闇夜の邂逅
以前、ちょっと書いて見た作品に手を加えて掲載して見る事にしました。これをきっかけに、Aerial Wing -ある暗殺者の物語-の読者もふえてくれたらうれしいなーなんて、思ってたりします。どうかよろしくお願いします(´・ω・`)ノシ
時は動乱の世。
今宵は新月にして、星の光すら雲に隠れた漆黒の闇夜。
常人では灯り無しでは歩く事もままならぬ暗闇を駆け抜ける影。影。影。
彼らは壁を乗り越え、町の屋根の上を疾走し、音も立てずに暗闇を駆け抜けていた。
彼らが目指すは大名屋敷の宝物庫。彼らは巷を騒がす盗賊団、『朧』。元々は、ある大名お抱えの忍者集団であったが、戦に敗れ仕えた大名家は滅び、盗賊団となった。そして彼らが狙う大名屋敷こそ、彼らの君主を打ち滅ぼした悪徳大名であった。
彼らは堀を渡り、塀を乗り越え、まんまと屋敷へと潜入し、辺りを警戒しつつ、物陰に潜みながら進む。そして彼らが大名屋敷の中庭へと忍びこんだその時だった。
「…………っ!」
先頭を進んでいた男が、人の気配を察知し、手で合図する。
すると、後方でうごめく影達がぴたりと制止した。一体、彼の後ろに何人の人間が潜んでいるのだろうか。常人では見つけられないほど、彼らは完璧に闇に紛れていた。
「交代の時間だ。何か異常は無かったか?」
「特には何もないな。静かなもんだったよ。虫の鳴き声すら今夜は聞こえない。ちょっと不気味なほどにな」
覆面から覗く鋭い目が、二人の侍を見据え、再び手で合図を送る。指を二本立て、その後手招きすると、二つの影が闇から姿を現す。そして一言も声を出さぬまま、侍達を指差した。
すると影達はそれぞれ二手に分かれ、彼らの背後へと忍び寄る。
一人は屋根伝いに。もう一人は庭の物影から。そしてほぼ同時に、雑談を楽しむ侍達を、背後から襲った。後頭部を殴打し、そのまま首を締め上げ反撃を許さずに失神させ、後ろ手に縄で縛り上げる。そして哀れな侍達を、縁の下へと隠した。
安全を確認した所で、再び彼らは動き出す。中庭を進み、屋敷の奥へ奥へと……。
途中、見張りを何人か倒し、まんまと彼らは宝物庫へと辿りつき、施錠された扉をいとも簡単に開けて見せた。そして宝物庫の中を確認し、先頭を進んでいた男が覆面を外し、その口角を釣りあがらせた邪な笑みを浮かべながら、他の影達に静かに命じた。
「奪え。一つ残らず、全てを!」
集結する影達。その数、三十人!
次々と運び出される宝の数々。進入を許して数刻もしないうちに、宝物庫は空にされた。
「よし、それじゃあ手筈通りに行くぞ。零、蘭華、焔は俺と来い。他の者はブツを第三層庫へ隠せ。四日かけてアジトへと少しずつ運び出せ。……散開!」
男の合図と共に、影達は一斉に動き出し、残った三人もまた、男と共に動き出した。
男は金銭の沢山詰まったつづら箱を抱え、なんと堂々と見張りの侍の目の前を横切ってみせた。そしてそんな男の姿を見た侍は……。
「──く、曲者だぁぁぁぁぁぁ!!! 皆の物、であえ! であえぇぇぇぇ!!!」
当然の如く、喉が張り裂けんばかりに叫び声を上げた。闇夜に響く怒号。侍達は飛び起き、一斉に侵入者を追う。
「……あーあ、また貧乏くじだ」
影の一人が、さもつまらなそうに呟いた。
「ははは、そう言うな、零。俺はお前を買ってるんだ。お前は俺の優秀な右腕だよ。お前がもう少し早く生まれ、その才能が開花していたなら、あの戦だって負けて無かったかもしれない。っとと、正面に敵だ。零、後輩達にお手並みを見せてやってくれ」
先頭を走っていた男が、零と呼ばれた影に指示を出すと、彼はため息交じりに大きく跳躍する。
「──御意」
