表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第七章 竜の山と旅人達
97/162

097:お茶会

 マリラは、宿の部屋で一人、黙々とペンを動かして、借りてきた魔術書の写本をしていた。一言一句間違えないように集中する。

 書き写した本は、図書館に納品する。マリラにとっては、本を読みながらできる仕事はむしろ楽しいもので、貴重な魔術書が読めるなら一石二鳥だ。


「この本、全部お金を払って借りたわけじゃないから、安心して」

 ジェスの問いに、マリラは写本の仕事を請けたのだと説明した。

「魔術書っていうのは、大体は手で写本するの」

「しかし面倒だな。版で印刷しないのか?」

「そうしない理由は三つね。そこまで需要がないから、版を作る方が面倒というのが一つ。次に、やたら魔術書が出回ると、十分な知識のない人の手にまで技術が流出して危険なのが一つ。そして、版を作ること自体が危険というのが一つ」

「危険?」

「古代文字はそれだけで力を持つから、本などに力のある古代文字を書く場合、意味を持たないように鏡文字にすることがあるの」

 アイリスが、あ、と声をあげた。その話は、以前も聞いたことがある。

「鏡文字を版にしちゃうと、逆さになってもとの文字に戻っちゃうんですね」

「そういうこと」

 この作業は、古代語の知識があるマリラ以外では手伝えないので、残りの三人は別の仕事に出ている。

 本を書き写し続けながら、さすがに手が疲れたので、伸びをする。

「んー、……三人は今頃、どうしてるかしらね」



 ジェス、ライ、アイリスの三人は、ウィンガの街の町長のところに向かっていた。

 先日、ライが町長に無人屋敷のことを報告がてら、挨拶に行った際、自分達は冒険者であり、魔物退治などの仕事があればぜひ請けたいと言っていたのだ。

「無人の屋敷の件も含め、全体にこの領は財政難で、辺境警備も甘いんだと。だから近辺の魔物退治をしてくれるとありがたいってさ」

「へえ……」

 どうも話を聞く限り、ここの領主はポンコツのようだ。しかし、その中でもウィンガの街は、図書館から出た収益をやりくりし、税を納めてもまだ十分な資金力があるらしいと、ライは街の様子や、町長との話から察していた。

 つまり、報酬を貰えなくなる心配はない。

「ここらでしっかり路銀を稼いでおきたいな」

「そうだね、何だかんだ、最近は資金不足だったし」

 話しながら歩いていると、手入れの行き届いた綺麗な庭のある家に辿り着く。ライは、扉の呼び鈴を鳴らした。


 鈴の鳴る音に、メローラは本を読む手を止めて、立ち上がった。

 先日に約束していた冒険者の一行だろう。

 メローラは、冒険者といえば、粗野な荒くれ者ばかりだと思っていたので、昨日訪ねてきた二人には少し驚いた。

 背の高い青年は、口調こそくだけているが、貴族のように洗練された振る舞いだったし、金の髪の女性には、とても教養があると感じた。

 彼らは、ここから少し離れたところに、無人の屋敷があり、魔物の温床になるので、警備隊に知らせて、正式に焼き払ってもらった方がいいと言ってくれた。わざわざ知らせに来てくれた彼らに、メローラは感謝した。

 そして、魔物退治などの依頼があればぜひ請けたいという彼らの申し出も、メローラにとって嬉しいものだった。この街の町長として、メローラは周辺の魔物を滅し、街の安全を守らなければならないと強く誓っている。

「はい、どうぞ」

 メローラが玄関の扉を開けると、先日の青年がいた。その横には、剣士らしい黒髪の青年と、水色の髪の少女――。

「……!」

 メローラは息を飲んだ。


「えっ?」

 アイリスは思わず声をあげた。

 家から出てきた初老の女性が、自分を見て、驚いた顔をしたからだ。

「……あ、いえ、お待ちしておりました。改めて、町長のメローラと申します」

「ジェスです。よろしくお願いします」

「アイリスです」

 ジェスは笑顔でメローラに答え、アイリスも礼をした。

「どうぞお入り下さい。今、お茶を用意しますので」

「……。いえ、お気遣いなく」

 ライも、メローラの動揺を読み取ってはいたが、とりあえず何も言わずにおいた。

 三人は部屋に通され、それぞれ椅子に腰かける。待っていると、メローラがお茶を入れてくれた。

「お願いしたいのは、街周辺の魔物の退治です。特定の魔物というわけではありません」

「では、僕達から出向くというより、街の警備に近い形ですか?」

「はい、目的は魔物から街を守ることです」

 ジェスとメローラが、依頼の細かい内容をつめていく。

「ええと……この街は大きくて活気もあるし、めったに魔物から街に入ってくることはないと思いますが」

「万が一ということもあります」

 メローラがきっぱり言ったので、ジェスはそれ以上の追及はしなかったが、意見を求めてライを見た。

 ライも若干不可解に思う。メローラの依頼は、例えるなら、畑以外の場所に生えている雑草を、念のため抜いておくようなものだからだ。意味がないとは言わないが、キリはない。

