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20.ジャージが一番動きやすい

11/05、3話目


 俺が、まだ着いてもいないのにげんなりしているレンを引っ張って行くと、先に到着していたルージュと春川さんが、何やら必死の形相で服を漁っていた。気のせいだとは思うが、二人の背中に燃え上がる炎が見える。


「マスター、どうでしょう、この服。私に合うでしょうか? 可愛いと思うのですが」

「八雲さん、私はこっちかこっちで迷っているんですが、どっちがいいと思いますか?」


 レンが完全に機能停止(フリーズ)した。

 大丈夫だ、レン。こんな醜い争いは、俺がすぐに終止符を打ってやる。


「まずルージュのその服は似合う似合わない以前に、ダサい。

 春川さんはどっちも合ってない。」

「「え゛っ」」


 何やら二人して素っ頓狂な声を上げたが、無視だ無視。俺はレンのためにもひたすら迅速に行動を開始するのみ。

 俺は店の中を歩き回り、いくつかの服をピックアップしていく。

 ルージュも春川さんも、この店の中から選ぶなら同じ系統のものでいい。かわいい系よりも、もっと大人びた印象に見えるものが良いだろう。いや、春川さんはダーク系の色なら可愛い作りでも行けそうか。


 俺は選んだものを二人に次々と当てて行った。


「あ、あの、マスター……」

「えっと、八雲さん……」

「うん、良し。春川さんはこのワンピースとこのジーンズにこのTシャツの組み合わせが一番良い。ルージュはそうだな。お前もこのノースリーブのシャツとジーンズ……ってお前ジーンズ履けないじゃないか! くそっ、ちょっと待ってろ。選び直してくる」


 ポカンとする二人を置いて、俺はルージュに合いそうなチャック式のスカートを探す。

 だが駄目だ。スカートだと、この店ではルージュに合いそうなものはない。


「ルージュ、店を変えるぞ。皆ついて来てくれ」


 俺はそう言って先頭を歩いて行った。

 何やら全員もたもたしているが、俺は構わず進む。先に行ってコーディネートを決めてしまおう。


 俺は目当ての若い子向けの店に到着すると、早速服を選び始めた。

 ルージュのようなスタイル抜群の白人美女のコーディネートを考えるのは、なかなかに燃えてくる。


 あとから三人が追い付いてきた。


「マ、マスター、さすがにこの店は私に合わないのではないでしょうか……?」

「大丈夫だ。俺に任せろ」

「いつになくマスターが、やる気に満ちているような気がするのですが……。スキルでも使いましたか?」


 ルージュの言葉は無視し、早速ピックアップしてきた服をルージュに合わせる。

 そして俺は、とうとうベストな組み合わせを作り出した。

 ペンシルタイトスカートにノースリーブ、完全に俺の趣味だが、ルージュにはやっぱりこれが一番しっくりくる。さらに俺の調達したキャップを被せれば完璧だ。

 ああ、やった。俺はやり遂げのだ。


「そ、そんなに満足げな顔をされると、もうこれを選ぶより無さそうですね……」

「当たり前だ。俺のコーディネートが気に入らないなんて言ったら、お前はアラクネマスター解雇だからな」

「アラクネの私が、ですか?」


 俺は大きく頷いた。


「それにしても八雲さん、変わった特技をお持ちですね。女性のコーディネートが得意なんて。確かにこうして見ると、私もこの服が可愛いように感じます」


 春川さんはそう言って鏡の前で服を合わせていた。


「あとは試着してサイズを合わせてみてくれ。あ、でも、動きやすい服も選んだ方が良いな。ルージュは、まぁ動いているのは下半身だし関係ないけど、春川さんは……あれ? 動きやすい服ならジャージで良かったんじゃ……?」

「いえいえ、ずっと移動しているわけじゃないでしょうし。それに、……折角八雲さんが選んでくれた服ですから」


 春川さんは伏し目がちに俺を見上げてきた。

 あざとい。

 だが、そうやって可愛く見せようという仕草こそ、俺は可愛いと思える。いや、天然ものの可愛さも当然愛でるが。


 ちなみに俺が女性物のコーディネートが得意な理由であるが、嫁とデートするときに何時間も買い物に付き合わされるのが嫌だったからである。

 これなら女の子にも喜んでもらえるし、それ以上買い物をしようとしたら、「俺が選んだ服に文句があるのか」とキレられる。

 ただ問題は……、


「ゴホッ、ゴホッ、体力使い過ぎた」


 俺が熱中しすぎて体力の消費が激しいことである。


「大丈夫ですか、マスター?」

「薬は出せますか?」


 ルージュと春川さんが慌てて俺の傍に寄ってきた。

 レンは少し離れたところで俺を見ている。なんか、死んだ魚のような目で。

 やめろ、レン。そんな目で俺を見るな。

 ……世の中ままならない。


 三十分ほど休み、俺たちは再び行動を開始した。

 まずは三階に行き、おもちゃ屋に行くのだ。


「マスター、この階に何の用があるのでしょうか?」

「牛刀包丁を予備に増やしておくだろ。あと筆記用具とノートは一人一冊ずつ欲しいし……」

「あの、どう見ても玩具店に向かっているようにしか見えないのですが」

「何のことかわからんな。なぁ、レン」

「うん!」

「はぁ、まぁ別に構いませんが」

「良かったねぇ、レン君」

「うん!」


 そうして進んで行くのだが、またしても何か出てきたらしく、ルージュが片手を上げて俺たちに制止の合図を送ってきた。

 俺は牛刀包丁を取り出し、春川さんは杖を取り出す。ルージュも剣を構えて身構えている。

 次は一体何が現れるのだろうか。いい加減ゴブリンとかオークとか、まともなモンスターが出てきてほしい。俺たちが今まで出会ったのは、本当の意味で“モンスター”と呼べるような悍ましい奴らばかりだった。