零が跳躍したその先。馬小屋へと向かっていた大柄の侍が零の殺気に気が付き、上空から迫る零の姿を、その両目に捉えていた。
「なっ!?」
刀を抜かせる暇も与えずに零はその頭を踏みつけ、そのまま再び跳躍し、屋根へと戻った。
「うわぁ、アレ絶対死にましたよね?」
「さすが零さん。鬼畜っすね」
「褒め言葉として受け取っておく。行くぞひよっこ共。頭につづけ」
走り去っていく影達。地面に顔面から突っ伏した哀れな侍は、ビクンビクンと、その場で痙攣していた。
「なっ!? 勝成! おい勝成無事か!? しっかりせぬか! おい!」
仲間の侍が、彼に書け寄り、体を揺さぶる。
「……れ」
「おお、生きておったか勝成! どうだ、立てるか? 待っていろ、今医者を!」
「おのれ賊がぁぁぁぁぁぁぁ! 許さん、許さんぞぉぉぉぉ! 例え地の果て地獄の果て、どこまでもこの勝成が追いかけ成敗してくれる!!! むぁぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!」
立ち上がった。哀れだった侍は怒号と共に立ち上がり、一目散に馬小屋へと走り、彼の愛馬へと跨った。
「ゆけぇい士留刃唖! 今こそ貴様に流れる血潮の真価を見せてみよ! 西洋一と謳われた父馬の力、この勝成に見せてみよ! はいやぁ! 士留刃唖!」
「馬!? 待て勝成! こんな闇夜に灯りも持たずに馬など!」
駆ける士留刃唖。確かに侍の言うとおり、目を見張るその速さで、駿馬は駆けてゆく。
「ぬははははははは! 賊よ、この勝成から逃げきれるとおもぶへっ!?」
「勝成っ!?」
今宵は新月。星の光も雲に隠れた漆黒の闇夜。その漆黒は勝成の目を暗まし、屋敷の門の梁を勝成から隠したのだ。結果、勝成は顔面を梁に激突させたのだ。
「お、おのれぇ! なんだ今のは! 賊の罠か!? なんと小癪な! だがその程度でへこたれる拙者ではぬぁぁぁぁぁぁぁい! 武士の意地、とくと見よぉぉぉぉぉぉぉ!」
怒りのあまり痛みを忘れているのだろうか? そもそもあの侍がおかしな体をしているのか。 彼は額にこぶを作りながら、愛馬を駆って闇夜へ消えてゆく。その後姿を、仲間の侍は見つめ、ポツリと呟いた。
「やっぱあいつ馬鹿だわ」
「待て待て待てぇぇぇい! 御用改めだぁぁぁぁぁぁ!」
「……ああ? なんだあれ、さっきの侍か?」
最後尾を走っていた焔が、勝成の存在に気が付いた。
「へ? あれで死ななかったの!? 嘘でしょ!?」
蘭華が勝成の姿を見据え、目を丸くした。常人なら首の骨を砕かれて絶命して当然の一撃だったはずだ。なのに彼は、生きている。それどころか、元気に馬に跨り、こちらを追ってきている。驚愕せずにはいられなかった。
「厄介だね。蘭華と焔には荷が重そうだ。零、殿頼むよ」
「はぁ? また俺かよ。頭が行った方が確実なんじゃないですか?」
「仕留め損ねたお前の責任だよ。それに、お前なら適当に時間稼いだら、上手く逃げられるだろう? 例の場所で落ち合おう」
零は軽く舌打ちし、ため息交じりに頭と呼ばれた男を睨み付ける。
「……報酬割り増しにしてくれよな?」
「はいはい、わかってるよ。じゃ、よろしくたのむよ」
零は、地上へと降り、曲がり角で身を潜め、懐から手裏剣を構えた。
後数秒もすれば、馬に乗った侍が、彼の降り立った通りへとやってくるだろう。まずはその馬を潰す。そうすれば侍はそう簡単に追って来れないと、そう考えたのだ。そして馬の足の速さを逆算し、物影から飛び出した。だが……。
「───っ!? 居ない!?」
居なかった。 馬上には誰も乗っていなかったのだ。零が困惑したその刹那!
「ちぃえすとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
「なっ!?」
背後から聞こえた奇声に、思わず腰の小太刀を引き抜き、振り下ろされた刃を受け止めた。
辺りに甲高い金属音が響き渡り、ぶつかり合った刃が火花を散らせた。
「……へっ。背後から襲い掛かるたぁ、立派な侍も居たもんだな」
「それはお互い様であろう! 見よ! 拙者のこの頭を! 貴様であろう!? 拙者の頭を踏んで逃げ仰せた不届き者は! 武士の頭を足蹴にするなど、万死に値する! そこに直れ!!!」
見れば、勝成のその暑苦しい顔から頭頂部にかけて、くっきりと足跡と思しき発赤が痛々しく残っていた。
「……確かに俺だな、うん。でも踏んで逃げたんじゃなくて、俺は蹴りを入れたつもりだったんだがな。普通の人間なら死んでておかしくないはずなんだが?」
「それは残念だったなぁ賊よ。拙者、そこらの侍の倍は鍛えている。この首、簡単に取れると思うな! そんな事もあろうかと、毎晩毎晩、首の筋肉の鍛錬も欠かさずこなしてきたのだ!」
「いや、それどういう未来予測だよ。あまりにも衝撃的で恐れ入っちまったよ」
「ふっ! おかげで見よ! 馬上から落ちてもこの通りピンピンしておるわ!」
「落ちたのかよ。虚を突いたとかじゃなくて落馬したのかよ。さては馬鹿だろテメェ」
「馬鹿だと!? 武士に向かって馬鹿と申したか! この無礼者め! このまま貴様を両断し、その首を川原に晒してやるわ! ぬぉおおおおおお!」
勝成はぐっと刀に体重を篭め、零を叩き切ろうと力むが、零はそんな事をされてはたまったもんじゃないと、刃を逸らしてその力を受け流す事で、侍の脇をすり抜け、その背中に刃を突きたてようとする。だが!
「なんのぉ!!!」
勝成は180度体を旋回させ、その勢いのまま、横薙ぎの一閃を放ち、零は堪らずその刃を小太刀で受け止めていた。
零の覆面の下を、冷汗が一筋流れた。今、零は勝利を確信していた。だが勝成は自分を胴から両断せんと、その刃を閃かせたのだ。彼は確信した。この男は強い。馬鹿だが、今まで刃を交えた誰よりも、強い! っと。そして勝成もまた、全く同じような事を考えていたのだ。
「防ぐ、か。お主、名はなんと申す」
「……俺は盗賊だ。名乗るわけ無いだろ馬鹿侍」
「貴様っ! 一瞬、コイツ出来る! と思った拙者が馬鹿であった!!! ぬりゃあ!!!」
斜めに振り下ろされる刃。それを受け止め、再び受け流し、すり抜ける零。
だが、零はそれ以上深追いせず、背後へと跳躍し、腰を深く落した。そして眼前に刃を逆手で真一文字に構え、その眼光は殺気に満ち溢れ、先ほどまでの気だるさのような物は一切感じ取れなかった。
勝成は悟っていた。彼が本気になったと。そして自分もまた、神経を研ぎ澄まし、全てを出しきらねば、ここで死ぬと。しかし、彼に芽生えた感情は、恐怖などでは無く、昂りであった。
「我が名は馬場鹿之助勝成! 賊よ、もはや名乗れとは言わぬ! いざ、尋常に勝負! ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
下段に刀を構え、下から斬りあげんと迫る勝成の視界から、零が消えた。
「───なっ!?」
彼は、跳んでいた。人とは思えぬその跳躍力で、勝成の頭を飛び越すほど跳躍し、まるで空中で倒立するような姿勢のまま、勝成の喉元へと刃を迫らせたのだ。
だが、次に驚愕するのは零の番であった。
勝成は膝を折り、上体を反らし、走ってきたその勢いでずざぁっと地面を滑りながら、その死神のごとく一撃から逃れたのだ。
「おのれぇ! 軽業師か貴様!」
すぐさま立ち上がった勝成は、正面に刀を構えて、零を見据える。心臓の鼓動が早鐘を打つ。今、一瞬でも判断が遅れていたならば、自分の首は搔っ切られ、血溜まりに沈んで居ただろう。──怖い? いいや、愉しい!