 だがまあ、依頼内容はむしろ気楽でもある。いいんじゃないか、と頷いて返した。

「分かりました。僕達はこの街には三日ほどいる予定だから、その間は街の周りで魔物の退治を続けますね」

 この三日というのは、マリラが写本にかかる日数だ。

 報酬の額も決め、依頼が成立する。

「じゃ、さっそく行こうか。僕達三人で、どこまで魔物が倒せるかはやってみないとだけど」

「はい」

 アイリスは答えて席を立った。その時、メローラの持つカップが、皿に当たってカチャリと大きな音を立てた。

「――待って、下さい」

「なんですか?」

 メローラは、驚いたような表情をしている。

「まさか……あなた方は、彼女も……アイリスさんも魔物退治に連れていくのですか?」

「……? ええ」

 ジェスが答えると、メローラははっきりと言った。

「それはなりません」


 急な展開に、ジェス達は困惑した。

「……えっ、それは……」

「当たり前でしょう、幼い少女を魔物退治に連れていくなど、何を考えているのですか!」

「え? あ、あの、ですが……」

 ジェスはライを見る。ライも正直困ったが、とりあえず、メローラにアイリスのことを説明する。

「アイリスは俺達とずっと旅をしているし、魔物との戦いも何度も経験しています。アイリス自身も神聖魔法のかなりの使い手で、一応自分の身を守るくらいは……」

「いいえ、常識というものがあります。幼い彼女にそんな危険を冒させるようであるなら、私はあなた方に魔物退治を頼むわけにいきません」

「……。」

 有無を許さない厳しい口調で、言い切られてしまう。

 ジェスとライは、互いに顔を見合わせた。アイリスを見ると、困った顔をしている。

「アイリス……どうする?」

「は、はい。えっと」

「ここは、アイリスのしたいようにしていいよ」

「……。」

 アイリスは俯いた。

「僕とライで依頼を請けることもできるし、アイリスが嫌なら、今回の話は断ってもいいし」

「ですが……。」

 アイリスは迷ったが、俯いたまま答えた。

「……お手伝いできなくて、すみません。気をつけて……行ってきて下さい。もし怪我をしたら、すぐに戻ってきて下さいね」

「……ん、任せとけ」

 ライは軽い調子で答えたが、釈然とはしていなかった。



 アイリスは、メローラと応接間で二人、お茶をしていた。

 本当はアイリスも、ジェス達と一緒に失礼し、先に宿に戻るつもりだったのだが、ぜひにと誘われ、断れきれずにここに一人残っている。

「あ、あの……本当によろしいんでしょうか」

 お茶菓子には甘いパンと果実のジャムを添えたのを出された。甘さと酸っぱさが絶妙のバランスで、とても美味しい。

 だけど、自分たち以外の仲間が仕事をしている中、こんな事をしていていいのだろうか?

 メローラは微笑んだ。

「いいのよ、一人ではなかなか食べきれないの」

「……。お一人で暮らしていらっしゃるんですか?」

 メローラは、夫や子供、ひょっとしたら孫がいてもおかしくない年だ。だが、確かにこの家には他に人の気配がない。

「夫と、娘がいたのだけれど……随分前に、先立たれてしまって。弟夫婦は近くに住んでいるのだけど」

 見ているこちらが切なくなるくらい、寂しそうな顔をしたので、アイリスは慌てて謝った。

「すみません、私……」

「いいえ、あなたが謝ることじゃないわ」

 メローラは上品な笑みを浮かべ、お茶のお代わりをアイリスに勧める。

「こんなお婆ちゃんのお話より、あなたのお話を聞かせてちょうだい」

「え……私の話、ですか」

 そう言われても、アイリスは何を話していいものか困る。

 話になりそうな冒険談はいくらでもあるのだが、アイリスは自分の話をするのがもともとあまり得意ではない。

 第一、さっきの様子から、メローラにそれを聞かせるのはあまり愉快な思いをさせなさそうだし……。

「そう。旅をしているんですって? 危なくはないの?」

「仲間の皆さんと一緒に旅をしてますから……」

「でも……魔物とも遭うんでしょう」

「はい、ありますが……でも、皆さんと一緒なら、大丈夫です」

「そう……でも、ご家族の方は心配されないかしら」

 アイリスはどう答えたものか少し迷った。

 アイリスは、血の繋がった実の家族をほとんど知らない。アイリスにとっては修道院の皆が家族代わりではあるが。

 うまく答えられずにいると、今度はメローラが申し訳なさそうな顔をした。

「ごめんなさい、立ち入った事を聞いてしまったわ」

「あ、いえ。私、色々あって修道院で育ったんです」

 そう答えると、メローラは口に手をあてて、まあ、と言った。優しく、慈しむような目でアイリスを見る。

「ねえ、アイリス。良かったらまたお茶に来て。美味しいお菓子を焼いて待ってるからね」

「え……」

 風が吹き、庭の花が静かに揺れた。綺麗に整えられた花は、メローラが自分で手入れしているのだろう。穏やかな午後の陽射しが差し込む部屋には、読みかけらしい本に、栞が挟まれている。

「……。はい」

 アイリスは頷いて、微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