24.奴隷契約
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薬を吸ってだいぶ落ち着いた俺は、地下のフードコートに座っていた。当然ルージュ、春川さん、レン、そしてちゃんと制服の前を留めた楓子ちゃんもいる。
ルージュは座っている俺を見下ろしており、その目は依然冷たい。
楓子ちゃんには、春川さんがルージュの説明をちゃんとしてくれたおかげで、ルージュの顔を見て逃げ出すということはなかった。怯えてはいるが。
「奥さん、ごめんなさい!」
楓子ちゃんが春川さんに突然謝った。
春川さんはいつもの微笑を絶やさず、首をこてんと傾げる。
「その人は俺の妻じゃない」
今度は楓子ちゃんが首を傾げた。
そして今度は、はっとした顔でルージュを見上げた。
そんなわけないだろ。
「いや、そっちも違うから。妻は別居中で、この場にはいないんだ」
「そ、そうなんだぁ」
楓子ちゃんはほっとした様子でそう言った。
俺はといえば、いつも通り落ち着いてこの場に座っていた。
なぜなら本当にやましいことなどないからだ。
それにもう一つ気になっていたことがあった。
ルージュの登場したあのタイミング、おかしくないか?
ルージュならもっと早く来られたはずだ。何か事情があって遅かったんだとしても、倒した直後というのは不自然だ。
だがまぁいいだろう。まずはルージュに譲ってやろうじゃないか。
「で、マスター。この女は何なんですか?」
「さっき上で会った」
「ほう、会ったばかりにしては随分親しい気がしましたが」
「あ、あのね、お兄さんはね、私のために戦ってくれたの。それで、その、私たち付き合うことになったの!」
何でそうなる?!
いかん、平常心だ。落ち着け、俺。小娘如きに振り回されるな。
「へぇ、八雲さんって、特殊性癖の持ち主だったんですね」
あれ? 春川さんもちょっと冷たい?
俺の味方はレンだけか。
そのレンはというと、そわそわした様子でチラチラと俺を見ていた。
やっぱり何かあるな。
まぁいい。まずは俺の疑惑を晴らそうじゃないか。
「別に恋愛に年齢は関係ないと思うよ? 疚しいことがなければね」
「え、八雲さん、認めるんですか?」
「本性を現しましたね、ロリコンマスターめ」
く、後で覚えていろよ、ルージュ。
「だからその上で言うけどさ、楓子ちゃん」
俺がそこで楓子ちゃんを見ると、彼女は俺を見て嬉しそうに微笑んだ。
「君と付き合うつもりはないから」
「えっ?」
楓子ちゃんが驚いた様子で俺を見る。
いや、何で断られると思わなかったの?
「単純に好みじゃないから」
顔以外はね。完全に性格の不一致というやつだ。
そこまでは説明しないけど。
「そ、そんな……酷い」
楓子ちゃんは絶望したような表情をしているが、反対にルージュはニンマリとした顔をしている。
美人が台無しだ。
春川さんを見習え。あの鉄壁の微笑を。
まぁいい。これで俺の疑惑は晴れた。
というか、抱きつかれてキスされたことは有耶無耶に出来た。
ここからは俺のターンだ。
「時にルージュ」
「はい、マスター!」
ルージュは嬉しそうにしているが、春川さんやレンがやべっという顔をした。
なるほど、二人も共犯か。
「俺一人でボスを討伐したんだ。凄いと思わないか?」
そう言って俺は微笑んで見せた。さて、引っかかるかな?
