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【お姉様は強し】



鏡の前にしゃがみ込んでしまった私に声をかけてきたのは専属騎士だというチアキだった。


「いつまでそうしてるつもりだ」


呆れているような声なのに、その中には若干の同情も感じる。

「……うるさい、放っておいて」

けれど、感じてはいるもののそれに応えられるかと言われればまた別問題だ。

(ホント、どうなってるのよ……)

取り乱して暴れたりはしないものの、頭の中は大混乱だ。

いつの間にか平行世界とかいう知らない世界にいて。

一年後には帰れるとしても、それまではよく知りもしない国の姫さんの代わりをしなくちゃいけない。

私がミユキさんとは違う桜井弥雪であることを知っている人がいるのはありがたいけど、その人たちだって私からしたら初対面の知らない人であることに違いはない。

まあ、顔だけなら知っている人が一名いるが。


「私にどうしろっていうの……」


思考が深みにはまっていく。

彼女がどういう立場かは詳しく知らないけど、私は高校を卒業したばかりの一般家庭で育ったのだ。

それがいきなり姫などという役割をしろなど、できるわけがない。

そもそも、顔が同じというだけで彼女の性格はもちろん、何も知らないのだからすぐに怪しまれてバレるのがオチではないか。


そんなことを考えていると、ふと、肩に柔らかいものが触れる。

「よかったら紅茶でも飲みませんか?」

振り返れば、ヒトミさんが私の肩にブランケットをかけてくれていた。

「……」

「紅茶はお嫌いですか?」

何も答えない私になおも優しく語りかけてくれるヒトミさん。

「……嫌いじゃないです」

なんとか口を開いて告げれば、彼女は柔らかく微笑んだ。

「では、すぐに準備しますね」

そう言って立ち上がった彼女につられて立ち上がった私は、ヒトミさんに連れられるままソファへと腰を下ろした。

私が座るのを見届けると、ヒトミさんは部屋を出て行った。

残されたのは私と向いのソファの傍に立つ騎士の彼のみ。


「……」

「……」

「……随分、落ち着いてるんだな」

先に口を開いたのは彼だった。

確かに、いきなりこんな状況に置かれれば泣きわめいたり、暴れたりするものだろう。

けれど、ただ黙ってじっとしている私は傍から見れば落ち着いて見えるのだろう。

彼の言葉に顔を向ければ、先程までの訝しむような視線ではなく、同情と安堵が入り混じっているような目をしていた。

(……そりゃそうか。取り乱す相手をなだめるという面倒なことをしなくて済むもんね)

思考は相変わらずまとまらないし、少しでも気を抜けば意味わからないと悪態ばかりが口をつきそうなほどだ。

けれど、どこか他人事のように見ている自分がいるのも事実。

それに、感情のままに暴れて自分の立場を追い込むようなことはしたくない。

どんなに思考が乱れようと、態度に出さなければいいのだ。

「……別に」

「そうか」

そこで会話は途切れた。



もともと、彼とはあまり話したくはなった。

さきほど勢いに任せて言ってしまったが、私は彼と同じ顔をした春川智秋に昨日告白をして振られたのだ。

遠くに行きたいと思ったのもそのことが要因だった。

しかも、ずっと好きだったと告げた私に対する彼の返しは――、振り返るたびに怒りが募る。

(確かに過去形で伝えた私も私だけど……!)

