ルームメイト
入寮選別が終わると、俺たちは各寮に分かれて説明を受けることになった。
寮の監督は小太りの中年で、人当たりの良い微笑みを浮かべている。
「さて、新入生諸君、ボクは寮監のニーチャ。気軽にニーチャ先生と呼んで欲しい。では早速、この学院の寮制度について説明しよう」
ニーチャと名乗る先生は、この学院においてのルールを説明していく。
試験や実技で好成績を収めると、生徒の所属している寮に得点として星が与えられる。
逆に個人が大きな失敗や、校則違反を犯すと寮の星が剥奪される。
この星が多ければ多いほど、寮の設備や食事が豪華になっていくらしい。
「それと、毎月星の争奪戦《星杯戦》が開催される。貯め込んだ星を賭けて、各寮が代表選手を出して戦うんだ」
私闘が禁じられている学院で、魔法使い同士が唯一全力で戦う行事だ。
各学年から代表一人を選出し、寮の代表としてもう一人を選ぶ合計五人による団体戦だ。
この学院は、国を代表する魔法使いになる者たちが集まる場所だ。つまり、各寮の代表として選ばれるメンバーが、後の世界のパワーバランスを決める者になる。
日原復権への近道は、この星杯戦のメンバーに選ばれ、活躍することだろう。
「この寮に来るみんなは戦いが苦手なのは分かっているけど、一年生も出場枠があるから、がんばってね。それじゃあ、荷物を各自の部屋に置いてくること」
説明が終わると、俺たちは先輩たちに連れられて寮に向かう。
それにしても、みんながチラチラと俺の方を見ては、目を合わすと目をそらされる。
困ったな。何か無礼を働いてしまったんだろうか。
それとも、これも西央流の挨拶なのだろうか。俺は西央流の挨拶である握手のやり方も知らなかったし、気付いてないだけとか?
けれど、ここで問題を起こしたら変化の術でも逃げられないから、大人しくしていよう。
○
そうして大人しく黙ってついていくと、質素な作りをした寮に辿り着いた。
入り口のロビーに調度品の類いは一切なく、天秤を抱えるネズミの旗だけが掲げられている。
そんな寂しい寮の寮長の男性が両手を広げて微笑む。
「何もないだろう? 星がなくなるとこうなるんだよ。とはいえ、これ以上は減らないから、逆に言えば僕たちが活躍すれば、寮は立派になっていく。新入生のみんなも気負わずがんばっていこう」
物は言いようだなぁ。
みんながそんなことを言いたげに苦笑いしている。
まぁ、俺も山育ちだし、物が少なくても困ることはないから良いか。
「ちなみに個室はないから、同室になった相手と仲良く部屋を使うこと」
どうしよう!? 俺は山育ちで、人間の友達なんていなかったから、誰かと同室で暮らすとか、どうすれば良いのか分からない。
でも、まずは挨拶だよな。握手とやらは結局やり方が分からないままだ。
なんて、初めての出来事に混乱している間に周りの人たちはみんな自分の部屋へと向かっていて、一人取り残されている。しまった!
