極東の魔法
「てめえ、喧嘩売ってるのか? ぶっ殺すぞ?」
俺の渾身の握手にバーガスがぶちキレた。
「何故ですか? バーガス先輩殿の真似をしただけですが? まさか、何か握手の所作を間違えたでしょうか?」
「条約で連れて来られた人質風情が、俺に手を出したこと自体が間違いだって言ってんだ!」
「ですが、さっきは握手をしてくれたではないですか?」
「はっ、日原の人間は嫌がらせも理解できねえのか? ただの嫌がらせに決まっているだろ?」
「ということは、握手はもっと別のやり方だということでしょうか?」
「そうだよ。まぁ、お前のような植民地の犬と、俺たち宗主国の人間様が握手するなんてことはないがな」
なるほど。そういうことだったのか。つまり、このバーガスという男、俺と日原をなめて見下している。
「犬はちゃんと躾けてやらないといけないか」
バーガスは杖を取り出すと、見下したような笑顔で俺を見てきた。
なるほど。これが日原を見る目か。ならば、俺のやることはただ一つ。
「訂正してください」
「あん?」
「日原は植民地ではありません。住んでいる人は奴隷でもなく、犬でもなく、人間です」
「ニュージア合衆国の黒船とペルイ提督にビビって、開国した島だろう? 負け犬以外のなんだって言うんだよ? 大した魔法体系が出来ていない証拠だろ。極東の田舎魔法が俺たち伝統あるブリト連合の魔法に敵うのか?」
その通りだ。幕府の連中が反乱を恐れて、国内の魔法使いたちを排斥したこと、鎖国をして魔法技術の流入を防いだせいで、日原の魔法は衰え、不平等条約を許した。
それで、俺は人質としてここに送られて来た。
けれど、大事なことをこの男は知らない。日原の魔法は失われていない。
「日原の魔法は、全て俺が復活させて引き継いだ。知りたければ見せてやる」
「はっ、でかい口を叩く。なら試してやろうか。地の底に眠りし火の精よ。目覚め、汝の敵に赤き牙を突き立てよ! サラマンダー!」
バーガスの詠唱で、杖に炎の巨大トカゲが絡みつく。
大男のバーガス二人分ほどの大きさで、それはもはやトカゲというより一種の龍のようだった。
熱気で景色が揺れ、こぼれ落ちる炎が地面を黒く焦がす。
バーガスの魔法は召喚魔法、西央大陸の伝統的な魔法の一つで、妖精や精霊を具現化し使役する魔法だ。
「どうだ? こいつの炎に焼かれたら、無事じゃ済まないぜ? 泣いて許しを乞えば、今なら許してやるよ?」
「ならば、俺も日原の炎を見せましょう」
俺は荷物から鞘に入った刀を取り出した。魔法を操るための杖代わりだ。
「あん? 何だその細い剣は?」
日原の魔法は詠唱だけではなく、印を結んだり、神楽舞いだったり、身体の動きによって発動する技がある。
言葉による呼びかけではなく、身体の動きで神や精霊に呼びかけ、身体にその力を降ろすのだ。
相手が炎で来るのなら、こちらも炎で対抗すべきだろう。
トーントーンとその場で小さく跳躍し、鞘に入った刀を振るって円を描く。
俺の立つ場所に神を降ろす座を描き、跳躍することで神界へと俺を近づける。
日原の魔法、神霊をその身に宿し、力を承る術の名は――。
「その奇妙な動きは何だ? やれサラマンダー!」
「神憑き神楽、天照大神」
術が発動して、俺が手を前にかざすと、紅蓮の炎がバーガス目がけて奔った。
それと同時に、バーガスのサラマンダーも俺に向かって突進してくる。
炎と炎がぶつかり、爆発が起こると辺り一面に炎が吹き荒れた。
「くっ、サラマンダーが歯も立たずに消された!?」
「動くな。俺の術はまだ解けていない」
俺の使った術は身体の内側に太陽の神を宿す術で、憑依が解除されるまで炎を自由自在に生み出して、操ることが出来る。
「これは日原の神憑き神楽と呼ばれる降霊術の一つ。俺が降ろした力は日原の太陽神だ。我らの太陽は全てを照らし、全てを焼き尽くす」
とはいえ、殺す必要も傷つける必要もない。俺はただ言葉を訂正してもらいたいだけだ。
「これ以上、敵対しようとすれば詠唱中にその口と喉を焼く。さっきの言葉を訂正すれば、術を解いて見逃すことを約束します」
「くっ、くそ。確かに日原は植民地ではない! これで良いか!?」
「はい。問題ありません。ありがとうございます」
「極東の田舎者め! 決闘の作法も知らないか!」
「い、田舎者……、た、確かに俺は山奥で育った田舎者ですし、決闘とかしたことないですが……」
捨て台詞として吐かれたけど、田舎者なのは本当なので否定出来ない。
ずっと山奥で修行していて、街に出られなかったのだから仕方無いだろう。
でも、おかげで、日原の魔法がここでも通じた。これは何よりも大きな収穫だ。
「コラー! 何を騒いでおるか! 学内は私闘禁止だぞ!」
騒ぎを聞きつけた教師がやってきたらしい。
って、私闘禁止だったのか。入学前に退学になったら不味い! というか国際問題にされたらもっと不味いか。
「忍法、変化の術」
俺は魔法で鳥に変身し、その場から飛び上がった。
この場から早く逃げて、入学式会場に向かおう。
こうして、入学式前からちょっとしたトラブルはあったけど、俺はこの学院での任務が始まった。