彼の顔を見ているとその時のことを思い出して、感情が高ぶってくる。

ただでさえ意味のわからない状況に置かれているというのに、これ以上自分を乱さないで欲しい。


彼から顔を逸らし、窓から外の様子を窺う。

どうやらこの部屋は割と高い位置にあるらしい。

木々の緑は大分下に見え、真っ青な空に白い雲が浮かんでいる。

視界を遮るような建物はなく、遠くに点々と街らしきものが見えるばかり。



すると、沈黙が支配していた空間に音が響く。

コンコン、……ガチャ。

音に弾かれ視線を扉へと向けると、ヒトミさんがポットとカップをトレイにのせて戻ってきた。


彼女は私たちの様子を見ると困ったように苦笑する。

「……まったく。チアキは気の利いた言葉のひとつもかけられないのかしら」

「別に。……会話がなかったわけじゃない」

ヒトミさんに小言をもらったのは騎士一人だった。

バツが悪そうに答える彼の様子に、力関係が見える。

「私がいなかったのなんてほんの数分でしょうに、この沈黙。少しはゆき様のことを考えなさい」

ヒトミさんはそう言いながら机にトレイを置き、紅茶を注いでくれる。

「……ありがとうございます」

どうぞと差し出されるカップを手に取り口に含む。

(美味しい)

温かさが身に染みていく感覚に、身体のこわばりがほどけていくのを感じる。

「お気に召したようでよかったです」

表情に出ていたのか、ヒトミさんは柔らかい笑みを浮かべる。

「……温かくて、落ち着きます」

彼女の笑みにつられて言葉を返す。

「胃を温めると落ち着くといいますしね」

「そうなんですか」

「はい。――いきなりのことで混乱されていると思いますが、話をさせていただけますか?」

彼女の言葉は私にとっては願ったり叶ったりだ。

そう思い、そのまま一つ頷くと、彼女は私の様子を気にかけながらゆっくりと話をしてくれた。

騎士は先ほどと同じ場所でじっと話を聞いていた。



「姫様が先ほど少しお話したかもしれませんが、ここはゆき様のいた世界とは似て非なる世界です。姫様に聞いたことには、人間の発展の過程が互いの世界で少しずつ異なって行った結果が今の世界なのだと。ゆき様のいた世界には魔力というものはないと伺いました。しいて言うなら、ゆき様の世界の言葉で言う“気”がこちらでいうところの魔力に相当するのではないかと。私にはその“気”というものがどんなものかはわかりかねますが、魔力はこの世界では誰もが少なからず持っている力であり、この魔力を原動力として生活をしています」

(……気って言われても私にだってよくわからないんだけど。陰陽師とかが使うような力か……?)

「灯をつけるのも、火を起こすのも、すべて魔力の供給により可能となります」

(いや、電気やガスに近いエネルギーなのか?)

「そして、王族――つまり姫様はとくにその魔力が強く、常人ではできないようなことをも可能にしてしまうのです」

「……それって、私をここに連れて来たようなことですか」

「その通りです」

確かに“気”――陰陽師が使うような力――であってるのかもしれない。

だって、電気やガスで魔法みたいなことができるわけがないのだ。

それが、目に見えないような力、それこそファンタジーでしか見ることのできない魔力・魔法だから可能なのだと言われる方がまだ納得がいく。


(もういっそ現実と思うより、ここはファンタジーの世界だとでも思ったほうが気が楽かも……)


「ゆき様も慣れれば使えるようになりますが、私たちが傍におりますので扱えなくても問題はありませんので安心してください」

現実逃避に走りかけたところで、驚くことを告げられた。

「私も魔力あるんですか!?」

「はい、もちろんです」

「!!?」

驚きのあまり、持っていたカップを落としそうになった。

中身はすでに飲み切っていたので零れることもなかったが、割ってしまわないうちに机に戻す。

「……私“気”なるものは使えないはずなんですけど」

「私も詳しくはわかりませんが、きっとこちらに来たことで覚醒しているはずです」

「マジですか……」

それこそライトノベルの異世界転移・転生ものでよく見るやつではないだろうか。

(え、なに?ホントにファンタジーの世界なんですけど……)


平行世界というこの世界の設定と新たに備わっているらしい能力に愕然とするしかない私に声をかけたのは、意外にも騎士だった。

「別に、魔力があろうと使いたくなければ使わなければいい」

ヒトミさんに向けていた視線を彼に向ける。

「聞いた通り、この世界で魔力は一般的に生活するためだけの力だ。代わりとはいえ姫となるお前が家事をすることはない。基本的な世話は侍女が行う。お前は姫に代わって必要な公務をこなすだけでいい。だから使えなくてもなんら不便はないはずだ」

