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27.薄毛襲来


「よーし、レン。どうせ持ってける量には限界があるんだ。今の内に好きなお菓子を好きなだけ食っていいからな」

「うん!」

「あの、マスター」

「ん?」


 振り返ると、ルージュがジト目で俺を見ている。


「少しばかりレンに対して甘くないですか?」

「そうかぁ?」

「甘いですよ。そう思いませんか? 春川殿」

「そうですね。ちょっと甘い気がします」


 春川さんも生暖かい目で俺とレンを見ていた。


「そうかなぁ?」

「私も甘いと思うよー」

「そんなことないと思うけどなぁ? なぁ、レン? 俺、甘いか?」

「ううん、あまくないよぉ。イクトやさしー」

「な?」

「すいません。何が『な?』なのか、さっぱりわからないのですが?」


 ルージュの言葉に、春川さんと楓子ちゃんもうんうんと頷いていた。

 おかしな連中だ。

 俺はレンを子ども扱いせず、同じ一つの意思を持った人間として対応しているというのに。

 とりあえずレンがお菓子の袋を開けるのを躊躇っているので、俺が率先して開封し、お手本を見せてやる。

 すると、レンも意を決したようにその場で袋を開け、ポテチをパクパクと食べ始めた。


「何でしょうね? 心温まる風景のように見えて、何か違うような気がするのは」

「うるさいぞ、騎士もどき。お前もとっととなんか食っとけ」


 うるさいルージュを黙らせ、俺とレンもお菓子ではなくてもう少し腹にたまるものを食べることにする。

 さて、何にするか少し迷う。

 やっぱり惣菜コーナーのとんかつとか天ぷらとかに心惹かれるのだが、これって昨日から置きっぱなしだよな。……やめておこう。

 レンにも言い聞かせ、ちゃんと賞味期限内の弁当とかを食うことにしておいた。

 だが、ここで立ったまま食べるのも憚られるので、先に全員で食料をバックに詰めてしまうことにする。

 俺も、昨日自宅から持ってきた野菜とか日持ちしなさそうな物は捨てることにし、缶詰とか、日持ちしそうなものを優先的に持っていくことにした。


 当然一度捨てて入れ直している俺が、一番時間がかかるはずなのだが、俺の近くにはなぜか器用に体を曲げて通路に入ってきたルージュがうんうんと唸っていた。

 ちなみに俺たちがいるのは缶詰のコーナーだ。


「何悩んでるんだ?」

「はい、これとこれ、どちらの方がグラム当たりの単価が安いのかと思いまして」


 そう言いながらルージュは、メーカーの違うサバ缶を両手に取って見比べていた。


「金払うわけじゃないからな?」

「……それもそうですね。マスターはいつも安いお肉や安いお野菜を使っていたので、つい」


 こいつは俺に何か恨みでもあるのだろうか。

 何でいちいち俺の心に刺さるようなことを良い笑顔で言うんだ。


 俺がやけになって一番高いのだけ選んでバックに詰めていると、


「キャアアアアア!」


 突如甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 この悲鳴は楓子ちゃんだ。聞こえてきたのは、おそらく精肉コーナーの辺りである。

