3.包囲
「リンは下がって! ガイ、右方向からの敵に注意してくれ!!」
「分かりました!!」
「おうよ!」
俺の指示を聞いて、彼らは素早く行動に移る。
リンは後方に移動し、クレイスから治癒魔法を受けていた。対してガイは、俺が魔法を放つまでの間の時間稼ぎをしてくれている。
今回のターゲットは一つ目の鬼――キュクロープス。
手には自前の、岩で作った斧を持つ。ドラゴンに並ぶ、Aランクの魔物だった。
数は三体――ガイが注意を引き付けてくれているのが、そのうち二体。
俺は手傷を負ったキュクロープスに注意を払いながら、範囲魔法を使用した。
「ガイ、ありがとう――下がって!」
「了解!!」
ほんの数秒ではあるが、Aランク二体を相手にした彼は呼吸を乱している。
その姿に感謝しながらも、俺は意識を集中させた。そして――。
「――【グラビディ・オリジン】!!」
重力魔法――自然の持つ引力を数千倍に引き上げるそれを放つ。
キュクロープスを取り囲むように展開された魔方陣。淡い青色をしたそれの中に標的が入った直後――ズン、と。その一部分の空気の質が変化した。
そして、屈強な肉体を持つ鬼は断末魔を上げる。
骨のひしゃげる音が、生々しくダンジョン内に響き渡った。
キュクロープスは塵となって消え去り、残るのはその大きな手にあった斧のみ。
「ひゅう! いつ見ても、恐ろしい威力だな!」
一番後ろでその様子を見ていたクレイスは、口笛を鳴らしながらそう言った。
「原初魔法ってのは、やっぱり凄いな。こんなの、どうやったら独学なんかで覚えられるんだよ――エレンには謎が多いな……」
「そんな大したことじゃないって。さて、そろそろ街に戻ろうか」
「お疲れ様です! 皆さん!!」
俺がクレイスに苦笑いをしながら答えると、合わせてリンが笑顔を浮かべる。
今日も一つ仕事を終えることが出来た。昨晩、エルがきた時はなにか起こるのではないかとも思ったが、どうやら杞憂だったらしい。
きっと彼女も諦めて帰ったのだろう。そう思うことにした。
「そういえば、さっき下がった時に気になったんですけど……」
考えていると、リンが唐突にそう口を開く。
俺たちは彼に視線を向け、首を傾げた。すると少年は自信なさ気にこう言う。
「ボクたち、誰かに見張られていたような……そんな感じがしたんです」
「見張られていた、だぁ?」
その言葉に反応したのはガイ。
彼は剣を仕舞いながら、こう続けた。
「そんなことして、いったい誰が得するんだ?」
「そう、ですよね。だから変だなって……」
指摘に対して、少し困ったような表情のリン。
しかし俺にはその気付きが、大きなモノであるように思われた。
「いいや。リンの勘は鋭いから、あながち無視できるモノじゃないと思う」
「たしかに。リンの直感で避けた危機もあったな」
こちらの言葉に、クレイスも同意する。
このパーティーにおいてリンのもつ役割は索敵の他、危機察知にある。
戦闘能力については少し頼りないモノの、俺はその点について彼の能力を高く評価していた。そんなわけだから、今回の報告も無視はできない。
「リン、今はどうなんだ?」
「それがですね。今も――」
そう思っていた瞬間だった。
「――っ! 危ない!!」
少年に向かって、一本の矢が飛来したのは。
俺は瞬時に反応して、杖をもってしてそれを叩き落とした。
「……誰だ!」
カランと転がる矢から、それが放たれた方向へと視線を向ける。
薄暗い闇の広がるそこには、なんの気配も感じられない。
しかし、こんな声が聞こえた。
「さすがは、あの方が目をかけるだけのことはある……」
それは、女のそれ。
俺たちは緊張感を高めて、周囲を警戒した。
するとその直後に、今まで息を潜めていた気配が姿を現す。
「……取り囲まれていた、か」
それは、円を描くようにして俺たちを取り囲んでいた。
ガイもそれに気付いたのだろう。そう漏らした。
「目的は、なんだ……!」
俺はそう声を上げる。
すると、その声の主はこう告げる。それは――。
「私たちは、エレン――お前を手に入れる」
――ある意味で、宣戦布告に近いものであった。
「それ以外の者は必要ない――ここで抹殺する」