美しくないアーティに向かって美しいと絶賛する騎士がおりました
「あぁ、なんて美しいんだ!」
日の光を受けてキラキラと輝くプラチナブロンドの髪。
背は高く、すらりとした体躯に纏うは金の装飾のついた真っ白な軍服。
切れ長の色気のある目に入るのは、宝石のような濃く青い瞳。
肌は白くきめ細やかで、鼻筋もすっととおった、誰が見ても整った顔立ち。
そしてその薄い唇に甘い微笑みを乗せた見知らぬ男が、アーティの真正面に立つと両手を広げ、そう感嘆の声を上げた。
ここは王都にある研究施設区域の中庭。
研究所に籍を置く俺たち三人は、ランチ休憩を終え研究室へと戻るところでその男に出くわしたのだった。
「は?今なんて?」
その男の言葉に反応して低い声を出したのは、アーティの隣にいるドリー。
彼女は目を細めて首を少し傾げ、男を斜めに見上げながら相手の言葉の真意を伺った。
こらこら、初対面の相手にそう凄むんじゃない。
「なんと!君にはわからないのかい?この美しさが!!これはもう罪のレベルなのに。 はっ!もしかして君も目が悪いのでは?ぜひ眼鏡を掛けることをお勧めするよ。美しいものが増えるのは大歓迎だ」
男はそうドリーに嘆きながらも、その長い脚の半歩分左足を出し、体をかがめてアーティの顔を覗き込もうとする。
俺は横から素早く間に割り込み「失礼ですがどちら様ですか?」と問うた。
「ああ、これは失敬。あまりの美しさに見惚れてしまい名乗るのが遅れたね。私は近衛騎士団所属のルーナス・シトゥーゼ。来週の表彰式でアーティ・リュビル嬢の護衛を仰せつかった者だ。任は当日だけだが・・・それにしてもなんたる幸運。これほど美しいものをずっと見ていられるなんて。当日は気合が入るよ!今日もこのままいつまでも見ていたいが、交代の時間になってしまうからもう戻るとしよう。ではまた」
ルーナス・シトゥーゼとやらは少々興奮しながら言いたいことだけ言い、もう一度アーティを見やると、未練を断ち切るかのようにさっと王城方向へと向きを変えた。
「どういうこと?」
ドリーが、長い脚で颯爽と去っていく後ろ姿も美しい男の背中をみながらつぶやく。
そう、美しいと言葉を向けられたアーティは、けっして一目見て美しいと絶賛されるような容姿ではない。
昨日は研究所に泊まり込んだので、寝起きのままのボサボサの髪。
午前中の実験で汚したままの白衣を着て、ドリーが製作した大きな眼鏡を掛けている。
美丈夫に美しいと評され、ドリーが愕然としていた。
「さあ?ドリーにも眼鏡を勧めたんだから、眼鏡フェティシストなんだろ。 ほらもう戻ろう。休憩時間が終わるよ」
俺は口をとがらせて不満顔を始めたドリーと、いつも通り表情のわからない寡黙なアーティを急かした。
それにしても、たしかに俺たち三人は来週の建国祭で表彰されることになっているのだが、なぜアーティだけに護衛が?
