叫んでいたら、妹に注意されました。
ふと気付くと、体が重かった。鎧 槍 盾 冑 どう考えても重くなるであろう代物を着けてボンヤリと佇んでいた。いつの間にか馬にも乗っている。何時もより目線が高いそして少し落ち着かない。
馬の嘶きが響く。石畳と森と、自分は橋の上。カッカッと蹄の音を鳴らし近づく騎馬は、森から現れ石畳の上を颯爽と駆けてくる。
頭に血が上った様にカッと其の騎馬を睨み付け、此方もとばかりに馬で駆け出す。相手の騎馬が馬上の人影の表情が見てとれるくらいになった辺りで、あの主人公顔した奴に殺されるのかと、嗤いそうになった。
負けずと槍を突き出すも、喉に銀色が突きたつのを止めることは出来なかった。
ふと、気付くと剣で人を切り刻んでいた。次から次へと刃物片手に人が襲い掛かってくる。当然次から次へと相手の喉頚やら腕やらを切り刻んでいく。
相手方が尽きるか、自分が尽きるか。
身体を動かすのを、速く効率的に動かしていかないといけない。
味方の一角が崩れた。赤い線が味方兵士の体を二つにしていく。
バラバラと死体が増えていく中、自身の体だけが其の男に反応出来た。
気付くと、其の男は美男子で、シマッタと思ったときには体が真っ二つになっていた。
嗚呼、可愛い嫁と子憎たらしい餓鬼を置いて逝くのかと、呆然となることも出来なかった。
…ふと気付くと…ふと気付くと……ふと気付くと、
何度となく死んで、幾度となく死んでいく。
何度死んで何人殺したかよく判らなくなった頃、暗闇の中にいた。
死んだ出来事の中で、洞窟等で殺し合いをしたことがあるが、それよりも暗いかなぁ。………よく解らない。
声が聞こえてくる。厳かな声だ。
汝自分の名を答えよ…汝自分の名を答えよ……
何度となく告げてくるその声。
その声は十歳ぐらいの少女の声のようでいて、
または、十二歳ぐらいの少女の様でもある。
お兄ちゃんと呼んで欲しくなるくらい凄く貴い声で、
頭の中に走馬灯のように色々なイメージが溢れてきた。
その糸は黒く細い
自身の重さに堪えかねたようにいくつもいくつも重く垂れ下がる。
手から零れ堕ちるその糸は主の元へ帰っていく。
少女の背中へ首へ頭へと寄り添い離れないその光景は、糸の一本一本が少女への強い想いを抱いているかの様。
少女の髪のなんと美しいことか
さらさらと音がしそうな風景が目の前で起こる
少女が振り返ったのだ。
フフッと他人を恋に落としそうな笑みを浮かべて美少女は言った。
「もう、くすぐったいよお兄ちゃん!」
もっ……もぅ…もっっ………っ……
暗い道を歩いていた
月明かりが当たるところは昼のように明るい
こちらの方にもあたるだろうかと思いつつノソノソと歩く
暗闇の中にじっと見つめる眼があった、赤い眼だ
飢えた眼がじっと此方を見つめていた。
思わず後ずさると、赤い眼の獣が小走りで距離を詰めてくる。暗い道を走り出す。
獣の顎から逃れることが出来たのは幸運だった。
全力で駆け出す。獣が何処をどうやって追いかけて来ているのかよく解らない。
だが、駈け続けないと危険なのは判る。
つまづき派手に転んだ。手が血だらけで、膝が痛む。
ようやく背後を振り返ると、尖った歯が上下に開かれていた。
アーチ状の歯並びが上下対象で目の前にあった。
喰われるのだ。
………衝撃が来た。
後頭部 背中に掛かる重さ 正面への視覚が今やジベタを眺めている。おもたい、痛みはない。
地面に手を突き体を少し持ち上げ、自由が効く首を回して背後を振り返る。