 俺とルージュは慌ててそっちに向かって駆けつけた。


 やはり楓子ちゃんは牛肉や豚肉が並んでいる前にいたのだが、そこで腰を抜かしてしゃがみ込んでしまっていた。

 近くには春川さんとレンもいるが、二人は冷静な様子だ。

 だが、楓子ちゃんがどうでもいいことに驚いているわけではなく、むしろその原因は、一目瞭然だった。

 もしかしたら、それ(・・)に慣れてしまった俺たちの方がおかしいのかもしれない。


 精肉コーナーの前にあるモノ、それは(うずたか)く積まれた人の死体の山だったのだ。

 楓子ちゃんはその場で嘔吐し始めた。

 俺たちはそこまで取り乱さず立っていることができるが、別に平気なわけじゃない。

 俺だって寒気がしているし、春川さんも顔が青白く、今にも倒れてしまいそうだ。

 ルージュとレンも……あれ? 二人は全然平気そうだ。


「みんなしんじゃってるねー」

「うーん、あの蟹どもの食糧保存庫みたいなものでしょうか」


 二人はそんな感じで感想まで言う余裕まである。

 そういえば、公園でもルージュは死体を見て平気そうだったし、レンはもしかしたら完全に慣れてしまったのかもしれない。

 まだ四歳の子供だ。

 俺たちの持っている価値観や固定観念なんて、レンが持っているわけない。

 それが良い事かどうかなんてわからないが、今は必要な事なんだろう。


「しかしこうして食料が必要な様子を見ると、ゲームのキャラクターというよりも、やっぱり生き物なんだなって感じますね」


 春川さんが死体の山から目を背けてそう言った。俺はそれに頷いて応える。

 確かに春川さんの言う通りだ。

 RPGゲームのキャラなら食べる必要なんてない。食べるとしても、それはプレイヤーの操るキャラを殺すためであって、こうやって保存しておく必要なんてないのだ。

 その割には殺すと光になって消えてしまい、まるでゲームみたいなんだが、一体こいつらの正体は何なのだろう。


 とりあえず俺たちはその場から離れ、一度フードコートで休むことにした。

 俺、春川さん、楓子ちゃんはすっかり食欲を失せてしまっていたが、ルージュとレンは問題が無いらしく、そのまま飯を食うらしい。

 

「奈穂殿、あの机を燃やして頂けないだろうか?」

「おい馬鹿、やめろ。何のつもりだ」

「マシュマロを焼こうかと」


 何でこいつ蜘蛛のくせにマシュマロなんか食おうとしてるんだ。

 まぁ、それはいいとしても、とりあえず危ないので机を燃やすのはやめさせた。

 ルージュは少し残念そうにそのままマシュマロを食べている。


 俺と春川さんは二人が食べている間、どのルートを辿って大学病院まで行くか話し合った。裏道を使うのか、大通りを使うのかだ。

 モンスターが出るとしたら大通りだと思う。

 人を食べるという事は、人が通りやすい所に出るという事だ。

 ならば裏道、と言いたいところなのだが、俺は裏道のルートなんて知らない。

 それに俺の記憶によれば、どうやって行こうとしても大通りを通らなくてはいけなかった気がする。


「マスター、大通りを行きましょう。モンスターを倒して己を鍛えるのです」


 マシュマロを食べ終え、惣菜パンを食べ始めたルージュが口を挟んできた。

 食べる順番おかしくないか?

