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23.邪神討伐


「お兄さん、戦わないの?」

「はぁ? 戦うぅ? アレとぉ? まず気持ち悪くて目も向けられん!」


 俺と楓子ちゃんは絶賛逃走中だ。

 さっきまであんなに怯えていた楓子ちゃんは、なぜか今は落ち着いている。あれだろうか。本当は自分だって怒っているのに、周りにもっと怒っている人がいると、逆に自分は落ち着いちゃう、的な。


「お兄さん、追って来てるよ!」

「言われなくてもわかってるよ!」


 後ろからずっと聞こえてきている。


――カサカサ、カサカサ。


 くそっ、気が狂いそうだ。


「あ、なんかお尻からホースみたいなの出してこっちに向けてきた」

「それはわかってなかった!」


 俺は恐る恐る後ろを振り返る。

 そこには楓子ちゃんの言うように、巨大な|名前を言ってはいけないアイツ《黒い悪魔》が、ホースみたいなのをケツから出して俺たちに向けている姿があった。

 ホースの先端からオレンジ色の何かが出てこようとしている。あれは、火か?

 まずい!

 俺は楓子ちゃんの腕を引っ張って、スーツ売り場に向かって横っ飛びした。

 俺たちがさっきまでいたところを、拳サイズの火の玉が通り過ぎていく。それから遠くから爆発音が聞こえてきた。

 威力は春川さんが使う【炎弾】より高いかもしれない。


 ダメだ。逃げ切れる気がしない。

 きっとさっきまでは、お遊びか何かのつもりだったのだろう。今はそれをやめ、本気で俺を殺しにかかっているのだ。

 だが逃げられないと言って、あんなのと戦いたくはなかった。

 気持ち悪い。悍ましい。

 だけどもう逃げるのも限界のようだ。

 逃げ切れないと言うだけでなく、走り回るほどの体力が、もう俺には残されていなかった。


「ゴホッ、ゴホッ。楓子ちゃん、どっかに隠れてな」

「た、戦うの?」


 ちょっと嬉しそうに聞いてくる。自分のためだとか勘違いしていそうだ。

 俺は質問に答えず、大太刀を正眼に構えた。

 楓子ちゃんが後ろから俺を抱き締め、すぐに離れて行ってしまった。

 悲劇のヒロイン気取りかね、嫁がいると言ったのに、まったく。


 俺は改めて自分の構えについて考えてみた。

 今はまるっきり剣道の構えと同じだ。これではダメだ。普通に面打ちしても、殺すことは出来ないだろう。

 上段に剣を構える。さらに体を開き、腰を落とす。

 なんか俺の知っている剣術に近くなってきたがする。


 俺がじいちゃんに剣術を見せてもらったのは、小学校の低学年くらいまでだ。その後、じいちゃんが死んでしまったから、もう見せてもらう機会はなかった。

 じいちゃんの見せてくれた剣術に憧れていた俺は、中学に上がってから剣道部に入ったのだが、俺の求めていたものは剣道になかったのだ。

 こんなことになるなら、じいちゃんに剣術を教えてもらえば良かったと思う。もう八雲流居合術を使える人なんて、俺は知らない。そして、せめて狂戦士ではなく、侍を取っておけば良かった。

 思い出したら、あのポンコツ蜘蛛に腹が立ってきた。

 必ずあの邪神を葬って、ルージュの奴に文句言ってやる。


――カサカサ、カサカサ。


 ああ、くそっ、黒い悪魔がやって来た(邪神が降臨した)

 そいつは俺の姿を見つけると、人間の足で立ち上がり、くるっと後ろを振り向く。

 黒いスキンヘッドのおっさんが、にやけ顔で俺を見てきた。

 怖い! 