「お兄ちゃんをいじめるなんて赦さないんだから!」
鳴き声を挙げ逃げる獣に声を張り上げる少女。
喉元と下顎、そして黒髪。それしか見えなかったがきっと彼女は美しいのだろうと思った。
つと少女が覗き込んできて、安心したのかフフッと声を挙げて笑う。ヤッパリ魅力的な瞳をしている。
「もぉ、お兄ちゃんたら心配させないで。」
……ぇっ…えつ……………ッ………
初めて彼女が出来た。高校一年の初夏。その日は一週間雨だった。
木々の梢に青葉か繁り、その情景を詞にするためにずっと考えを巡らせていたのだ。
だから、三年生の女子が三脚の上でジャキジャキ枝を切っているのに気付かなかったのだ。
体が派手な音を立てて三脚にぶつかったと気付いた時には、三年女子は地面に身体を強かに打ち付けていた。
不幸中の幸いだったのは、刃物が彼女の体に傷を負わせなかった事だけだ。
腰を強かに打ち付けていて教師に連れられて病院へ行った。その場で謝罪をしたものの凄い目付きで睨まれた。
次の日に親共々謝罪にその子の家に行ったものの門前払いだった。
どうしたものか?金輪際近付くなと言われている。出来ることが無い。……出来ることがない。………どうしよう?
ドアをノックする音が…開けると少女が立っていた。
「お兄ちゃん。終った事は仕様がないよ。近付くなって言われたんでしょ。
怪我も大したこと無いんだし、相手も近くをウロウロされるのもいい気はしないって。ねっ」
少女はそう言うが、怪我をさせたのである。
しかも、治ると言っても二三ヶ月先であり、部活には当面出られないらしい。
運動系の部活だったらしく、二三ヶ月の運動禁止はスポーツする人には致命的らしい。
何も出来ることがないけど何かしたい。何かをしたいのだ。
「……もう、仕様がないな。私が一肌脱いであげるよ。」
少女が、どうやったのかは知らない。たが、三年女子は会ってくれるのだそうだ。
其れから会い、体育館裏で謝罪をした。土下座をしていると、彼女が、膝間付いて背中を優しく叩いた。
「妹ちゃんに感謝しときなよ。私会うつもり無かったのに妹さんが、必死になって涙目で頼むから会ってやったんだから。
いい、今度こんなことやったら赦さないから。
余所見しながら歩かない。小学生でも出来る事だから。
動くときは次どうなるか考えて危険が無い様に。
いい?解りましたか?」
さらりと長い黒髪が彼女の些細な仕草に揺れる。何だか申し訳無い気持ちで満たされていく。
誠心誠意謝ろうと思った。
「はい、本当に申し訳ありませんでした。」
謝罪の言葉を紡ぐ様子を彼女はじっと見ていた。心なしか、ピリついている?目付きが険しくなっていった。
彼女の嫌悪の眼差しで、身震いした。心が貫かれていく。
「………私が危険回避するために気を付ける様に言ったことの要点、言ってみて。」
彼女の存在が一際強くなる。風に吹かれ薄荷の香りが強くなる。
此の学校には薄荷の木が植えられているのだ。
その薫りを背景に彼女は怒りに震えていた。その姿は只々美しかった。
「………」
「まさか、憶えてないの?」
「……いや、そんなことはないですよ」
彼女の眼光は鋭くなった。
「…前々から思ってたんだけど、男ってさ、謝罪すれば何でも許されると思っているよね。
ただ、平謝りしてさ謝罪を受け入れれば、免罪符手に入れたみたいなのりで、また同じ事、繰り返すよね。
あんた達どんだけ他人を馬鹿にしながら生きてんの。
他人をおちょくっていい気になる前に自分がしてることが、どの程度の事してんのか考えなさいよ!このクズ!