まあ、だいたいの察しはつくが一応確認してみるかと考え、ふたりを研究室に送り届けてから騎士団の総括本部へと足を向けた。
―――コンコン
「入れ」
「失礼します」
「おお、ライルではないか。どうした?こんなところに来るなんてめずらしい。やっと騎士団に入る気になったのか?」
ここは執務室。
そして目の前にいる厳つい男は、我が国の騎士団総長だ。
「伯父上、いつも申し上げておりますが、騎士になるつもりはありません。少々お尋ねしたいことがありまして伺いました。今、お時間をいただいても?」
「ああ、かまわないぞ。でもなぁ、こちらもいつも言っているが、お前ほどの強さで騎士にならぬというのは、もはや我が国の損失だ」
伯父は大げさだ。俺は騎士の家に生まれたので幼少期から鍛えられているだけだ。
幸いにも四男なので、家督を継ぐ必要もなく好き勝手にやらせてもらっている。
しかし、父も伯父もいまだにあきらめてはいないようで、会うたびに騎士になれとしつこい。
「先ほどルーナス・シトゥーゼと名乗る近衛騎士が、アーティに接触してきたのですが」
伯父の嘆きはいつも通り無視して話を進める。
「もう挨拶に行ったのか。まだ命令書も出してないというのに。絵姿を出した途端に護衛を志願して、やたらと張り切っていてな」
「なぜ護衛が必要に?」
「ああ、例の情報が漏れたらしく、怪しい動きをしている者がおる。なあに、首謀者はもう割れているから当日までには片付けるさ。でも、他にいないとも限らんから一応な。いつもはお前がいるから安心だが、当日はお前も主役だからな」
「エスコートがいるではないですか。あれはデレデレしていても護衛も兼ねられるでしょう?」
アーティには婚約者がいる。
俺の従兄弟で、伯父にとっても甥のひとりだ。
子供の頃は俺の家に預けられていたから、兄弟のように育った。
俺が紹介したアーティと婚約したばかりで浮かれてはいるが、ヤツは強いのだ。
「それが今、ドォカーコ領に行ってるだろ?途中の土砂崩れで足止めされたらしい。建国祭に間に合うかどうかわからんと水鏡通信が来てな」
「それは困りましたね。例の件はどうするのでしょうね?」
俺は焦っているであろうヤツの顔を思い浮かべて、ニヤリとしてしまった。
「ははは、そのために必死に帰ってくると思うぞ。間に合えば護衛はいらないな。まあ、ルーナスは間に合わなかった場合に慌てないための保険だ。祭りの当日は警備も不足するだろう? それにしても水鏡通信機は便利だな。そろそろライルを騎士に誘うわけにもいかなくなってきたか」
水鏡通信機は俺が開発した魔道具だ。
遠くにいても水を張れば通信ができる。
これが城と軍に採用されたことで、来週表彰されることになった。
騎士にならずとも、国には貢献しているのだ。
ちなみにアーティとドリーも、それぞれの研究開発の功績で表彰される。
「アーティの立場は説明してあるのですか?」
「当然だ。・・・まあ、あれだ、ルーナスは近衛にはよくいるタイプなんだ。害はないとは思うが使えなかったら知らせてくれ」
―――――――――――――――
それから五日が経った。
研究所内は研究内容が漏れないように防護結界が張られているので安全なのだが、それ以外の場所にアーティが行く際には、俺とドリーが付き添った。
結果、四人仕留めた。
伯父上、お片付けはどうしたんですか。まさか俺がいるからいいかとか思ってやしないでしょうね?仕事を増やさないでくださいよ。
ルーナス・シトゥーゼも毎昼食時に現れては、アーティに向かって美しいと絶賛している。
昼食場所を変えても現れた。もはやストーカーだな。
美しいと絶賛するだけで実害はないのだが、すぐにアーティの顔を覗き込もうとするので間に入って阻止しなくてはならないのがめんどくさい。不満そうな顔もされるし。
婚約者がいるのはわかっているはずだよな?
