18.二対二
「レン、退魔の光を頼む」
「うん、【たいまのひかり】」
白い光のベールが俺たちを包み込む。
さて、これでどれくらいもつのだろう。
俺は牛刀包丁を構え、いつでも立ち向かえるようにしておく。
しかし剣だけは買っておけば良かった。
剣の振り方と竹刀の振り方は、実は大きく異なり、下手に剣を使うと反対に危ないと思い買わなかったのだが、こういう武器を持った相手には有効だったかもしれない。
尤も、今更後悔したところで当然遅かった。
二体の鳥マネキンはレンの張った結界に、長い針を持って近づいて来ている。
そしてそのまま俺たちを突き刺そうとしてくるのだが、光のベールに阻まれ、その動きが止まった。
しまった。今のは絶好のチャンスだった。結界にぶつかった時に大きな隙が出来たのだ。その瞬間こっちから刺しに行けば良かったのだが、所詮一般人である俺にそんな思い切りのある行動は出来ない。
次だ。次に隙が生まれたら勝負を決めに行こう。
そう考えたのだが、上手くは行かないようだ。
鳥マネキンが結界に向けて針を振り下ろす。
――ガキンッ。
針は結界に阻まれ、俺たちに到達することは無い。
だが、もう一体が針を振り下ろすと、
――ガキンッ、ピシっ。
ひびが入ってしまった。
あと一撃でも入れられたら、粉々砕け散ってしまいそうである。
「レン、もう一回退魔の光だ」
「うん、【たいまのひかり】」
退魔の光が重ね掛けされる。
これならもう少しはもつだろう。
だがこんなのは当然一時凌ぎでしかなく、やがては限界が来る。その前に何とかしなくては。
鳥マネキンがまた針を振り下ろすと、初めに張っていた結界がガシャンと、ガラスが割れるような音と共に粉々砕け散ってしまった。
耐えられるのは三発までか。
やはり長くはもたなさそうだ。
よし、こうなったらこちらから隙を作って、こっちから倒しに行ってやろう。
「おい、鳥マネキン。お前のへなちょこな攻撃なんて、いくら当てても痛くとも痒くとも無いぞ!」
二体の内一体に向かってそう言うと、一瞬そいつの動きが止まった。
どうやら俺の言葉の意味までは分かっていないようだが、馬鹿にされたことは分かったらしい。でも、まだだ。まだ決定的な隙とは言えない。
鳥マネキンが大きく針を振り上げた。
今だ!
俺は牛刀包丁を構えたまま、一気に光のベールの中から抜け、鳥マネキン向けて突貫した。
「【狂化】!」
さらにスキルを使って俺自身を強化する。
「おらぁぁぁっ!」
俺は鳥マネキンの首辺りに牛刀包丁を突き刺した。
軽い手応えと共に、鳥マネキンの首が断ち切られ、鳥頭と胴体が泣き別れしてしまった。
武器を持ってはいるが、耐久力は大したことが無かったらしい。
鳥マネキンはあっけなく絶命した。
残るはもう一体だ。
もう一体の鳥マネキンは結界に攻撃するのをやめ、俺に向かってきていた。
俺も牛刀包丁を構えて迎え撃つ。
やはり「狂化」はすでに解けてしまっているが、一体くらいなら何とかなるはずだ。
――ドウゾゴランクダサーイ!!