本当に悪いと思っているなら改善点言ってみなさいよ!出来るの?」
背筋をピッと伸ばし、頭を回転させる。なんだったろうか。
「…………考え事しながら歩きません!」
彼女を見た。
彼女はじっ見つめてくる。
此方はボーッとそれを見つめ返す。
「それと…」
「それと……?」
彼女が睨み付けてくる。
「……えっと、あ………っえっあのぅ……」
しどろもどろになってしまう。
「『動くときは必ずかならず移動先がどうなっているか見る』そうだよね?」
イライラを隠さずに彼女は指摘する。
「そうです!
あ…の、………動く時は移動先がどうなっているかちゃんと見ます!」
「なめたマネしたら赦さないから。」
了承と従順の意思を示すと、納得はしていないものの、理解をしてくれた様だ。
「ところで、彼氏いますか?若し居ないなら付き合ってくれませんか?」
「ふざけてるの?そんなに怒らせたいの」
「いえ!そんな事有りません。本当に只々素敵だなっと、思ったので。本心なんです。」
彼女の心はそんな言葉では収まりが着かず、怒りが爆発した。
そんなこんなで付き合うことになった。
好きな子ができると言うのはとても良いものだった。
会ってお話をすることのなんと良いことか!
心から弛いことを言っても許されるのである。
可愛いし、愛の言葉を囁いてもキモい言われても、彼氏だし彼女だし好きと言うものはある種の相手の魅力に魅了されているということなのだから、愛の言葉を紡いでも此はしょうがないことなんだよ。ね。
「大好きだよ! きゃっ!恥ずかしい告白しちゃった!
……なぁ アノさ、俺も男だし愛の告白をされてみたいんだけど」
“恥ずかしいのが心地良いんですよ。 楽しいよ、コッチにお出でよ楽しいよ!”と一人ラブラブしていた。
彼女はドン引きしている。が解っている。内心では満更ではないということに!
ある日彼女が困った表情をしていた。訳を訪ねても答えてくれない。だが、日に日に塞ぎこんでいくのが解るのだ。
意を決して彼女に詰め寄る。そして、どういうことなのか訪ねる。
彼女は言わない。
彼女を諭す。物事の多くは事前に何かをしておけば回避できたり対策が立てられたりするのだと。
言わないのは対策が出来ない!何が起こっているのかが解らないからだ。
そうやって言わないで置くと気が付いたときには、手遅れになっていることは往々にして存在する。
俺は後悔をする気はない。だから、何を悩んでいるのか言って欲しい。そうでないと対策がたてられないから。
彼女は渋々話し出した。
彼女曰く
付き合っているのが、父親の知る所になったのだと!
…………盲点だった。
幸せすぎて御家族の事チラッとでも頭に浮かぶことはなかった。
なので、急いで菓子折りを用意してその日にご挨拶に向かうことにした。
家の門が目の前にある。
膝が震える。心臓がきゅっとなる。
此から起こることを考えると精神疾患になりそうである。
逃走を図ろうと回りを見渡すと、彼女の心配そうな表情があった。
心が折れそうになった。
嗚呼、此のまま此処から二人で逃げ出して彼女の胸にすがり付きながら泣きじゃくり、そのまま絶海の孤島で二人っ切りで暮らしたい旨を相談すると、
“孤島で暮らしたくない”
との事だった。
なので、決断するしかない。
三十分しただろうか、彼女が痺れを切らした。
キャンキャン怒る彼女も可愛い。
仕方なく門を入った。
彼女の母親が出迎えてくれた。
玄関を上がる。
ざわめきを感じ取ったのか、彼女の父親が姿を現した。
挨拶をと頭を下げようとする。バタバタと音がした。悲鳴も上がる。衝撃と共に床に転がる。
「お前娘を傷を負わせた上に何やってるんだ!ふざけんな!」
怒りは最もだったが、ここで引くわけにはいかない。
“人様の娘に傷を負わせた上にチャラチャラやっている奴の片を持つのか!”
