2.ファーシード
三人と別れて、住まいであるボロ屋に帰る。
夜風に吹かれているうちに、酔いはすっかりと醒めていた。
さてさて。そんな感じで寝床までやってきた時、気付くことがある。
「ん、家の前に誰かがいるな……」
それは、人気のない殺風景な場所にポツンとたたずむ一つの人影だった。
女性のものと思しきそれであったが、深くフードを被っているため、その顔をうかがい知ることは出来ない。しかし、その人はこちらに気付くとゆっくりと歩み寄ってきた。そしてそれは次第に速度を増して、最後には駆けるようなそれになる。
「……って、アレは!?」
そうやって、距離が近付き。
風が吹いてフードが外れた時になってようやく、俺はあることに気付いた。
女性の髪の色は鮮やかな赤色。瞳の色は金色。顔立ちは整っており、凛とした、まるで騎士のそれのようなモノであった。
見目麗しきその人。
しかし、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまうのであった。何故なら――。
「エル……お前、どうしてここに!」
――その人のことを、良く知っていたから。
エル・グラニアドル。彼女は、俺の幼馴染みであり――。
「ようやく、見つけましたよ! エレン・ファーシード様!」
――『元』従者であった。
◆◇◆
「それでお前――エルがこの街にいるんだよ」
「それは、こちらがお聞きしたいです。エレン様こそ、ご実家を飛び出して三年……このような辺境の街で何をなさっているのですか?」
「なにって、冒険者だけど?」
「………………」
狭い家の中。
それこそ足がぶつかりそうな距離で、俺たちは向かい合っていた。
エルはこちらの回答に、どこか呆れたような表情を浮かべる。そして一つ、大きなため息をつくのであった。彼女はこっちをまっすぐ見て、言う。
「エレン様? 大賢者――タクヤ・ファーシード様の孫である貴方は、このような場所にいるべき人ではないのです」――と。
俺のひた隠しにしてきたこと。
それを、当然の事実として口にした。
そう――俺は人々が大賢者と呼ぶ、その人の孫だ。
世界を救った大英雄であり、世界最高の識者。神から授けられた原初魔法を操り、さらにはその卓越した剣術によって魔王を打倒した勇者。
その人の血を引くのが俺こと、エレン・ファーシードだった。
「なに言ってんだ。どこにいようと、俺の勝手だろ?」
しかし、俺はそんな事実は知らないと。
そういった風にベッドに寝転がりながら、エルにそう答えた。
すると彼女はムッとした声になり、正座をしたまま語気を強めて話し始める。
「そのような勝手は許されません。貴方には力がある。それを世界のために還元しなければ――それに、新たな魔王が出現した今! 世界は貴方を求めている!」
口調はだんだんと勢いを増していった。
まるで、自分の語ることには大義名分があるかのように。
だがしかし、俺はゴロンと寝返りを打ちながらヒラヒラと手を振った。
「あっそ。でも俺は、関係ないから」
そして、言う。
魔王だろうが何だろうが、自分には関係ない、と。
長々と感情的に喋っているエルとは、まるで正反対に。
「な――関係ないなんて! エレン様には、自覚がないのですか!」
そうすると、元従者は昂った感情そのままにこう言うのだった。
「貴方は……『そのためだけに生まれた』のに!!」――と。
その言葉に、俺は過去を思い出す。
『魔王を封じるためだけの、都合の良い道具』
『化物が、人間らしい言葉を吐くなんて……』
それらは、実際に俺が周囲から向けられた悪意だった。
「おい。いま、なんて言った……エル」
「………………っ!」
ほんの少し怒りを向けると、彼女は言いよどんだ。
俺は昔から、かの『救世の大賢者の孫』や『人間の形を模した兵器』として扱われてきた。俺は俺だというのに、周囲はいらない特別扱いをしてくるのだ。俺の思いを無視して。――それが辛くて、苦しくて仕方なかった。
そして、今みたいに。
まるでそうするのが当たり前かのように、役割を押し付けてくる。
だから、俺は実家を飛び出してこの街にやってきた。
自分を知らない、冒険者の街であるこの地ならきっと――そう。静かに、誰の干渉も受けず、自由に暮らすことが出来ると思ったから。
「こうなったら、力づくで……っ!」
沈黙の中。
先に口を開いたのはエルだった。
彼女は立ち上がると強引に俺の腕を掴んだ。しかし――。
「きゃっ……!」
――気付けば、俺がエルのことを組み伏せていた。
「百戦百勝――エルが俺に勝てたことがないの、忘れたのか?」
「くっ…………!」
俺とエルは、先にも言ったように幼馴染みでもある。
幼少期は彼女に喧嘩をふっかけられて、適当に相手をしたことが何度もあった。今回もその延長線――下らない喧嘩の、その続きである。
だから、俺は彼女を拘束したまま雑に外に放り出した。
そしてこう宣言する。
「いいか? 俺はこの街で静かに暮らすんだ。絶対に実家には帰らないし、魔王討伐だなんて行かないからな! 分かったなら、さっさと帰れ!!」
立てつけの悪いドアを、力いっぱいに閉じた。
その前にエルは何かを言っていたように思えたが、無視すればいいだろう。
俺はこの街で自由気ままに暮らすのだから。
大あくびを一つ。やる気なく、再びベッドに横になるのであった。
もしよろしければ、ブクマ。
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