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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第七章 竜の山と旅人達
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099:焼き菓子

「すみません、こんな遅くまで……」

「いいえ、気を付けて帰ってね」

 メローラは、アイリスを玄関先まで見送った。アイリスはぺこり、と頭を下げた。

 メローラと話し込んでいるうちに、気が付けば、すっかり遅い時間になってしまっていた。アイリスが宿までの道を小走りで行くと、ジェスが、向こうから現れた。

「あ、アイリス」

「ジェスさん、お疲れ様です」

「ちょうど良かった、迎えに行こうと思ってたんだよ」

 アイリスは恐縮した。

「ご、ごめんなさい、私から迎えに行くべきですよね」

「何で?」

 ジェスはきょとんとした。アイリスは恐縮する。ジェスやライは魔物退治で疲れているのだから。

「ううん、僕がちょっとアイリスと話したかったんだよ」



 街の中心にある図書館には、少し大きめの庭がある。二人はそこのベンチに腰掛けた。

「僕、ライに怒られたんだよ」

「ライさんに? 何でですか?」

「ぐだぐだ考えないで、言いたいことがあるならはっきり言わないと伝わらないぞって」

 その言葉に、アイリスは、胸を突かれた。

「僕はあんまり、そんなつもりはないんだけどね」

「えっと、ジェスさん、何か私に言いたいこと、あるんですか……?」

 アイリスはジェスに尋ねた。

「うん。僕、旅が好きでさ。小さい時からそれが当たり前だったからなのか、あまり一つの場所に留まってられないんだよね」

 だから、ジェスは自分の両親が、年齢を理由に冒険者を止め、カステールの街で宿屋を始めた時、一人で旅立った。

 自分の剣の腕で、誰かの役に立ちたいと思ったのも理由だったが、それでもあえて冒険者になったのは、やはり自分の中で、旅をしていたいという思いが強かったからだ。

「でも、ライやマリラ、アイリスも、僕と同じだとは限らないんだよね。だから、不安になったんだ、僕……」

 ライは、王位継承の争いから逃れるために、城を出た。

 マリラは、貧しい生まれを理由に、魔法学園を追い出された過去があった。

 アイリスは、偽の神託を聞かされ、聖女として旅立つことを義務づけられた。

 それぞれが抱えていた、旅の理由があって、そして、四人で旅するうちに、それぞれ、その理由から解放された。

「ライとマリラにも、後でそれぞれ、聞くつもりなんだけど……。これからもアイリスは、旅を続けたい?」



 次の日、アイリスは、メローラの家を訪ねた。

「いらっしゃい、アイリス、今、ちょうどお菓子が焼き上がったところなの」

 自分のために焼き菓子を準備してくれていたメローラの優しい微笑みに、アイリスの胸は締め付けられた。

「あの……お邪魔します」

 アイリスは礼をして、家の中に入る。メローラは、そんなアイリスの頭を撫でた。

「……そんな顔、しないでちょうだい、アイリス」

「メローラ、さん」

「ごめんなさい、あなたを困らせるつもりはなかったのよ。ただ……あなたがあまりに娘に似ていたものだから、私もつい、あんなことを言ってしまったのね」

 アイリスは俯いた。

 俯いたが、昨日一晩考えてきた言葉を、必死に伝える。

「私、本当に、旅が好きなんです」

 大切な仲間と出会ってからは、心からそう思った。

「私、ずっと、修道院の中でだけ育っていて、全然、世界のことを知らなくて。色んな場所に行って、色んな物を見て、新しいことを知るたびに、本当に嬉しいと思うんです」

 アイリスは、貴族の子女として、また修道女として、厳しくおしとやかにと育てられてきた。

 だから、自分の中に、鳥のように自由に世界を飛び回りたい、こんな思いがあることに、ずっと気付かなかった。

「だから、私、旅を、続けたくて……。メローラさんが、私を迎えてくださるのは、う、嬉しいんですけど、私……」

 一生懸命に伝える言葉は、涙交じりになってしまう。

 メローラは、そんなアイリスをそっと抱きしめた。

「あなたは優しい子ね」

 アイリスを見た時、直感で、娘と似ていると思った。

 容姿や年頃もそうだが――何より、この、優しい心根だろう。

 あの子もそうだった。

 遠くの村から出稼ぎに来た若者に恋をし、彼の元に嫁ぐ時、娘は、母親を一人にしてしまうことを、心配して泣いた。


 落ち着いたアイリスは、メローラに一枚の肖像画を見せてもらった。今より若いメローラと、自分と同じくらいの娘が並んで座っている。

「娘が嫁ぐ前に、描いてもらったものなのよ」

「……。はい、あの……」

「だいぶ昔になるわ。十八年前――娘の嫁いだ村は、魔物に全滅させられたの」

 アイリスは言葉を失った。

 当時のことを思い出し、メローラは険しい表情となった。

 アイリスは、どうしてメローラが自分を魔物退治に参加させたくなかったのか、その本当の理由を悟った。

「村人の中で助かったのは、小さな子供が一人だけと聞いているわ。今はもうその村はなくて……。娘も含めて、村人は皆そこに国の兵士の手で埋葬されたの。村はだいぶ遠くて、なかなかお墓にお参りすることもできなくて……」

「そんな……」

「もし、もし――この村に行くことがあれば、私の代わりに、娘に花を供えてもらえないかしら」

 アイリスは力いっぱい頷いた。

「はい、必ず」

「……ありがとう。どうか、気をつけてね」

 庭から入ってきた風が、爽やかな花の香りを運んできた。

 アイリスは何度も頷いて、そして、メローラに抱き着く。その姿は、まるで祖母と孫のようだった。

 もしかしたら、アイリスにもこんな穏やかな生活があったのかもしれないと思う。運命は小石を重ねていくような、奇跡のような積み重ねの上にあって、一つ何かが違えば、まったく違う場所に辿りつくこともあって――。

 そんな目に見えない力の流れを、アイリスは確かに感じた。



「ありがとうございました」

 魔物退治の報酬を受け取ったジェスは、メローラに礼を言った。

「こちらこそ、ありがとうございました。皆さんはこれから、どちらへ?」

「はい。山を登って、ホルンの神殿に行ってみようと思っています」

 竜の背との異名を持つ、バーテバラル山脈。その山間に、ホルンという名の村と、神殿があると、ジェスは地図で知った。聞けば、龍を祀る神殿の中では、かなり古く歴史があるものらしい。

「そうですか。バーテバラルの山は、魔物こそ少ないですが、道は険しいと聞いています。気を付けて下さい」

 はい、とジェスは頷く。

 そして、メローラは、ジェスに金貨の袋の他にもう一つ、包みを渡した。軽くてほんのりと温かい。

「これは……?」

「焼き菓子です。砂糖がたくさん入っていますから、旅の食事にもいいでしょう」

 包みから漂う甘い匂いに、マリラは頬を緩めた。

「まあ、食べるのが楽しみね」

「はい、とっても美味しいんですよ」

 アイリスが笑顔で答える。

 そんなやり取りをしながら、旅立っていく冒険者達を、メローラは優しく見送った。

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