13.大海の空
11/03、1話目です
名前 :ルージュ
所属PT:アラクネマスター
状態 :健康
体力 :637→637
攻撃力 :517→517
耐久力 :643→643
敏捷 :123→169
反応速度:165→169
魔力 :116→116
魔力耐性:128→128
SP :0→36(+186、-150)
職業 :騎士LV2→4(NEXT:40SP)
スキル : 聖破斬LV1(3/3【15min】)、武装硬化LV1、騎乗LV1
こいつ、ほとんど敏捷に全振りしやがった。
しかもミスリルの剣なんて買ったせいで、未だに一人だけLV5に到達していない。
だが何より腹立たしいのは、それがどうしたと言わんばかりのこの圧倒的なステータスだ。こうなったら、せいぜい扱き使わせてもらおう。
とりあえずレベル上げは終わった。
今日はもうゆっくりと休もう。
まずは腹ごしらえだ。
「レン、冷蔵庫とキッチン借りるぞ」
「うん。ばんごはんつくってくれるの?」
「ああ、簡単なものならな」
俺が冷蔵庫を覗きながら、レンに訊く。
すると、俺たちの会話に春川さんが反応を示した。
「八雲さん、お料理されるんですか?」
「ん、まぁね。レパートリーは多くないけど」
そう言いつつ、献立を考える。
とりあえず冷蔵庫には鶏肉があった。
あとはキッチンを探って、じゃがいも、玉ねぎ、人参があったので、献立は決まる。
「ていうかさ、皆着替えたら?」
出発地点が俺の家だったため、俺の着替えは必要ないが、他の三人はなかなか酷い格好をしていた。
「そうですね。それじゃあ八雲さん、お願いしちゃいますね」
「あ、ついでに風呂も借りちゃえば?」
「はい、そうさせていただきます」
「ルージュは無理かなぁ。あとで春川さんに体拭いてもらえば?」
「必要ありません。私の体は常に消化液で殺菌されているので、マスターたちの何倍も綺麗です」
「ぐ、そういえばそんな習性があったな」
「あ、でも、髪は洗いたいですね。屋上で水浴びできないか見てきます」
「ああ、そういう手もあったか……」
ルージュはそう言うと、早速屋上に向かって行ってしまった。
もうだいぶ慣れてきたけど、上半身女の巨大蜘蛛がマンションを登っていく姿は、やっぱ軽くホラーだよな。
「じゃあ、レン君。一緒にお風呂に入ろっか」
「うん」
……いいな。
いや、いかんいかん。女のいない生活が長かったせいで、軽く飢えてしまっていた。自重せねば。
俺は無心でジャガイモを洗い、芽を取って、皮を切り始めた。
無心で野菜をどんどん切って行き、鶏肉も切って、玉ねぎから鍋に放り込む。
最後に鶏肉を入れるという、ちょっと変わった順番かもしれないが、いいんだ。これが俺流だから。意味は別にないが。
鶏肉の色が変わったら、小麦粉を軽くまぶす。そしてよくかき混ぜ、馴染んだらまたまぶす。かき混ぜる。まぶす。
「シャンプーを忘れました。マスター」
「おう」
それを六回ほど繰り返してから、冷蔵庫にあった牛乳を少しだけ流し込んだ。
また馴染ませるのと流し込むのを交互に繰り返していく。
最後にコンソメをぶち込んで、あとはじっくりコトコト煮込んでいくだけである。
普段なら段々腕が痛くなってくるのだが、なぜか全然平気だ。
もしかしたら、これもステータスを上げたおかげかもしれない。
そうこうしている内に、ルージュが戻ってきた。
「良い香りですね、マスター。こうしてマスターと同じ食卓で同じものが食べられるようになるとは、思ってもみませんでした」
「ん? 食べられるのか?」
「わかりませんが、美味しそうに感じるので、大丈夫でしょう」
本当に大丈夫なのだろうか。
ちょっと不安だが、本人が大丈夫と言っているのだから、信じよう。
しばらくそうしてかき混ぜていると、春川さんとレンも出てきた。
レンは春川さんになぜかべったりとくっついている。
まさか変な病気に感染してしまったのだろうか。
こんな小さな子に変なことを教えるのは勘弁してほしい。
だが春川さんの様子を窺うと、何となくその理由がわかってしまった。
春川さんは女物の服を着ている。多分レンの母親の服である。
きっとそれが原因で、レンは春川さんに甘えているのだ。
うーん、注意した方が良いのだろうか? だけど、レンだって分かってはいるはずだ。今は甘えさえてやった方が良いかもしれない。
「ル、ルージュさん! なんて格好してるんですか!?」
ん? ルージュの格好?
そういえばルージュの背は高い所にあるため、クリームシチューを必死にかき混ぜている俺は、よく見ていなかった。
気になって見上げてみる。
バスタオル一枚だった。
大事な所はちゃんと隠れている。だが確かに、人前でしていい格好ではない。
特に俺の前ではやめて欲しい。俺の忍耐を試しているのか?