 いや、それはいいとして、ルージュの言葉に俺は頭を悩ませる。


「モンスターやっつけよう!」


 ルージュの言葉を聞いたレンまでもがやる気だ。


「ちょっとお兄さん、またあんな化け物と戦うなんて嘘でしょう?!」


 楓子ちゃんは当然のように嫌がった。

 春川さんもどちらかといえば反対のようで、なるべく危険を避けるべきだと主張している。


 俺は考えた結果、ゆっくりと首を振った。


「俺も化物と戦うなんて真っ平ご免だが、……大通りを通る以外の道がわからん」

「じゃあ、仕方ないですね」


 春川さんは承諾してくれたが、楓子ちゃんはこの世の終わりみたいな顔をしている。

 まぁ、うん、諦めてくれ。


 ルートも決まり、二人の食事も終わったので、俺たちは漸くエオンから出発することにした。

 これからちょっとした旅の始まりだ。

 荷物も増えたし、ルージュの背中に乗るわけにはいかない。

 と言っても、一時間も歩いていれば着くとは思う。何事もなければ。


 俺たちは服の下にルージュの糸を巻き、俺はベルトに剣を差し、ルージュは完全武装になると、ついに外に出た。

 外はもう夕方で陽が沈みかかっている。


 今から出発すれば、陽が沈むころにはたどり着けると思うのだが、出て早々ルージュが立ち止まった。


「む、マスター、気配がします」


 俺もなんとなく感じ取っていた。

 道路を隔てた反対側がコンビニになっているのだが、その中からこちらを窺っているような気配がするのだ。

 だが、多分これはモンスターじゃないと思う。


 俺たちが警戒していると、コンビニの中から人が数名出てきた。

 全員男で、年齢は二十代から五十代くらいとバラバラだ。

 男たちは引きつったような笑顔を浮かべ、俺たちに近づいてくる。

 すると、楓子ちゃんが俺の後ろに隠れた。


「あの人たち、私を置いて逃げた人たちだよ」


 なるほど、嫌な感じの奴らではある。

 まぁ、自分の命が一番大事だろうしそこまで責めるつもりはないが、普通楓子ちゃんに気付いたら、のこのこ自分から顔を出したりしないだろう。


「いやぁ、さっきはすまなかったね。驚いて逃げたりしてしまって」


 男たちは全部で五人で、その中の一番年上と思われる、少し髪の後退した五十代くらいの男がニコニコとルージュに話し掛けてきた。

 背は俺と同じくらいだろうか。何とも印象に残り辛い地味な男ではあるが、そいつの笑顔は、裏に何かありますよ、と言っているようで好きになれない。


「ああ、さっき逃げて行った……」


 ルージュは思い出したようにそう言った。

 どうやらエオンに入るときに出くわした連中と同一人物らしい。

 俺はよく覚えていなかった。そこまではっきりと顔を見たわけでもないし。

 

「それに、そっちのお嬢ちゃんも悪かったねぇ。でも、わかるだろ? あの時は必死だったんだよ」


 楓子ちゃんは何も言わず、ますます俺の後ろに引っ込んでいった。

 うーん、何かあったな、これは。

 後ろにいる男たちの楓子ちゃんや春川さんに向ける下卑た視線からして、あまりいい予感はしない。

 非常に気が進まないが、俺は一歩前に出ることにした。


「何か用か?」


 俺は弱みを見せないようにするため、強気で出た。

 男の視線が一瞬だけ鋭くなって俺に向けられる。

 次の瞬間には、また貼り付いたような笑顔になっているが。


「えーっと、もしかして貴方がこの中のリーダーですか?」

「まぁ、そうだな」

「あぁ、そうだったんですね。私は一応この五人のリーダーを務めている黄瀬と申します」

「俺は八雲だ。で?」


 俺の不遜な態度が気に入らないのか、後ろの男たちがピリピリしているのがわかる。

 ああ、胃が痛い。

 俺、こういうの苦手なんだよ。


「実はですね、折り入ってお願いが……」


 男がそこまで言い掛けた時、俺の全身に悪寒が走った。

 急に何が起きたというのだろう。

 手足が震える。息が苦しい。

 今までに感じたことのない圧力みたいなものを感じる。

 どうやらそれに気付いたのは俺だけらしく、黄瀬は急に固まった俺を訝しむよう見ているし、ルージュも心配そうに覗き込んできた。

 何でだ? 何で誰も気付かない?


 俺は怖くて仕方なかったが、そっちを見ないわけにもいかず、自分の左側に首を巡らせた。

 全員がつられてそっちを見る。


 そこには男がいた。

 俺より少し背が高く、年は三十か四十か五十か六十……さっぱりわからない。

 ロマンスグレーの髪色なのだが、見事なまでのバーコード頭だ。それでスーツを着ていて、それだけならどこにでもいる会社員といった雰囲気である。

 でも違う。

 こいつはそんなどこにでもいていいもんじゃない。


「一体いつから……?」


 ルージュが呆気に取られたように声を出した。

 ルージュの言葉、俺の態度で、すぐさま春川さんが杖を取り出す。

 レン、楓子ちゃん、それと黄瀬たちはアレが何だかわかっていないらしい。


「おい、おっさん何の用だ?」


 黄瀬達の内の一人、若くて背の高い体格の良い男が、スーツの男に近づいて行った。

 ああ、ダメだ。そいつに関わっちゃいけない。


「無粋ですねぇ」


 スーツの男がそう一言呟いた瞬間だった。

 黄瀬の仲間の男が吹っ飛んだ。

 いや、そうじゃない。

 吹っ飛んだのは体格の良い男の四肢である。

 手足、頭がそれぞれバラバラに千切れ飛んだのだ。

 何をしたのかさっぱりわからなかった。


「何だこいつ、冗談じゃねぇぞ……」


 黄瀬達がじりじりと後退し始めた。

 ルージュたち、アラクネマスターのメンバーは完全に戦闘態勢だ。


 そんな緊張した空気の中で、スーツの男はまるで意に介していないように朗らかに笑って言った。


「どうも初めまして。わたくし、モノポールと申します。惑星ディアラの管理者、魔女ディアラ様の部下でございます。下っ端ですがね。貴方たちの世界で言うと、うーん、そうですね。係長といったところでしょうか。ナハハハ、どうぞ以後よしなに」


 何を言っているのかさっぱりわからない。

 だけど俺は一つだけわかった。

 どうやら覚悟を決めた方が良さそうだ。



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