「……そっくりそのまま返すよ。この技で仕留められなかったのはお前が初めてだよ。えっと、馬鹿勝成?」
「その名で呼ぶなぁ! ちぃえすとぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
繰り出される連撃。鬼気迫る勢いで振り下ろされる刃の嵐。その尽くに零は刃を合わせ、防いでみせた。そして零もまた刃を閃かせ、変則的な太刀筋で、勝成の急所を狙う。だが勝成は、その太刀筋をその鋭い眼光で見切り、両者の間には、数秒、数十秒という間に、何十もの火花を咲かせた。
誰の目に映るわけでもなく、静まり返った街に、刃のぶつかる剣戟だけが響いてゆく。
しかしそこには確かに、存在していた。後に達人として歴史に名を刻む二人の、最初の命のやり取りがあったのだ。
互いに距離をとり、互いに深く腰を落し、勝成は剣を鞘に収め、ぐっと構える居合いの姿勢。
零は、逆手に刃を構えつつ、その背に刃を隠し、殺気に満ちた目で勝成を睨み付けた。
両者の緊張が、更に張り詰め、辺りに風が吹き荒れる。
ほぼ無音。静寂に包まれる世界。唯一聞こえるのは、その風の音だけだった。
そして風が凪いだ、その刹那。互いが同時に踏み出し、その距離がゼロとなる!
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
勝成が繰り出した、真上への抜刀術。対する零の、勝成の首を刈り取らんと繰り出された神速の一閃。互いの刃は、勝成の首の皮に、薄く赤い一筋の傷を作り、零の覆面を裂き、頬に真っ直ぐ縦の薄い傷を走らせた。
互いに背中合わせ。
微動だにしない彼らの口角が、同時にニヤリと吊りあがった瞬間だった。
「ぬぇぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいい!」「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
再び、彼らは地上に剣戟の花火を咲かせた。
「くっ! やりおる! はぁはぁ。この勝成、こんなに強いと思った相手ははじめてよ! やはり名乗らぬか、賊よ! はぁはぁ……」
「はぁはぁ。もう、好きに呼んだらいいだろ? あって無い様な名だ。姓も無い」
渾身の一撃から、どれだけ時間がたっただろうか。いや、時間にして数秒だったかもしれない。
呼吸も忘れ、互いに必殺の一撃を放ちつつも、その力は拮抗し、両者共にかすり傷程度の傷しか作れずに居た。
「よいよい、申してみよ。はぁはぁ」
「……酔狂な侍だな。ゼェゼェ……零だ」
「くっ! ふははははははは! 言いえて妙! 成るほど。零! 確かにソレは無い。まさに『無』! 零とな! ……さて、零。次はどうする? その左手の拳に握った煙玉で逃げおおせるか? それとも今宵、此処で決着をつけるか?」
「……ちっ。目敏い野郎だな」
その時だった。三発の炸裂音が夜の街に響き、そしてまったく別の方向から、甲高い警笛の音が響く。
「追手か。……殿の役目は十分果たした。帰る」
零はため息と共に、小太刀を鞘へと収めた。そして勝成もまた、その刀を鞘へと納めるのだった。
「ふっ。そうか……。使わないのか? ソレを」
零は、掌に握った煙玉を懐に仕舞い、屋根へと跳躍した。
「あんた、いい目をしてるからな。唐辛子がたっぷり含まれた煙玉で潰すのは忍びない」
彼の言葉に、勝成は目を見張り、そしてさも愉しげにクスリと笑った。
「フッ。貴様も酔狂なやつよ。零、この決着はいずれ必ず着けるぞ。また逢おう。愉しかったぞ」
「……ばーか。出来ることならこっちは遭いたくねぇよ。じゃあな、馬場鹿之助勝成。……馬鹿勝成」
こうして、今後幾度と無く会い見え、刃を交すことになる彼らの邂逅は、ここに幕を閉じた。
人々はやがて知る事になる。
常勝不敗の大剣業と神出鬼没の大泥棒の、決着の着かない決闘の物語を。