「何を今更。もう我々はパーティーなのだ。これぐらい、なんてことは無いだろう」
「八雲さんが、なんてことはあるっていう顔をしています」
「なっ、マ、マスターは私のこんな格好でも、喜んでいただけるのでしょうか?」
「あ、俺も風呂浴びてくるわ。春川さん、あとお願い」
「マスター、逃げましたね……」
何とでも言え。
俺だって色々と限界なんだ。
なぜかお玉をじっと見据える春川さんに後を託し、俺は風呂場へと逃走した。
レンの家の風呂場はかなり広かった。俺のボロアパートとは比べるべくもない。
浴槽も結構広く、のびのびと温まれる。
ああ、気持ち良い。
だけど、こうやっていられるのも、もしかしたら今日で最後かもしれない。
いずれ電気やガス、水道などのライフラインは断たれることになるだろう。
しかしそうなったら、どうしようか。
まだ目的はあるのだが、それが達成されたら、あとはどうやって生き延びて行こう。
何となくの想像だが、俺はきっと長くは生きられない。
薬が製造されなくなるかもしれないのだ。そうしたらどう考えたって、俺は病で死ぬのを待つしかなくなる。
それならいっそのこと、余生は温泉地で過ごすとかもありかもしれない。
箱根、熱海、鬼怒川、草津……、うーん、どこに行こうか。熱海は行ったことないけど、この中だったら鬼怒川が良かったな。
何年も前に、嫁と二人で部屋付き露天風呂に入った。あれは最高の贅沢だった。
俺が思い出に耽っていると、ドアがトントントンと小さくノックされた。レンだ。
「イクトまだ? なおおねえちゃんがずっとまぜてるよ」
「あー、うん、もうちょっと」
……止めればいいのに。
仕方なく俺はさっさと風呂から出ることにした。
風呂から出ると、上は俺のTシャツ、下はミニスカートを履いたルージュが、笑って俺を出迎えた。
「はっはっは、相変わらずマスターは長風呂ですね」
しかしそんな事よりも俺が気になったのは、必死に鍋をかき混ぜている春川さんだった。なんかちょっと怖い。
「春川さん、もういいよ」
「あ、八雲さん、やっと戻って来てくれたんですね。はぁ、助かりました」
俺が出てくるまでずっと混ぜていてくれたんだろうか。時々で良かったのに。
「マスター、付け合せのサラダを作っておきました」
「おう、ありがとう」
「え、いつの間に?」
春川さんが驚いてルージュを見つめる。
反対にルージュは訝しむように春川さんを見た。
「ずっとすぐ傍で作っていたではないか?」
「き、気付きませんでした」
ルージュの体ではキッチンに入れないから、多分材料をレンに取らせて、リビング側から作っていたのだろう。
そしてそれにも気付かず、ずっと春川さんはシチューを混ぜていたらしい。
たまたまシチューを作ったことが無かったんだろうな。そういうことにしておこう。
ルージュの作ったサラダは普通だった。
俺が普段作るように、ちゃんと盛り付けもしてある。多分俺の作っていた姿を見ていたんだろうが、凄く意外だ。
春川さんがずっと混ぜてくれていたホワイトシチューと、ルージュの作ったサラダを食卓に並べて、俺たちは飯を食うことにした。
「八雲さんの作ってくれたシチュー、すごく美味しいですよ」
「うん、おいしい」
「マスターはお料理得意ですものね」
「ああ、ありがとう。まぁ、春川さんがずっと混ぜていてくれたおかげもあるよ」
「いえ、私、料理したことが無くって。……良かったら、そのうち教えてくれませんか?」
「ああ、いいよ」
うん、じゃないと俺が料理当番にさせられる。
俺の料理の腕は悪くないとは思うが、料理人顔負け、というほどではないと思うし、別に俺が料理好きというわけでもない。できれば交代でやっていきたいと思う。
食事も終わり、片付けを始めている時、それは起きた。
部屋中の電気が消えてしまったのだ。
こういう災害(?)時は自衛隊が真っ先にインフラ関係の施設を守りに行くと、何かで聞いたことがある気がする。
それが一日で使えなくなってしまうとは。
俺だってモンスターを倒せたのに、一体どうなっているのだろう。
しかしもう使えなくなってしまったものはしょうがないので、片付けは明日明るくなってからにすることにした。
どうか“|名前を呼んではいけないアイツ《黒い悪魔》”が出ませんように。
今まで我が家では、軍曹が何とかしてくれていたからGを見る機会はなかったが、相棒はこんなにも大きく成長してしまった。今更Gなど食べないだろう。普通にクリームシチュー食べてるぐらいだし。
Gが出ないことを祈りつつ、俺は外の様子を窺った。
外も真っ暗だ。
ここからは大通りや大型スーパーが見えるはずなのだが、今は何も見えない。
車が見えないというのは少し不思議だけど、そんなことを気にしてても仕方ないか。
街から明かりが消えた代わりに星空が綺麗だった。
春っていうと、あまり星座のイメージが無いのだが、星の海みたいだ。
いや、うん。いくらなんでもおかしくないか。
「なっ?!」
そんな風に空を見上げていた俺は、あるものを見つけて絶句してしまった。やっぱりここは異世界なのかもしれない。




