30.鋼の竜・2
「マスター、やっぱりここはお任せしてよろしいでしょうか」
「いやいや、ルージュ。騎士なんだろ? 騎士はもっと前に出て戦わないと」
「八雲さん、ルージュさん見苦しいですよ……」
「カッコイイ〜」
俺たちが揉めていると、鋼の竜が一歩足を踏み出した。それだけで大地が揺れる。
「ナハハハ、心配しなくとも全員まとめて殺して差し上げますよ」
いやいやいや、アレはないって。
どこの放射能撒き散らす怪獣だよ。
いや、見た目メタリックだし、どちらかというとメカ怪獣の方だけど。
俺がそんなどうでもいいことを考えている間に、メカ怪獣、じゃなくてメタルドラゴンは俺たちに迫って来た。
だけどこんだけデカくなったんだ。
もしかしたら、あの見えなかった異常な動きの速さはマシになってるかもしれない。
「あ、今、『こいつ遅くなったんじゃないか』と思いましたね。ナハハハ、正解です」
「ひ、人の心読むんじゃねぇよ!」
しかし遅くなったのか。
なら俺たちの攻撃、特にルージュの素早さなら当てられるかもしれない。
「マスター、使うなと言われましたが、使います」
ルージュを見る。真剣な表情だ。
ルージュは真・聖破斬を使うつもりのようである。
あの公園の遊具だのを薙ぎ倒した聖破斬の上位技だ。当たれば絶対に効くだろう。
問題は二つある。
遅くなったと言っても、本当に当てられるのかという問題と、俺たちまで巻き添えを喰らいはしないかという問題だ。
しかしこんな化物相手に四の五の言ってもいられない。
やってやらいでか。
「わかった。ぶちかませ、ルージュ」
「はい!」
ルージュが一歩前に出て、俺たちは後ろに下がった。
春川さんは「え? あれやるんですか?」と若干引いていて、レンはルージュの新必殺技に目をキラキラと輝かせていた。
「ナハハハ、何かするつもりですね。いいですよ。受けて立ちましょう」
これはラッキーだ。
モノポールの奴、俺たちを侮っているのか知らんが、わざわざ受けてくれるらしい。
「ふっ、後悔することになるぞ」
ルージュは不敵に笑い、剣を正眼に構える。
意識を集中させているのか目を閉じていたのだが、かっと見開くと、一気に巨大なメタルドラゴンに向かって駆けて行き、一歩手前で跳躍した。
ルージュのジャンプ力は凄まじい。
十メートル以上はあろうかというメタルドラゴンの頭上を飛び越していったのだ。
「スタァァァッホォォォリィィィスラァァァァァシュッッッ!!!」
ルージュの体が眩い光に包まれる。
「全員衝撃に備えろ!」
俺は自分自身腰を落としながら後ろにいる二人に向かって叫んだ。
そして二人が身構えた瞬間、世界は白い光に包まれた。
カンッ。
「「「へ?」」」
てっきりまたとんでもない爆発音が響いて来るのかと思ったが、予想に反して聞こえてきたのは、金属と金属が軽くぶつかったような、そんな何とも気の抜けるような音だ。
俺たちが目を丸くして間抜け面を晒して見つめる視線の先には、俺たちと同じように目を丸くして間抜け面を晒すルージュがいた。
そして彼女の前には、当然のように無傷のメタルドラゴンが、何事もなかったかのように佇んでいるのだ。
「ナハハハ、こういう時、あなた達の世界では何と言いましたっけ? ああ、そうだ。『蚊でもとまったか?』ですか。ナハハハハハ」
なんて奴だ。
あのルージュの必殺技を喰らってびくともしていないなんて。
だからわざわざ遅くなったなんて、自分で弱点を晒したのか。当たったところで効かないから。
「ナハハハ、あなた達で言うところのステータスですがね、私はあまり高くなくってだいたい全部3000程しかないんですが、耐久力だけは5000あるんですよ」
正真正銘の化け物ってわけか。
こんなのどうやったって勝てそうにない。
今度こそ詰んだか。
それまで呆けていたルージュも、モノポールの5000という言葉を聞いて我に返り、スススッと俺たちの所まで撤退してきた。
「うぅ、マスター。あんなの無理です」
ルージュが涙目で訴えてくる。
俺はルージュの蜘蛛の方の頭を撫でて慰めた。
「どうしますか? 八雲さん」
どうすると言われたって、俺たちの最大火力であるルージュがダメだったんだ。もうどうしようもない。
俺は静かに首を振るしかなかった。
「そうですか、仕方ありませんね」
春川さんは寂しそうに微笑んだだけだ。
泣き喚きもしないし、怯えてもいない。
いや、それでもやはり怖いのか、俺の腕を掴んできた。
「マスター、マスター、私はやっぱりポンコツです。マスターのことを守れないなんて……」
「いいんだ、ルージュ。相手が悪かった」
俺たちが慰め合う中、メタルドラゴンがその巨大な咢で俺たちに迫って来ていた。
「ナハハハ、もうお仕舞ですか? じゃあ、仲良く死んでくださいね。私の腹の中で」
ああ、ダメだ。これは完全に死んだわ。
ルージュも春川さんも戦意を喪失し、俺にしがみついて来ている。
レンは、レンだけは戦意を喪失していなかった。
小さな瞳をギラギラと輝かせて、目の前に迫る巨大な怪物を睨みつけている。
レン、お前って奴は本当に大した男だ。
このまま成長していれば、きっと俺なんかとは比べ物にならないぐらい強い男になっていただろう。
守ってやれなくてごめんな。
春川さんは俺の左手に、ルージュは俺の頭にしがみついている。
俺は余った右手でレンを引き寄せた。
レンは不思議そうな表情で俺を見上げてくる。
「もういいんだ、レン」
「でも、でもぉ……」
レンは涙を浮かべ、悔しそうな表情を俺に向けてきた。
俺にはどうすることもできない。こうやって抱き締めてやるぐらいしか。
「若者が諦めず頑張ろうとしているんです。それを大人が邪魔してどうするんですか、先生」
そんなこと言ったって、こんな状況じゃどうしようもできない。
ルージュが歯の立たなかった相手にレンが敵うわけないじゃないか。そんなの火を見るより明らかだ。
って、先生?
「あ?」
俺はそもそもその声が、春川さんのものでもルージュのものでもないことに気付き、顔を上げた。
すると、目の前には、どこかくたびれたスーツ姿の、長い黒髪の俺と大して背の変わらない女がいた。
俺たちに背を向けていて顔は見えない。
だけど、俺はこの女を知っているような気がする。
いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。
メタルドラゴンが今にも俺たちを喰らわんと迫ってきているのだ。
このままでは彼女も巻き添えで食われてしまう。
「まったく、私の管理している土地に、勝手に入って来ないでほしいわ」
彼女は不機嫌そうに言い放つと、教師が黒板を差す指示棒みたいなのをスーツの胸ポケットから取り出し、それで素行の悪い生徒を注意するみたいに迫ってくるメタルドラゴンの鼻っ柱を叩いた。
ドゴォォォッン!!!
たったそれだけ。
だけど次の瞬間、メタルドラゴンは轟音と共に地面に叩きつけられていた。




