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挨拶の作法

 ついに来てしまった。

 世界中の魔法使いが集まり、魔法の腕を高め合う魔法使いの最高学府。

 学校というよりも城のように見え、学外は雪景色なのに、門を過ぎれば学内は春のような陽気と新緑の景色が広がっている。

 まるで異空間だ。


「ここがパンガイア魔法学院」


 歴史に名を残した魔法使いたちが、数多く育った名門中の名門だ。

 西央大陸の最高峰のモルブラン山頂に建てられ、人界とは分け隔てられている場所に位置する。

 極東の島国から入学する生徒は俺、神倉識かみくらしきが初めてらしい。

 本来ならば、数多くの選抜試験を受ける必要があるのだが、俺の母国である日原ひのはらはとある理由で試験を免除となった。

 その理由を、ここに送り出してくれた総理の言葉で思い出す。


「列強国との不平等条約で、有力な魔法使いを人質として西央に送り出さなければならない。学生だが人質という名目上、待遇には期待できないが、識君ならば必ず西央での任務をやりとげてくれると信じている」

「魔法学院で活躍し、列強国の魔法使いたちに、日原が弱小国ではないと認識させる。任せて下さい」

「頼もしいね。では、それ以上に大事な任務は覚えているね?」


 俺がこの学院に来た理由は、不平等条約を解決するために世界最高峰の魔法使いたちに極東の魔法の力を示すこと。

 こっちは良い。俺がこの学院の人質に選ばれる前から、俺はずっと術を磨き続けてきたから自信がある。

 問題はもう一つの方だ。


「誰でも良い。列強国の令嬢を落とすのだ。不平等条約の解消と、列強国との同盟を結ぶ使者として、これ以上適した人物はいない。明治という新時代で、日原の国を守る力と円を手に入れて欲しい」


 血と血、家と家の繋がりで、日原の味方を作る。いわば政略結婚もとい、政略恋愛をしろという任務だ。


「こっちはまるっきり自信がない……」


 山奥で術の修行しかしていなかったから、女性との接し方が分からない。

 惚れ薬でも調合して、惚れさせれば良いのかも知れないけど、相手も魔法使いだし、効果が続くかどうか分からないんだよな。

 惚れ薬が効かないのなら、降霊術で女性慣れした色男に憑依してもらってナンパして貰うとか。

 いや、それじゃあ、俺が落とした訳じゃなくなるし、すぐボロが出る。

 そんな感じでずっと悩み続けてきたけど、結局答えが出ないままパンガイア魔法学院に到着してしまったという訳だ。


「おい、扉の前で突っ立ってるんじゃねえよ。邪魔だろ」

「あ、すみません。考え事をしていて」


 大男にぶつかり俺はよろけた。

 でも、門の前で立っているのは確かに邪魔だったな。

 門の一歩外は雪山で寒いし、申し訳ないことをした。

 俺が頭を下げると、大男はふんと鼻を鳴らして立ち去ろうとするが――、突然立ち止まって俺のことを品定めでもするかのように見て来た。


「次からは気をつけな――。ん? 珍しい服装に、その見た目……」


 羽織がそんなにも珍しいのか?

 確かに和装を着ている人間は、この学院には俺だけだから珍しいか。


「お前、まさか、極東の島国、日原の魔法使いか?」

「あ、日原を知っていたんですね。良かった。初めての留学生だと聞いていたので、皆さんと仲良くなれるか不安で」

「おー、そうかいそうかい。お前があの日原の留学生か。なるほど、せいぜい頑張りな」


 大男はそう言うと、ニタニタした笑みを見せながら手を差し伸べてきた。

 えっと、物乞いという訳ではなさそうだけど、この手はなんなんだろう?


「なんだ? 極東の田舎者は握手も知らないのか?」

「あ、あぁ、そういえば西央で生活するための指南書にありましたね。挨拶ですよね! よろしくお願いします! 俺は識と申します!」


 俺は差し出された手に慌てて手を伸ばしながら、頭を下げた。

 国の代表として入学した以上、極東の田舎者は礼儀を知らないと誤解されては不味いよな。

 すると、パァンと手を払われるように叩かれた。

 手がジンジンと痛むほどの勢いだったけど、大男はニタニタとした笑顔を崩さない。


「極東の人質せいとの挨拶はこれで十分さ」

「なるほど。これが西央流の握手なるものですか。勉強になります!」


 なるほど。西央流の挨拶はこのように激しくするものなのか。

 やはり指南書に載っていないことも多くあるみたいだな。これから西央文化も少しずつ覚えていかないと。


「親切なあなたの名前は?」

「ぷっ、ぷはは! さすが極東の田舎者! 良いぜ。気分が良いから教えてやるよ。俺はバーガス=リッター。エンペラーオウル寮の二年だ。お前のところと条約を結んだブリト連合の出身だぜ」


 なるほど、先輩だったのか。しかも、条約を結んだ相手となると、ここは仲良くなるのが得だな。

 それに、気になるのはエンペラーオウル寮という名前だ。そういえば、パンガイア魔法学院は全寮制で、それぞれ寮に属して4年を過ごすんだったっけ。


 どこの寮に所属するかは、入学式で宣告されるとか。

 エンペラーオウル寮は確か、総合力が高くて、伝統を重んじる人間の住まう寮だと書いてあったっけ。

 寮の特性上、貴族階級や上流階級の子息が集まりやすいとか。

 そんな寮の先輩と仲良くなれば、条約改正の大きな力になってくれるかもしれない。


「ありがとう。バーガス先輩殿。では、こちらからも改めてよろしくお願いします」


 俺は改めて手を差し出した。

 相手の所作をちゃんと見るために今度は頭を下げない。

 すると、バーガスは大きく手を振りかぶった。


 なるほど。握手はそうやって振りかぶるものなのか。


 俺も瞬時に手を振り上げ、振り下ろされるバーガスの手に向かって振り抜く。

 すると、バチンと学園中に鳴り響くほどの大きな音が鳴った。

 これは会心の握手なのでは? そう思えるほどの手応えだった。


 もちろん、これが本当の握手でないことを、俺はすぐに知る。


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