怒鳴りと罵声が飛ぶが彼女は毅然と“彼を愛してるの”と宣言した。
父親は奥へと引っ込む。
彼女と彼女の母親が声をかける、大丈夫と答える。日を改めようと門を出たとき、彼女から逃げて!と声が掛かる。
振り向くと彼女の父親が包丁を振りかざしているのが見えた。
顔に一直線に引っ掻いた感覚が生まれる。
血がボタボタと垂れる。
父親が手を振り回し二度三度熱いものが体に一直線に走る。地面に倒れ伏してしまう。
腕が、腕が動かなかった。
力が腕に伝わらない。どんなに意思を込めても。
彼女の父親が肩を掴んで真上に引っ張り上げる。
包丁が頭上にあるのが見えた。此方に向かって振り下ろすのだろう。
その時ああ、これも仕様がないのかと思った。
父親の体が動く。
包丁の煌めきが美しく心を奪われた。
その光が消える。辺り一帯ほど。
柔らかい感触と良い香りがフワッと届いた。
なんだこのフワフワしたものは
なんだかどこかで見たことあるこのシルエットは
嫌な予感しか与えなかった。
彼女の父親との間にあったものが重力に引かれバランスを崩し寄り掛かるように体を寄せつつ、地面にずり落ちる。
そこには血溜まりを作り続ける妹の力無い姿があった。
「………おに…いちゃん、しん………ぱい…ばかり……か…ける…んだ………か…ら」
力無い妹の呼吸が止まった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーー!」
涙が溢れてきた。床に顔を埋め床を叩き泣くに泣いた。
「……ひゃ………ひゃ…ひ………………ひ………あぁぁぁ!」
地べたを這いずり転がり男は悲鳴を挙げていた。その姿を冷めた眼差しで見つめる姿があった。
ーーー落ち着きなさい、彼のモノよーーー
私はこの場所にきた存在の逝くべき所を決めるもの。
発狂した存在を見るのは初めてではない。記憶がある存在は三途の川を渡らせる。
この空間は意思の強さがものを言う。意思が強くても壊れる存在が殆んどだ。
だが、この者は妹の名を、もえという名を思い出した。そして次に自分の名を。彼の意思は並大抵の意思ではない。
錯乱の度合いは酷いものだが、受け答えには支障がない。
発狂 七転八倒 私の事を妹と勘違いする等、難はあるが意思は強い。
これならあの世界に行かせても強く渡り合えるに違いない。
「聞け彼の者よ!汝は見事この揺蕩う世界に於いて自らの意思の強さを見せることが出来た。今一度別の世界に於いて人生を与えてやろう!過去は変えられずとも意思の強さは未来を変えることは出来る。今度こそ後悔無く、そのか細き人生を歩いて見せよ!」
揺蕩う世界を司る神は手を自分の脚にすがり付く彼の物に向ける。
いざ旅立て!
彼の物は光に包まれた。光がなくなる頃には、その姿は影も形もなかった。
「………なんかおかしいですね。」
書類に目を通していた女が呟く。
「どうしたの?」
「なんか報告書と経歴書の項目がおかしいんですよ。妹の名を呼んだし自分の名を告げたとなっているんですけど経歴書には、妹がいるなんて書いてないんですよね。」
「ちょっと見せて、……ほんとだなんも書いてない。」
「そもそも、この存在って人類っていう程度の低い知的生命体が行っていた娯楽の中で、偶発した下等な人工知能で、人類が知ること無く消滅したんで、親兄弟に該当する存在がいない筈なんですよねぇ。誰ですかね“モエ”って?」
「う~ん」
「これ上に報告しときますか?」
「いや、………この程度なら……良いでしょ」
「えっ……重要書類ですよね」
「う~ん元々異世界転生って結構制限強いから人集まんないって愚痴ってたんだよね。だから良いや。」
「上がなんかいってきたら?」
「上がこの程度でなんかいってくるとも思えないし仮に言ってきたら……気付きませんでした!で通して。」
「………………………」
「大丈夫!気付きゃしないって!」
そういうことになった。
おわり