鳥マネキンが針を振り下ろしてきた。
俺は咄嗟にそれを右手の掌で受け止め、痛みを堪えつつカウンターで牛刀包丁を鳥マネキンの鳥頭目掛けて振り下ろす。
俺の振り下ろした包丁は、一気に鳥マネキンの頭をかち割り、そのまま胸辺りまで到達してしまった。
俺にそんな力はなかったと思うのだが、きっとステータスの恩恵だろう。
鳥マネキンは息絶え、光の粒子となって俺の体に吸い込まれた。
「あー、痛ってー」
右手の掌を見てみると、ちょうど真ん中に穴が開いていた。
しかし大した傷ではない。てっきり貫通でもしているかと思ったのだが、やはりこれもステータスの恩恵だろうか。
「イクト、だいじょうぶ? 【いやしのひかり】」
放っておけばそのうち塞がりそうではあるが、レンがすぐに駆け寄ってきて、俺の傷を手当てしてくれた。
何も指示していないのに、自分で出来るようになるとは、レンはやはり賢い子だ。
「おう、ありがとうな、レン」
レンがにへっと笑んだ。
しかしすぐに真面目な顔を作り、俺を見上げてくる。
「ぼくもイクトみたいにつよくなれるかなぁ?」
いや、俺は別に強くないんだが。
でも、そうか。ルージュを見ていると、ついモンスターの一体や二体なんて何でもないことのように思ってしまうが、レンから見たらモンスターを倒せるというだけで、俺も強く見えるのかもしれない。
「ああ、なれるさ。レンはきっと俺よりも強くなれる。今だってレンのおかげで勝てたようなもんだろ」
俺の言葉を聞くと、レンははにかんだような笑みを浮かべた。
俺はレンの頭を撫でつつ、これからどうするか考える。
特に重要なことは思い浮かばなかったのだが、何となく帽子が見たくなった。
俺は家から「ガシャドクロ」というブランドのお気に入りのキャップを持ってきているから必要ないのだが、レンやあとの二人に必要かもしれない。
うん、そうだ。必要だ。これから暑くなるし。決して俺がキャップ好きなせいではないのだ。
ということで、俺たちは同じ階にある帽子の専門店を見に行くことにした。
帽子屋には、当然だが帽子しか並んでいない。
しかし腹立たしいことに、あるのは女物ばかりで男物が少なかった。
あ、ルージュと春川さんの分を手に入れるからそれでいいのか。それにちゃんと子供用のもあるし。
とりあえず二人に似合いそうなキャップを手に入れ、俺も一つだけ持っていくことにする。
ダメージ加工がされており、縁が黒く、頭の前部が白、後部が青の、ちょっと派手な奴だ。
もう二年で三十なのだが、大丈夫だ。まだいける。俺の好きなバンドのボーカルは、俺より年上だが、もっと派手なキャップを被っていたはずだ。うん、問題ない。
「スーパーライダーのぼうし、ないねー」
「うーん、専門店じゃなくて、エオンの服屋とかにならあるかもな。あ、おもちゃ屋かな?」
「おもちゃやさんだとおもうよー」
そう言ったレンの瞳はキラキラと輝いていた。
お前、おもちゃが見たいだけだろう。
だが、それも仕方ないか。
こんな状況とはいえ、レンはまだ五歳か六歳の幼児だ。本来であれば命の心配なんかしないで、遊んでいる年頃である。
だがこんな状況になってしまった今、あまり甘やかすわけにもいかない。
もっと余裕ができるまでは、緊張を持ち続けているべきだ。
俺はレンを諭すため、彼の瞳を覗き込んだ。
レンは相変わらずキラキラした瞳で俺を見上げてくる。
……見るだけならいっか。……一個ぐらいなら持って行っても大丈夫だろ。
ということで、一度二人と合流するため、パーティーコールを掛けてみることにした。
『あ、八雲さん。どうしましたか?』
『ああ、そろそろ三階に向かおうと思うんだけど、合流してくれないか?』
『え、えっと、ちょうど今下着は選び終わったんですが、まだ服が選べてなくって』
ん? おかしいぞ。もうかれこれ一時間は経過してないか?
まさかずっと下着選んでたのか?
いや、きっと春川さんたちもモンスターたちと戦っていたのだろう。そうに違いない。
深く考えては駄目なのだ。あ、でも、ルージュがいたら数秒で片づけられるよな。どう考えても、……考えるのは止そう。
『わかった。じゃあ、そっちに向かうから。今どこにいんの?』
『すいません。えっと「ガイア」というお店に向かっています』
同じ階にある女性物の店だ。
若い娘から三十代くらいまでの、落ち着いた雰囲気で、それでも可愛らしいデザインの服を扱っている店である。
清楚系か。まぁ悪くない。実のことを言うと、俺はギャル服が趣味なのだが、今俺の趣味は関係ないし、いいか。それに俺の趣味を話すと、ちょっと引かれそうな気がする。ペンシルタイトスカートに革ジャンとか、最高なんだけどなぁ。確かに春川さんには似合っていない。だけどルージュには似合いそうだ。
俺の趣味はとりあえず捨て置いて、俺はルージュを連れてそちらに向かうことにした。ここからならそう遠くない。
「レン、ルージュと春川さんが服を選ぶらしいから、俺たちも先にそっちに合流するぞ」
「え゛っ」
レンが渋い顔をしている。
「大丈夫だ。おもちゃ屋さんにも後で行くから」
「ううん。あのね、ママとね、ママのおようふくかいにいったことがあるの」
相槌を打って先を促した。
「そしたらね、すごーくながくてつかれちゃった」
なるほど、もうすでにその年齢で、女性の服選びがトラウマになっていると。
何というか、可哀想なやつだな。将来レンがハゲないか不安になってきた。
「大丈夫だ。俺に任せろ」
俺はサムズアップを決め、レンの手を引っ張って決戦の場へと向かったのだった。




