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16.正義の反対

11/04、1話目


「マスター、何を言っているのですか。レンをここに置いて行くわけにはいかないでしょう」

「それはレンに決めて欲しい。ただここに残っても、お父さんは帰って来ないかもしれないぞ」


 途端にレンの顔色が暗くなった。

 俺の言ったことが何を意味するのか、レンは理解しているらしい。

 ついにはぽろぽろと涙まで零し始めてしまっている。


「マスター! いい加減にしてください! そんなことをレンに教えてどうするのですか!?」

「じゃあルージュ、お前はレンに父親が必ず帰ってくると誓えるのか?」

「うっ、それは、その……。でも、何かあって帰るのが遅くなっているだけかもしれません」


 俺は改めてレンを見る。


「ルージュの言っていることも間違ってはいない。ここで待っていれば、お父さんが帰ってくる可能性だってある。どうする、レン?」


 レンは未だに泣いているが、それでもその瞳に強い意思が窺えた。


「ぼく、イクトたちといく」

「ふふ、一緒に戦ってくれるのね、レン君」


 春川さんがレンの頭を撫でると、彼は力強く頷いた。


「なおおねえちゃんたちをまもる!」


 春川さんが怖い。きっとこういう人を魔性の女っていうのだと思う。

 ちょっと春川さんをジト目で見ると、心外だというように眉根を寄せられてしまった。


「私だけ悪者みたいなのですが……」

「しょうがないよな。レンはルージュ嫌いだもんなぁ?」

「え、そん……ま、まさか違うだろう? レン?」


 ルージュが涙目だ。


「ちがうよー。ルージュもすきだよー」

「ははは、良かったな。気を使ってもらえて」

「……私はマスターのことが嫌いになるかもしれません」

「私は八雲さんの事、嫌いになったりしませんからね」

「ぐっ、泥棒猫め……!」


 とりあえずこれからの行動指針も決まり、飯を食って少し休んでから出発することにした。

 三十分ほど休憩を取り、レンの服やその他必要そうなものを用意してやる。

 太陽が中点近くになってきた頃、およそ十一時くらいだろうか。全ての準備がやっと整った。

 いよいよ出発だ。


「さ、ルージュ。俺たちを背中に乗せてくれ」

「嫌です。普通にエレベーターで下りて、歩いて向かえばいいじゃないですか?」

「なあ、レン。お前はお気に入りタオルケットとかは持っていないか? 一緒に持って行ってやるぞ」

「たおるけっと?」

「はっはっはっ、気にすることは無いぞ、レン。さ、皆私の背中に乗るのだ」

「私はエレベーターで良かったんですが……」


 全員ルージュの背中に乗り、しっかりと捕まる。

 それを確認したルージュは、ベランダに出て一気に道路へと向かって下りて行った。


「きゃぁぁぁぁぁ!」

「わぁぁぁぁぁ!」


 何やら後ろから絶叫が聞こえてきたような気がする。

 まぁ、きっと気のせいだろう。


 道路に到着すると、そのまま大通りに向かって行ってもらった。

 そっちにエオンがある。

 その途中、少し遠い所に大通りが見えるのだが、そこで俺たちは異様な光景に遭遇した。


「これは、凄いですね。何があったのでしょう?」

「多分車に乗っている時に、あのワニ男にでも襲われたんだろう。それでみんな車を降りて逃げたんじゃないか」


 大通りにずらっと車の行列が並んでいるのだ。

 どれも無人で、周りには人の気配すらない。


「ま、ともかく俺たちはエオンに向かおう。もうすぐそこだ」


 無人の車の列を見ている間に落ち着いたらしいレンが、後ろから声を掛けてきた。


「エオンでおかいものするの?」

「うーん、買い物っていうか、窃盗かしらね」


 春川さんもすっかり落ち着いて、いつも通りだ。


「やめるのだ、奈穂殿。私は仮にも騎士なのだぞ」

「まぁ、人がいたら奪ってでも確保するつもりだし、窃盗というよりは強盗だな」

「マスターもやめてください。どんどん罪が重くなっていきます」

「じゃあ、ルージュだけ飯抜きになるが」

「非常事態ですし、仕方ありませんね。でも、せめて分けてもらうとかにしましょう」

「わるいことするの?」


 それを聞いたルージュが、レンを振り返って神妙な面持ちで首を横に振った。


「それは違うぞ、レン。正義の反対は別の正義があるだけだ。ヒロシ殿が言っていた」

「ヒロシって、だれ?」


 春日部在住のヒロシは多分そんなこと言っていない。

 というか、ルージュはなぜそんなことを知っているんだろう。まぁ、俺の知識なのだろうが。


 そんな会話をしつつ、とっくに着いていたエオンの前を全員ルージュから下りて、遠巻きに観察する。

 見た感じではどこも異常はなさそうだ。

 尤も、人の気配が全くしないというのは、普段であれば異常なのだが。


「中に何かいますね」


 マジか。

 行くのが嫌になってきたぞ。


「ルージュ、欲しいもののリストを作るからさ、お前取って来てくんね?」

「わかりました、と言うとでも?」

「八雲さん、同じ職場だった時はもっと一生懸命仕事してませんでした?」

「イクト、はたらかなきゃだめだよー」


 ちっ、レンにまで言われたら、俺も行くしかあるまい。

 覚悟を決め、エントランスに向かって歩き始めた時だった。


「誰か来ます」


 ルージュの呼びかけに俺たちは一度足を止め、事前に決めておいたフォーメーションを組んだ。

 ルージュが最前衛に立ち、俺が中衛、レンと春川さんが後衛に立つのだ。


「あああああああ!!」

「助け、助けてくれ!」

「ば、化物、化物……」

「死にたくない」

「嫌だ、嫌だ!」


 中から五人の男たちが慌てた様子で出てきた。

 真っ直ぐこっちに向かってきているから、ルージュに向かって言っているわけではない。中で何かあったようだ。

 だが出てきて先頭にいるルージュに気付くと、五人の男たちはぴたりと足を止め、固まってしまった。


「あ、うん、私は化物では……」

「「「わぁぁぁぁぁ!!!」」」


 五人の男たちは、全力でその場を走り去って行く。

 あとに残ったのは、呆然としているルージュ、苦笑いしている俺と春川さん、そしてキョトンとしているレンだけだ。


「ほ、ほら、お前綺麗だから、皆驚いて逃げちゃったんだよ」

「そんなわけないでしょう。まぁ、仕方ありませんね。マスターに褒めて頂いたので、それで我慢します」


 そう言ってルージュは俺を振り返り、ニコリと微笑んだ。

 うん、まぁ本当に綺麗だとは思うが、そこまで言わなくていいだろう。


 それにしてもマジで行きたくなくなってきた。

 この先に何がいるというんだろう。

 俺が盛大に溜息を吐いたのち、俺たちは慎重にドアを潜り抜けて行ったのだった。




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