 ちょっとげんなりしていると、俺たちの方にトコトコとそいつは歩いてきた。

 三メートルほど手前で立ち止まり、俺たちを円らな瞳で見上げてくる。

 ダックスフンドだった。

 俺たちが呆然としていると、首をちょこんと傾げてきた。

 消費者金融のCMみたいだ。

 だけど俺たちの目の前にいるダックスフンドは、残念ながらそんな可愛いものではなかった。そもそも俺たちが呆然としていたのも、そいつのあまりにもな姿のせいである。


 そいつは胴が長かった。いや、こう言った方が良い。胴が長過ぎた。

 おそらく三メートルはある。体長だけで言うならルージュより大きい。

 そしてその胴の長過ぎるダックスフンドの足は、前足二本だけが普通の犬で、その後ろからは百足のような足がびっしりと生えている。


「や、八雲さん……?」


 すぐ真後ろで春川さんの声が聞こえた。

 どうやらあまりの気味悪さに、後ろに下がってきてしまっていたらしい。

 俺としたことが、あの程度のモンスターにビビるなんて。

 不思議なことに、気が付くと春川さんとレンが俺の前に出ていた。どうやら二人はやる気に満ち溢れているらしい。素晴らしいことだ。


「イクト、なんでにげてるの?」

「に、逃げてませんザマス!」

「あ、うん。マスターは虫全般が苦手なのだ」


 あ、はい。そうです。虫とかマジ無理です。

 俺はカブトムシとかですら、気持ち悪くて触ることができない。


 ルージュの言葉を聞いた春川さんが、ギョッとしたような眼差しを俺に向けてきた。

 そんな風に見られても、苦手なものは苦手なのだから仕方ない。

 しかし春川さんが言いたいのは、そういうことではないらしい。視線が俺とルージュの間を行ったり来たりしている。

 どうやら蜘蛛も虫だと言いたいようだ。

 蜘蛛は違う。なぜなら可愛いから。偉い人は言っていた。可愛いは正義だ、と。


 俺がさらに後衛に下がると、ムカデ犬もこっちに向かってきた。

 唸り声を上げ、俺たちに向かって吠える。


――うぅぅぅ、わん!


 すると、ムカデ犬の口から真っ白な人の腕が伸びてきた。ヌルヌルとした、気持ち悪い腕だ。まさか舌の代わりだとでもいうのだろうか。

 その腕は一番近くにいたルージュに掴み掛かろうとしている。

 だがルージュにとって、その程度の動きはどうという事もなかったらしく、簡単に剣を振るって腕を断ち切って見せた。


――きゃん! ……うぅぅぅ。


 腕を切られたムカデ犬は警戒するようにルージュや俺たちを見ている。

 ムカデ犬と目が合った。

 なんだろう、俺を侮るような目つきの気がするんだが。

 違うよね? 俺が弱そうだとか思って、俺に向かってきたりしないよね?

 背筋に冷たい汗が流れる。


「ルージュさん! やっておしまいなさい!」


 俺が涙目で訴えると、ルージュは俺を振り返った。

 そしてにやりと笑う。

 おい、ちょっと待って。何だその笑みは。


――わん!


 案の定、ムカデ犬が俺に向かって飛び掛かってきた。

 ルージュは……避けた! アイツ避けやがった!


「【炎弾】!」


 しかしムカデ犬が俺に到達することは無く、春川さんが放った炎に包まれ、あっという間に力尽きてしまった。

 助かった、マジで助かった。


「八雲さん、大丈夫ですか!?」

「あ、ああ」


 春川さんが慌てて俺に駆け寄って来てくれる。

 どうしよう。俺、今なら春川さんに抱かれてもいいかもしれない。

 それに比べて、


「ルージュ! 一体どういうつもりだ!?」

「ち、違うのですよ、マスター」


 浮気現場を見られた妻みたいな反応しやがって。何も違わないだろう。


「私はマスターに虫嫌いを克服していただきたかったのです。これからだって、虫型のモンスターが出てこないとは限らないではないですか」

「おう、なるほど。一理あるな。だがお前は殺す!」

「お、おお落ち着いてください、マスター」

「イクトもルージュもケンカしちゃダメだよー」


 レンがむすっとした顔で俺たちの間に割って入ってきた。

 くっ、レンに言われては俺も落ち着かざるを得ない。

 落ち着いてみると、今更ながらだが、春川さんにしっかりと抱きとめられていることに気付いた。

 春川さんは俺の左側から抱きついているのだが、左腕に柔らかい感触のものが当たっている。

 俺は失礼にならないよう、そっと春川さんを体から引き離した。


「あ、ありがとう、春川さん。おかげで助かった」


 ちょっと俺が照れながら言うと、春川さんもまた、はにかんだような笑みを浮かべて「そんな、大したことないですよ」と言ってくれる。

 ……あざとい! だがそれが良い!


「マ、マスター、私もギュってしましょうか……?」

「……」


 俺は無視した。

 そもそも誰のせいでこうなったと思っているのだ。

 俺に怖い思いをさせやがって。


 だが、俺はまだ知る由もなかった。

 本当の地獄がこの先に待っているなどとは。



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