伯父に言って他の騎士に交代してもらおうかとも考えたが、俺にそんな権限はない。
建国祭は明日なので、それまでの辛抱だ。
―――――――――――――――
建国祭当日になった。
今、アーティとドリーは表彰式に向けて用意された建物の中でおめかし中。
俺とルーナス・シトゥーゼは外で警備している。
念のため、急ぎ作った防護装置のおかげで建物内は安全だ。
なんと着替えの手伝いに来たメイドのひとりが、入り口で装置にはじかれた。
伯父上、お片付け・・・以下省略。
今、またひとり仕留めたところでドリーが出てきた。
薄いピンク地に品よく花と蔦の刺繍がほどこされたドレスは、小さくかわいらしい容姿のドリーによく似合っている。
いつもの白衣姿とのギャップに顔がにやける。
「ちょっとー、ニヤニヤしないで!アーティももう少しよ」
かわいいよと褒めたら真っ赤になってそっぽを向いてしまった。うん、かわいい。
「・・・ねぇ、あれはなに?」
そっぽを向いた方角を見たままでドリーが言った。
そこでは今まさに、ルーナス・シトゥーゼがひとりのご令嬢に迫っているところだった。
「なぜ今日はいつもの眼鏡じゃないんだい?あの眼鏡の方が私の美しい姿がよく映るのに!ほら、今日は私に一番似合う祭事用の軍服を着ているのだよ。鏡を携帯することを禁じられているから、私の美しい姿が映るものは貴重なんだ。いつもの眼鏡にしておくれ」
普通の眼鏡を掛けたご令嬢は、日の光を受けてキラキラと輝く・・・これも以下省略の、今日はまた一段と美しい男に、意味の分からないことで詰め寄られてあたふたしている。
「うわー、美しいのは自分の姿だったかー」
ドリーがあきれ半分、安堵半分の声をあげた。
そう、アーティが掛けている眼鏡のレンズは鏡のようになっている。
ドリーが顔のせいで騒がれる幼馴染のために作った、掛けると素顔がよくわからなくなる認識阻害の魔道具なのだ。
ドリーはそれを作るために研究所に入ったと言っても過言ではないので、アーティを美しいと言われたと、ここ数日落ち込んでいた。
とりあえず、急ぎアーティと間違えられて涙目になっているご令嬢を助けなくては。
ルーナス・シトゥーゼに、その人はアーティではないと教えてご令嬢を逃がす。
「だから眼鏡が違ったのか。では、彼女はまだ中かい?」
おい、眼鏡で護衛対象を認識しているのかよ。
俺とドリーがあきれていると、そこへ、アーティがあらわれた。
魔道具の眼鏡を外した素顔の彼女は、まるで女神が降臨したかのように美しい。
ドレスは婚約者の瞳の色と同じエメラルドグリーンだ。
フフフ、一番に見られなくて悔しいだろうな。
「おお、なんて美しい人なんだ」
ルーナス・シトゥーゼも色気のあるため息をつく。
へぇ、自分以外も美しいと言えるんだな。
「この人は第三王子殿下の婚約者ですよ」
一応、念を押しておく。
「それは残念。せっかく私と並んでも見劣りしない人を見つけたと思ったのに。ああ、早くリュビル嬢出てこないかな。もっと美しい姿が見たいのに」
そう言ってルーナス・シトゥーゼは、また建物の方へと戻って行った。
え?俺今、第三王子の婚約者だとはっきりと言ったぞ。
護衛対象の情報は聞いているはずだよね?アーティだと気づいていないのか?
ふたたびあきれていると、われわれの元に走って近づいてくる者がいる。
「間に合った!」
「ギリギリでしたね。あとは任せます」
本当に必死に帰ってきたのであろう、俺の従兄弟の第三王子殿下のお出ましだ。
殿下にアーティを紹介した時、アーティは眼鏡で素顔を隠していた。
それでも殿下はアーティに惚れ、一年後には結婚を申し込んだ。
了承の返事をもらった後に、アーティの素顔を初めて見た殿下の驚いた顔は、いまだに笑える。
今日は表彰式の後、ふたりの婚約発表をすることになっている。
殿下はご令嬢方に人気があり、婚約を阻止しようとした者によってアーティは狙われていたのだ。
まあ、アーティの本当の姿を見たら諦めるだろう。
さて、アーティはもう王子様が守るからお役御免だよとルーナス・シトゥーゼに伝えてやるか。
あれ?いないな、どこへ行った?
・・・なんだ、また別の眼鏡のご令嬢に詰め寄っているのか。
駄目だな。護衛対象者を見失うとは使えない。
あとで、二度とナルシストなストーカーがうろつかないように伯父に報告しておこう。
でも、その前に表彰式だ。
殿下は美しいアーティにデレデレしながらも、しっかりと周りを警戒しながら歩き出している。
俺も彼女をエスコートして向かうとしよう。
「では我々も行きますか。我が愛しの婚約者殿」