い戻ってきそうだった。
「フェリクス殿、良ければ別荘を一つ頂戴出来ませんか?」
「それはもちろん構わないが……」
「そこで生涯、貴方の手紙を守って過ごそうと思っています……」
「ユリアン……」
私が両親の蛮行を記した手紙を預けた相手はユリアンだ。
父には第二王子派と言ったが、彼の実家であるハインベルグ家は王太子派筆頭だった。
だから疑われる心配はない。
「ご両親はなんと?」
「さすがに今回の件で王太子派は降りるそうです」
「息子の婚約を駄目にされればそれも当然か……」
それでも表立って反発しないだけ、彼の家は冷静だった。
一応は、殿下の意向に沿ってユリアンが身を引いた形を取っている。
「侯爵家は兄が継ぐし、俺は好きにしてもいいと言われました」
「………ロビアナのせいですまない」
「フェリクス殿が謝ることではありませんよ。悪いのは婚約者の妹に手を出した殿下だし、姉の婚約者に媚を売ったロビアナだ」
「ユリアン……」
「それにまぁ、俺としてはロビアナと結婚せずに済んで良かったというのもあります」
彼とロビアナの婚約は、ロビアナの一目惚れが発端だった。
金髪碧眼の見目麗しいユリアン。
両親はもっと良い家へと嫁がせたかったようだが、ロビアナが駄々を捏ねたせいで彼は妹の婚約者となった。
公爵家から、格下の侯爵家への縁談だ。
次男であるユリアンに断る選択肢は無かった。
「貴方やレミア嬢と兄弟になれるのは嬉しかったんですけどね、我が侭なロビアナに我慢の限界も近かったんですよ」
そう言ってゆっくりと空を仰いだユリアンは、喉を震わせながら目を擦る。
「でも、だからってこんな結末は望んでいません…。レミア様が生きていてくれるなら、それで良かったんです……………」
初めて彼と墓地で会った時、彼はどしゃぶりの雨の中、レミアの墓前で蹲っていた。
白い騎士服が汚れることも厭わず、ひたすら泣きながら墓を見つめている姿が、今も私の目に焼きついて離れない。
レミアのことが好きだったのか……?
その問い掛けを、私は未だに出来ずにいる。
「……フェリクス殿、俺は来週王都を出ます」
「分かった。別荘の件は明日にでも使用人を送る」
「宜しくお願いします」
そうして彼は翌週旅立っていった。
花形の元近衛騎士団員とは思えないほど質素な旅立ちだったと、見送りに行かせた使用人は言っていた。
そして彼が旅立って十日が経った頃、領地にいる両親が強盗に襲われて亡くなったという訃報が届いた。
発見したのは使用人で、両親を起こしに行った際、部屋で血まみれで亡くなっているのが見つかった。
部屋には荒らされた痕跡があったことから、物取りの犯行だと思われた。
『近頃その辺りでは屋敷に押入る強盗が出るらしい。ユリアンも気をつけてくれ』
近所の別荘に住むユリアンにそう手紙を送ると、彼からは簡素な手紙が直ぐに返ってきた。
『強盗はもう出ないでしょう』
ああ、なるほど…
私の両親だけを狙った強盗だったという事か……。
それに酷く安堵し、私は粛々と葬儀の手続きに入ったのだった。