……さいですか。

要は必要最低限働けば快適な生活はさせてやる、ということなのか。

まあ、やることやれば面倒は見てくれるというのはありがたい。

しかし、だからといって「はいそうですか。よろしく」とはなれない。

だってそれでは、私一人の時間というのがあまりにも少なくなってしまうではないだろうか。

ヒトミさんもいつも傍にいるって言ってたし。

面倒見てくれるのは助かるが、私は1人でのんびりするのが好きなのだ。

(早めに扱えるようになんとかしよう)

「おい、聞いているのか」

自己完結していると、騎士の少し苛立たしげな声がかかる。

「聞いてるって」

そっけなく返す私に彼の眉間に皺が寄る。

(ほんと、智秋君とはえらい違いだな)


私のよく知る智秋君はもっと口調は柔らかい。

それに、私が聞いてなかった時も「まったく、ちゃんと聞いてよ」って苦笑いしながらも許してくれるのだ。

そもそも、彼はこんなに高圧的じゃない。

穏やかで、物腰柔らかくて――。


(いやいや、今考えることじゃないし)

吹っ切るために思い切って告白までして、傷ついて、怒って。なのにこれでは意味がない。

いや、今はそんなことはどうでもいいのだ。

私は深く息を吐くと、ヒトミさんに視線を戻した。

「あの、公務って実際どんなことをするんですか」

「基本的には届けられる書類を確認し、承認の判を押したり、訂正したりですね。あとは月に一回行われる会議に出席したり、必要に応じてパーティーにも参加したりですかね」

「……パーティー、ですか」

「ええ」

なにそれ、聞いてない。

いや、今初めて聞いたのだから当たり前だが。

(書類仕事はまだなんとかなるかもしれない。会議とやらもまあ仕方ない。事前準備さえしっかりしとけばなんとか……なる……だろう。でも、パーティーって……)

「え、あのそれって踊ったりするんですか……?」

「当たり前だろう」

応えたのは騎士だった。

(あんたには聞いてない!)

「まさかダンスの一つもできないのか」

「はあ?私の世界ではダンスなんてごく一部の人たちしかやらないから!」

「あら、そうなんですか?この国では小さい頃から誰もがダンスの指導は受けるものなのですが……」

バカにしたような言葉に言い返すと、ヒトミさんが頬に手を当て、困ったとでも言いたげに首を傾げる。

(いや、困ってるのは私だから)

「まあ、パーティーはつい先日あったばかりだからな。当分の間はないだろう。その間に練習でもしておけ」

フォローしているのか、こちらの神経を逆なでしたいのか、明らかに後者のような気がするのは私の勘違いではないはずだ。

「チアキ、あなたはまたそんな言い方をして!…………そう。なら、あなたがゆき様の練習に付き合ってくれるのよね」

「「はあ!」」

思わず声が重なる。

ヒトミさんは騎士をたしなめたかと思えば、それはそれは良い笑顔でそんなことを宣う。

「あ、あの!私はヒトミさんに教えて頂きたいのですが……!」

「もちろん私もお手伝いします。実際に相手と踊るのが上達のコツですが、私では男性のようにリードすることはできませんので」

優しく言い聞かせるように話すヒトミさん。

「俺に相手役をしろ、と」

「ええ。やってくれますね」

「……」

「チアキ」

「……はい」

折れたのは騎士だった。

やはり、力関係的にはヒトミさんの方が圧倒的に上のようだ。

「では、決まりですね」

「え」

思わず声が出たが、ヒトミさんの笑顔に押し切られた私は何も言えずただ頷くに終わった。

(私の意思は……)



一見優しく穏やかなお姉様が一番強いのだと思い知った。





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