1.酒場での出来事
冒険者の街――リリディア。
その大通りにある酒場には、今日も一仕事を終えた大勢の冒険者が訪れていた。
日も沈み切っていないこの時間帯でも、すでに出来上がっている者も多く、賑やかな声が響いている。その喧騒から少し離れるようにして、俺たちは隅の席に座っていた。
「エレン、お前は本当にすごい奴だよ。それに比べたら、オレらなんて……」
「もう、飲み過ぎですよ。ガイさん?」
目の前には、今日の報酬金で頼んだ豪勢な食事が並んでいる。
大きなステーキに、サラダ、そしてスープ。そんな中でもガイはすでに深酒をして、泣き上戸になっていた。リンに水を飲まされている姿を見て俺は笑う。
「しかし本当に強いよな、エレンは。魔法もそうだが、近接戦でもドラゴンを狩れるんじゃないか? 前にデイモンをリンの短剣で倒しただろ」
「いや、あれは偶々だよ。デイモンが弱い個体だったんだ」
「それでも、オレは苦戦したのによぉ……」
「ガイは少し休んでたら?」
クレイスの言葉に返すと、号泣しながらそう言うガイ。
そんな彼に冷静なツッコみを入れ、俺はもう一口酒を喉に流し込んだ。
「おやおや。ガイの坊主は、今日もダウンかい?」
「あぁ、クリスさん。水のおかわりいいです?」
さて。そんな会話をしていると、やってきたのは一人の女性。
この酒場の店主だった。
「はいよ。とりあえず、キンッキンに冷えたの持ってくる!」
桃色の髪をした彼女は、店の奥へと下がっていく。
踊り狂う冒険者の間を縫うように歩くさまは、なんとも器用だった。
そんな彼女を見送ってから再度、話題をもとに戻すことにする。――さてさて。途中でガイが酔っぱらったので、どこまで話していただろうか。
「何の話をしていたっけ――あぁ、そうだ。クレイス、あの伝説の大賢者がどうの、って言ってなかったか?」
「ん。そうだな、そうだった」
記憶を手繰り寄せ、俺はそう言った。
するとクレイスも酒を飲みながら、思い出したように話し始める。
「自分が思うに、エレンの強さはあの大賢者様に匹敵しているように思うんだ」
「えぇ……? それは言い過ぎだよ。そんなことないって」
しかし、それは思ってもみなかった内容であったので否定した。
すると次に口を開いたのはリン。
「言い過ぎじゃないと思いますよ? 原初魔法に、万能な戦闘能力――噂に聞く大賢者様にも引けを取らないと、ボクは考えてます」
「リンまで……。悪いけど、俺はそんな器じゃないよ」
彼はおぼろげな噂話を引き合いに出して、俺を持ち上げた。
でも、それだってあくまで噂だ。なので俺はまた、真っ向から否定する。
「そもそも、だ。あの大賢者様は――」
そして、思わず『事実』を口にしかけた。
その時だ。
「――きゃああああああああああっ!!」
酒場に、聞き覚えのある女性の悲鳴が響き渡ったのは。
何事かと、声のした方を見る。すると、
「やめてください! 衛兵を呼びますよ!?」
「良いじゃねぇか、ねぇちゃんよ。たまにはサービスしてくれたって……」
そこにあった光景は、一人の酒に酔った冒険者に絡まれる従業員の姿だった。
彼女は両手に皿を持ち抵抗できずに、不快感を露わにしている。
対して、冒険者はそれをいいことに手を伸ばしていた。
「おい、アレって……」
「【漆黒の翼】の冒険者、ですね」
その様子を一緒に見ていたリンとクレイスは、口をそろえて言う。
たしかに従業員に絡んでいるのは以前、俺にパーティーに入るよう言ってきた【漆黒の翼】の一員のようであった。俺はそのことを思い出し、思わず立ち上がる。
そして、揉める二人のもとへと歩み寄った。
「お、おい! エレン!」
クレイスはやめるように手を伸ばすが、それも届かない。
そうして俺は、女性とその冒険者の間に割ってはいるのであった。すると怪訝そうに眉をひそめるのは【漆黒の翼】の男性。
彼は強面な顔に、不快な色をいっぱいに浮かべて言った。
「あぁん? てめぇは……」
そして、思い出したらしくこう続ける。
「なんだァ! うちの誘いを断った腰抜けじゃねぇか!」――と。
赤ら顔に今度は愉快そうに笑みを浮かべ、笑うのであった。
俺はそれを見ながら、女性に下がるよう指示を出す。彼女が下がったのを確認してから、笑い続ける男にこう話しかけるのであった。
「あぁ、そうだな。でもお前なんかがいるパーティーに入らなくて良かった、と。心からそう思うぜ」――と。
それは、誰がどう聞いても挑発。
しかし俺の狙いは、間違いなくそこにあった。
相手から手を出してくれれば、正当防衛が成立するからだ。
「んだと、この野郎!?」
案の定、男は血走った目をして殴りかかってきた。
ここまでくれば大丈夫だろう。俺はその攻撃をさらりとかわして――一撃。
「酔っ払いは、静かに寝てろって……の!」
「がはっ!?」
顔面に、渾身の拳を叩き込んだ。
するとそう短い声を上げて、崩れ落ちる男。
酒場はその一連の流れを目の当たりにして、沈黙した。信じられないモノを見たと、そう言いたげな空気に包まれる。――少し、やり過ぎたか?
そう考えた俺は、こう口にするのだった。
「さすがの【漆黒の翼】といえど、酔ってちゃ形無しだな」――と。
あくまで、この勝利が偶然によるものだというように。
自分の仲間のもとへと歩きながら、周囲の視線を受け流した。
「さぁ、飲み直そうか」
そして、席に着いてから。
俺はリンとクレイスにそう言うのであった。
次回の更新は明日の昼ごろ。
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