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32.嫌な提案


 俺は目の前にいる生え際の後退した男を、首を傾げて見つめた。


「確か……田中さん?」

「黄瀬ですよ。い、いやだな。もう忘れてしまったんですか」

「じょ、冗談だ。覚えていたとも」


 やべぇ、普通に忘れてた。

 でも、あんなことがあったんだから仕方ない。

 なんか最近死ぬような目に遭ってばかりだけど、今回のは今までの中でもダントツだった。ルージュでも歯が立たないなんて、想像もしてなかったことだ。


 それにしても、一体何の用だっていうんだろ。

 さっきまで逃げてたくせに。

 こいつらとはできるだけ関わり合いになりたくない。


「いやぁ、先程の戦いもお見事でしたよ。あんな怪物相手に戦っていたんですから」

「いや、どう見たって女神様が来なきゃ俺たちは死んでただろ……」


 女神様という言葉に黄瀬が首を傾げた。

 俺は突如現れたスーツ姿の美しい女性こそが、俺たちにスマツを与えてくれた女神様なのだと説明する。

 黄瀬も女神様がモノポールを圧倒しているところを遠くから見ていたらしく、その女性が女神様だという事はすぐに信じてくれた。

 しかしそれでも黄瀬は、大げさに首を横に振って見せた。


「いやいやいや、私たちにはあなたの動きも目に追えませんでした。実に素晴らしかった」


 褒められるのは嫌いじゃないけど、これはアレだ。褒めてるんじゃなくておだててるんだ。


「ふははははは! マスターは剣術の使い手なのだ!」


 俺たちの会話にルージュが高笑いしながら入ってきた。

 ちっ、黙って引っ込んでろよ。

 ていうか、何でお前が威張ってるんだ? 今回役に立たなかっただろうが。


「ええ、ええ、あの長い刀を振るっている姿はまるで佐々木小次郎のようでした」

「ふふん、そうだろう」


 いや、お前ら小次郎なんて見たことないだろ。

 それにおだてられているのは俺だが、なぜか見事にルージュがそれに乗っかってしまっている。

 ああ、なんだろ。もう嫌な予感しかしないな。

 そしてそう思ったのは俺だけじゃなかったらしい。

 俺の横に並ぶように、春川さんも出てきた。

 春川さんの表情は厳しい。どうやら俺と同じように、この黄瀬達を訝しんでいるようだ。


「それで、私たちに一体どういった要件なんでしょうか?」


 春川さんが少し厳しい口調で言うと、黄瀬はそれまでの胡散臭い笑顔を収め、下唇を軽く舐めてから真面目な調子で口を開いた。


「ええ、実はあなたたちの強さを見込んでお願いがあります。どうか我々を御同行させていただけないでしょうか」


 ああ、うん。だいたいそんな事だろうと思ったよ。

 だが断る! とまでは言えないが、ここははっきり断っておこう。

 こんなおっさんたちを連れて行っても足手まといにしかならないし、それにこいつら、絶対なんか企んでる。


「ああ、その、悪いが……」

「ええ、ええ、私たちが足手まといになるのは重々承知しています。ですが、ここは一つ、人助けだと思ってお願いできませんか? 先程あの化物に殺されてしまった若い男ですが、彼が我々の中では一番腕が立ったのです。その彼が死んでしまっては、これから我々はどうすればいいのか……」


 ぬぅ、俺が断り切る前に無理矢理話をねじ込んできやがった。

 だけど駄目だ。ここで頷くわけにはいかない。

 春川さんを見ると、彼女も目で「NO」と言っている。


「あ~、まぁ、それは残念に思うが……」

「ふははははは、良いだろう。この騎士である私、ルージュが貴殿たちを守ってやろう」


 俺と春川さんが咄嗟にルージュを振り返った。

 このポンコツ、また余計なこと言いやがって……!