「はい、お見事でした! マスターがあのような技を持っているとは。あれは剣術でしょうか? 是非私にも教えてください!」
途端に春川さんが頭を抱えた。レンは、初めはどういうことかわかってなかったらしいが、春川さんの反応を見て、ルージュの失敗に気付いたらしい。春川さんと同じポーズを取っている。
「……ぱり、……だな」
「は、はい? 何でしょうか、マスター?」
「やっぱり初めから見てたんだな、こんの糞蜘蛛がぁ!!!」
「ひ、ひぃ!」
俺が憤怒の表情で怒鳴りつけると、ルージュは顔を青白くさせ、高速で後退していった。
俺は気合で表情を笑顔に戻し、春川さんとレンを振り返る。
「「ひっ!」」
二人とも揃って悲鳴を上げなくたっていいじゃないか。ひどいな。ハハハ……。
「で、二人も何か知っていそうだね? うん?」
一番初めにゲロッたのはレンだ。
「ルージュがね、『これはしれんなのだ』って」
「レ、レン、私を裏切ったな!」
遠くから糞蜘蛛の声が聞こえてくるので、睨んで牽制しておく。
「どういうことかな? 春川さん」
「は、はい、私とレン君はすぐに八雲さんを助けようとしたんですけど、ルージュさんが『マスターならあれくらいの敵、お一人でも倒せるはずだ』と、無理矢理私たちの動きを止めてしまって」
春川さんも、それはもう綺麗さっぱり見事にルージュを見捨て、俺に詳細を聞かせてくれた。
二人は俺が邪神から逃走した後、暫く動けずにいたらしいのだが、割とすぐに手蟹を殲滅したルージュが現れ、三人で俺の後を追ったらしい。
しかしどこに行ったのかわからず(俺が動かず隠れていたため、探知できなかったらしい)、探していたらしいのだが、俺が邪神に遭遇し逃げ出したことで、どこにいるか掴めたそうだ。
三人が俺を発見したのは、ちょうど俺が刀を構えて邪神と対峙した時だったらしい。ということは、やっぱりほとんど戦い始めてからすぐじゃないか。
春川さんとレンはすぐに助太刀に入ろうとしたらしいのだが、ルージュがそれを「これはマスターに与えられた試練なのだ。なに、心配はいらない。マスターならあれくらいの敵、お一人でも倒せるはずだ。昨日殴られた時に気付いたのだが、マスターはあの巨大ワニよりお強い」と二人を止めたのである。
春川さんが説明を終えると、ルージュが冷や汗を掻きながら近づいてきた。
「で、でですが、実際にマスターは見事お一人であのゴキブ「その名を言うな!」、あの敵を打ち倒したわけですから、私の考えは間違っていなかったと思うのですよ」
「で、そのことに何の意味があるんだ?」
「えっ? そ、それはもちろん、ご自身の強さを確認できたでしょうし、苦手な虫も克服できたかと……」
「ほう、そうか。そんな下らないことのために俺を恐怖のどん底に突き落とし、発作を起こさせて貴重な薬を使わせたと?」
「えぇっ!? くだらな……」
「あと言っとくけどな、俺の虫嫌い治ってないからな!」
「えぇぇぇっ!?」
あの時は狂化を使ったから何とかなったのであって、虫嫌いを克服したから倒せたわけではない。倒せたことで若干マシになったような気はするが、あえてそれは言うまい。
「あ、あの、私の手に入れた素材と食材を全てお譲りしますので……」
「いらん。それは前回同様、春川さんとレンに譲ってやれ」
「うぅ、その、何でもしますので、お許しいただけないでしょうか?」
ルージュがなぜか頬を赤らめてそう言った。そして春川さんの冷たい視線が俺に向けられる。
何だ、この雰囲気は? 俺がイヤらしいことを命令するの前提なのか?
無論そんなつもりはない。
だが何かやらせたいことというのも思い付かなかった。
そこで俺はバックパックから紙とボールペンを用意する。
その紙に必要な文書を書いた後、ルージュに渡した。
「これにサインしろ」
「え、何ですか? えーっと、『私ルージュは、命にかかわらない命令以外、八雲育人様が出した命令は、どんなことでも引き受け、遂行することを誓います』……しょ、正気ですか?」
「何だ? 嫌なのか?」
「八雲さん、それはちょっとやり過ぎじゃないですか? 期限も回数も書いてありませんけど」
「そんなもん、俺が許すまでに決まってる。別にルージュが嫌なら断ればいいだけだし」
「マスター、そ、その場合はどうするおつもりで?」
と、言われても、俺にできることはあまりない。せいぜいが、
「口を利かない。一緒に寝ない。俺が飯を作る機会があっても、ルージュの分は作らない。あと、お前の後生大事に持っているブランケットを、隙を突いて燃やす」
それを聞くと、ルージュは直ちにサインを書いた。
どれが一番効いたのかはわからない。まさかブランケットだとは思いたくないが。
「いいんですか、ルージュさん? そんなのほとんど奴隷と変わりませんよ」
「うぅむ、マスターの奴隷か……。ま、まぁ、今回は私が悪いのだから仕方あるまい」
何やら頬を染めるルージュ。
だから、勘違いだって。
「ところで八雲さん。私も八雲さんを助けられなかったわけですけど」
「あ、春川さんとレンはいい。ルージュのせいだから」
「えっ、でも……」
「はい、私のせいです!」
「んじゃ、そういう事だから。
よし、話も済んだことだし、レベル上げするか」
しかし、そんなに簡単に話は進まなかった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! ねぇ、私はどうすればいいの!?」
俺たち、アラクネマスターのメンバーの視線が、一人の人物に集中する。
そこには涙を浮かべた楓子ちゃんがいた。
うん、完全に忘れてたわ。
 