 ダメだ。ギリギリまで取っておこうと思ったのだが、もう使ってしまうしかない。


「【狂化】!」


 途端に、恐怖心が薄れていく。

 イケる、これなら戦える。

 問題は、強化のスキルの制限時間だ。

 このスキルの使用可能な時間は極端に短い。


 俺は早々に勝負をかけた。

 右足で踏み込み、一気に距離を詰め、邪神目掛けて大太刀を振り下ろす。


 ああ、ダメだ。これじゃあ剣道と変わらない。


 邪神は大太刀をギリギリで避けて見せる。

 それでもかなりの速さがあったのか、俺の放った斬撃はギザギザのついた足を一本斬り飛ばした。

 狂化が切れる、と思ったのだが、どういうわけか、まだ発動したままである。

 いつ切れるかわからないが、これならもう少しは戦える。


 だが邪神は俺の攻撃にかなり警戒したらしく、また黒い悪魔形態(ビーストモード)になり、距離を空けてしまった。

 いっそのことそのまま逃げてくれればいいのに、ある程度距離を開くと邪神は止まり、俺にホースの先端を向けてくる。

 また火球を飛ばす気だ。

 だがなかなか撃ってくる気配はない。

 俺に隙ができるのを待っているのだろうか。


 どうする?

 その時、カッターシャツの陳列されている棚が目に入った。

 普段ならこれを見てもそんなことは思いつかない。

 だが、ステータスが強化された今の俺なら、行けるのではないだろうか。


 俺は棚を左手で掴み、思い切ってぶん投げた。


「どぉらぁぁぁっ!」


 邪神の顔はにやけていて表情などないのだが、焦ったように、俺が投げた棚に向かって火球を発射させた。


 邪神の撃った火球が棚にぶつかり、爆散する。

 大量の破片と炎、煙が発生した。


 今だ。

 俺は再び突貫する。

 刀を右手一本で持ち、肩に担ぎ、走り込む。

 煙の先に黒い体が見えた。


 刀を両手で掴む。

 息を止める。

 力を抜く。


 そういえばじいちゃんの剣筋はもっと斜めから斬っていたっけ。


 俺は短い呼気と共に、一気に力を解放し、刀を振るった。


「疾ぃっ!」


 裂帛の気合いなんていらない。そもそもあれは絹を裂くような金切り声を指す言葉で、二流、三流の剣士が恐怖心を打ち消すために出す金切り声のことだ。

 もちろん俺は三流どころか素人剣士だが、今この瞬間、敵を殺すという気概だけは一流のつもりでいさせてもらおう。


 斜に振るった大太刀が邪神の体を袈裟斬りにする。

 邪神の体は斜めに寸断され、にやけた表情を変えぬまま絶命した。そして光の粒子となって俺の体に入り込んでくる。

 気持ち悪っ!

 しかし俺は避けることもできず、その場で膝をついてしまった。

 狂化の効果もそこで切れた。

 どうやら狂化はタイマン専用スキルらしい。相手を一体倒すまでは効果が切れないようだ。

 もしくは俺の体力が尽きるまでだったろうか。もう俺は一歩も動ける気がしない。

 そういえば薬の入ったバックパックは、ルージュに預けたままだった。


「お兄さん、大丈夫!?」


 膝をつく俺に楓子ちゃんが駆け寄ってきた。

 そして動けない俺の頬に口づけをしてくる。


「私のために頑張ってくれたんだね、大好きっ!」

「ぜぇ、ぜぇ……」


 だから違うって。

 俺の声にならない声は当然伝わらず、いいから薬をちょうだいという思いも通じなかった。通じたところで、無茶振りだが。


 だがそんな思いはちゃんと別の人物には通じていたようだ。


「はい、マスター、薬です」


 その声に俺と楓子ちゃんが顔を上げた。


「きゃあああああ!!!」


 楓子ちゃんが俺にしがみつき、絶叫を上げる。

 俺も声が出せるなら、短い悲鳴ぐらい上げていたかもしれない。


「で、最後に何か言い残すことはありますか?」


 ルージュがハイライトの消えた笑みで微笑んだ。



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