「ちょ、ちょっと待ってくれ、一度こいつと話し合いたいし、他の仲間たちとも話し合う必要がある」


 俺は何とかそう言ったが、他の仲間ってレンと(どこかに逃げた)楓子ちゃんの二人だけだ。子供ばっかじゃねぇか。

 とりあえず俺はルージュを連れて少し離れた場所に移動した。


「お前はいっつもいっつも余計な事ばっかりしやがって!」

「な、何のことですか、マスター? 困っている人がいたら助けるのが騎士として当然のつと……」

「うっさい、ポンコツ騎士! あんな見るからに胡散臭い連中を助けるとか、馬鹿か! どう見たってよからぬことを考えてる連中だろ!」

「そんな、マスター。人を見た目で判断しては……」

「いいか、ルージュ。命令だ。お前は一切余計なことを言うな」

「そ、そんなぁ……」


 俺はルージュを連れて再び黄瀬の前に戻った。

 いつの間にやら、他の三人も集まっている。


「ふーん、おじさんたちこまってるんだね」


 黄瀬達が何やらレンに話し掛けている。

 あ、凄く嫌な予感がしてきた。


「そちらのお話し合いは済みましたか? ところで、他の仲間というのは、こちらのレン君ですかな?」

「ああ、そうだが……」


 恐る恐るレンを振り返ると……なんかとっても良い笑顔をしていらっしゃる。


「イクト、おじさんたちこまってるなら、たすけてあげよ」


 畜生! そうきたか!

 ぐ、そんなキラキラした目で言われたら、駄目とは言いにくいじゃないか。

 いや、だが駄目だ。こんな見るからに厄介ごとを抱え込むわけにはいかない。


「ダメなの?」

「……だ、駄目じゃないとも」

「おお、本当ですか! いやぁ、助かりました!」


 春川さんが俺のことを、目を見開いて凝視している。

 やめてくれ。そんな目で見ないでくれ。俺だって本当は断りたかったんだ。


 男たちが嬉しそうに笑っているが、どうも俺には厭らしい笑みに見えて仕方ない。

 だが、いいと言ってしまった以上はしょうがないだろう。今更やっぱなしとは言い辛いし。

 無論俺の考え過ぎという事だって考えられるが、警戒は怠れないだろうな。

 まぁ、半分くらい俺の責任だとは思うが……いや、これは余計なことを言ったルージュのせいだ。すんなり断れてれば、こんなことにはならなかったんだ。


 俺はルージュを睨みつけるが、ルージュは「さすがマスター、やっぱり困っている人は放っておけなかったんですね」などとほざいている。

 ……なんかあったらお前のせいだからな。

 

 俺がルージュを睨んでいると、春川さんが俺の腕を掴んで少し離れたところへと連れて行った。


「八雲さん、良かったんですか?」

「しょうがないだろ。レンを上手い具合に利用されちまったし……」


 春川さんはまだ何か言いたそうに俺を見ている。

 勘弁してくれ。

 今はもうどうにもできないだろ。


 俺たちがこそこそと話していると、そこにもう一人の人間が加わってきた。

 今までどこかに姿をくらましていた楓子ちゃんだ。


「お、お兄さんたち、大丈夫?」


 楓子ちゃんはおどおどした様子で、俺たちを伏し目がちに見詰めている。

 まぁ、後ろめたいんだろう。俺たちを置いて逃げたわけだし。それこそ楓子ちゃんを置いて逃げた黄瀬達みたいに。

 俺も楓子ちゃんに思わないことが無いわけじゃないけど、とりあえずのところは何でもない風に彼女を迎えることにする。

 もともと楓子ちゃんに戦力は期待してたわけじゃないし。


「ああ、問題ない。いや、死ぬかとは思ったけど」


 楓子ちゃんは目を泳がせつつ、恐る恐る俺を見つめてきた。

 何かまだ言いたいことがありそうだが、その前に俺たちの後ろの方にいる黄瀬達に気付いたらしく、表情が変わった。

 一言で言って、青い。


「なんであいつらまだいるの?」


 逃げたのに、と言いたいなら君もなんだが。というのはとりあえず言わないでおく。

 今はそれよりも、楓子ちゃんの表情が気になる。


「なぁ、あいつらと何があったんだ?」

「そ、それは……」


 なんだか答え辛そうだ。

 しかし、何とか口を開いてくれそうになったところで、楓子ちゃんに気付いた黄瀬達が近づいて来てしまった。


「おお、君も無事だったんだね」


 楓子ちゃんは黄瀬から隠れるように俺の後ろに隠れる。

 ああ、やっぱり厄介ごとを抱え込んじまったらしい。




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