慌てて自室の前に行ってみたけど、既に部屋の中から人の気配がする。
とにかく人付き合いは挨拶が大事だ、と古事記にも書いてある。ならば俺がすることは一つだ。
「お初にお目にかかります。神倉識です」
扉を開けると同時に、金髪の少年が見えたので、その場に正座して深々とお辞儀をする。
「え!? 急にどうしたの!? お腹痛いの!?」
すると、何故か金髪の少年に心配された。
しかも、かなり慌てているのか、こちらの身体をあちこちペタペタ触れられている。
「あ、いえ、どこも痛くないのですが」
「良かったぁ。急に座り込むからビックリしたよ。一体どうしたのさ?」
「日原流の挨拶だったのですが……伝わらなかったでしょうか?」
「あ、あぁ! ごめん! 挨拶だったんだね!? 僕はエドワード。エディって呼んで」
そういってエドワードは俺に手を差し伸べる。
「エディ殿。その手は?」
「あぁ、これも挨拶。握手って言うんだ。手を軽く握り合うんだよ」
なるほど、握手とはそういうやり方だったのか。
エドワードの手を握り返すと、彼はにっこり笑ってくれた。
「では、改めて、よろしく頼むエディ殿。俺は神倉識です。識と呼んでいただきたい」
「よろしく識。ルームメイトなんだから、僕に殿はいらないよ。エディで良いし、言葉ももっと砕けていいよ」
寮の選別の時にテンペランス寮は差別がなく、誰とでも公平に接する生徒が集まると言っていたが、本当にその通りの性格をしている。
「さっきはごめんね。日原の人と会うのは初めてだったから、驚いちゃって」
「エディはどこの生まれなんだ?」
「僕はブリト連合の生まれだよ」
ブリト連合? あぁ、校門で日原をバカにしたバーガスと同じ国の出身なのか。
同じブリト人でも、随分対応と印象が変わるものだ。
「僕の顔に何かついてる?」
「あぁ、いや、今朝ブリト人と校門で一悶着あってな。日原が植民地だと間違ったことを言うので、訂正してもらったんだ」
「ごめんね。同じブリト人として謝っても許して貰えないだろうけど」
「いや、大丈夫だ。エディのような人がいると分かったからな」
別にブリト人全員がバーガスのような人じゃない。
それが分かっただけでも大きな収穫だ。こういう人たちとなら友達になれるかもしれない。
「日原かー。極東の島国だっけ? 晋王朝の東にあるっていう」
「その通りだ。ブリト連合もこの西央大陸の西にある島国なんだよな?」
「そうそう。島国出身者同士、仲良くしようね。識はどんな魔法使いの家系なの?」
魔法使いの得意分野は家系で決まるとよく言われている。
薬の調合などが得意な家系、戦向きの攻撃的な魔法が得意な家系、カラクリなどの物作りが得意な家系と、出身を聞けばよほどのことが無い限り、その家系の特徴を引き継いでいる。
「俺は降霊術だな。エディは?」
「へぇ! うちは医術系の家系でね。治癒術が得意なんだ。怪我と病気になったら言ってね。薬を調合するし、傷も魔法で治すよ」
エドワードがそういって壁の棚を指さすと、既に調合の道具が並べられていて、色々な植物が入った瓶が並べられていた。
「漢方薬のようだな」
「あ、それ知ってる。晋王朝の医術だね。確かに同じ動植物を使うのは似ているかも。日原はどんな医術があるの?」
「晋王朝と同じ漢方使いが多いな」
「へぇ! もしよかったら漢方に使う材料を教えてよ!」
「あぁ、構わないよ。というか、エディは治癒術が好きなんだな」
あまりにもぐいぐい来るものだから、よっぽど好きなんだろうと思ったんだけど、俺の指摘にエドワードはきょとんとした顔になり、一瞬固まった。
「あっ! ごめん、つい夢中になって話しちゃったね。ちょっと身内に病弱の妹がいて、妹を元気にするために、少しでも知識を増やしたくてさ」
照れくさそうに語るエドワードに、俺は少し驚いた。
この学院は各国のエリートが集まり、国の将来を決める猛者たちを育てる場と聞いていたから、エドワードのように家族のために来ている人がいるとは思わなかったんだ。
「妹が良くなると良いな」
「うん、元気になって、同じ学校に通えることを願ってるよ」
本当に仲が良い兄妹なんだな。俺は一人で山暮らしだったから、少し羨ましい。
「あ、そろそろ集合時間だよ。行こう識」
「ん、あぁ、そうだった。つい話し込んでしまったな。遅刻したら減点だっけ」
「そうそう! 入学式早々授業なんだから、この学院は忙しいよ!」
こうして、俺たちは教科書を抱えて部屋を飛び出し、講義棟へと向かうのであった。