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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第七章 竜の山と旅人達
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096:本の街

 山の麓、空気の澄んだ街は、爽やかな木の香りがしている。

「やっと着いたー!」

 ジェス達一行は、本の街ウィンガに到着した。


「素敵! こんなにたくさん図書館や本屋があるなんて!」

 街の入り口にある案内板を見たマリラは、興奮して言った。

「本もいいけど、まず宿屋な」

 ライが言うと、マリラはちょっと残念そうに頷く。

 だが、長く野営を続け、魔物と戦いながらこの街について、疲れていたのも確かだ。

「じゃあ、マリラは先に街を見てきたら? 僕達で宿を取っとくからさ」

「いいの?」

 ジェスが言うと、マリラは嬉しそうにした。

「おいおい……ま、いいか。じゃ、先に宿で休んでてくれ」

「あれ? ライも行くの?」

 ジェスが聞くと、ライは頭を掻いた。

「この街のそれなりの地位の人間に、ピアの屋敷の件を報告しときたいんだ。一旦は俺達が片付けたけど、無人の屋敷が放置されてたら、また魔物が発生するだろ」

 ライも、一応はドラゴニア王家の人間としての義理があるし、治安の問題は放っておけない。

「そっか、分かった。じゃ、後でね」

 ライはジェスに手を上げて答え、マリラと並んで、街の中心部へと歩いていく。

 アイリスはそんな二人の背中を見送りながら、んー、と首を傾げた。

「どうしたの、アイリス?」

「あ、いえ、何でもないです」


 この街は、本が集まる街として有名だ。

 もとは、ドラゴニア王家の重要な書物を、戦禍を避けて王都から離れた砦で保管したのが街の始まりだった。

 そこから、書かれた本はウィンガに集められるようになり、魔法使いや学者が集まるようになる。バーテバラル山脈の近くの街は木や水が豊富で、製紙に向いていたこともあり、今では出版も盛んとなっている。

 ライは宿の部屋に入るなり、どさり、と本をテーブルに置いた。かなり重量感のある音がした。

「うおお、重かった……」

「ありがと、ライ」

 そう言うマリラは、さっそく本を読み始めている。

 ライの用事はさっさと済んだのだが、とにかくマリラの図書館巡りが長かった。本棚の間を行ったり来たりしながら、本を借りられるだけ借りてきた。

 その様子にジェスは笑う。

「ディーネの街でも、似たような感じだったね」

「マリラさん、楽しそうでしたもんね」

 以前に行ったディーネの街にも大きな魔術書専用の図書室があり、街に滞在している間、マリラは暇を見つけては入り浸っていた。ちなみにその間、ジェスは暇だったので、ライによく剣の練習に付き合ってもらっていた。

 そんな話をしている横で、ライは抱えてきた本のうち、薄めの本を取り出すと、椅子に座ってそれを読み始めた。

「あれ、ライさんも本借りてきたんですか?」

「せっかく本の街に来て、本を読まないのもな。ここの図書館は、ディーネと違って娯楽小説も置いてるぜ」

 ライが本を読むところを始めて見たジェスとアイリス。何を読んでいるのか……。気になって背表紙を除きこむ。

「『禁断の恋~夜の白薔薇編』……?」

「その、恋愛小説……ですか?」

「割と人気だぜ。二年ぶりか。新刊が出てたんだなあ、この作家」

 ライはそして本に集中する。ちょっと意外な一面を見た。



 次の日、ジェスとアイリスは図書館に来ていた。

 せっかく来たのなら、国一番の規模を誇る図書館を見なければ損と、宿屋の主人にも勧められたのだ。

「うわあ……本がたくさんあるね」

 独特の紙の匂いがする。アイリスも頷いた。

 二人はゆっくりと本棚の間を散歩するように歩く。あまりにたくさん本がありすぎて、何を読もうか迷う。

「あ、これ、ライさんの読んでた本ですよ」

 比較的手前の棚に、同じ作者の本がたくさん置かれている。

 ライの言う通り、人気の作家らしい。アイリスはそれを一冊手に取って、少し立ち読みし始めた。

「…………。――――!」

 ぼふっ、と音を立てそうな勢いで、アイリスの顔が真っ赤になる。アイリスは慌てて棚に本を戻した。

「どうしたの、アイリス?」

「な、何でもありませんっ」

 ぱたぱたと手で扇いで顔の熱を冷ますアイリス。ジェスはのんびりと本の背表紙を眺めた。

 ジェスは、昔からほとんど本を読んだことがない。

 冒険者の両親に連れられて旅をしていたからというのもあるが、そもそも本を日常的に読むのは、貴族や学者、魔法使いなど、限られた人くらいだ。

 この街の図書館も、実は本を借りるのはまったくのタダというわけではない。あらかじめ借り賃を払って本を借り、本を期限内に返せば、その9割が戻る、という仕組みだと、図書館に入る前に説明された。

「あれ、じゃあマリラ、一体いくら払ったんだろ……」

 まあ、今はそれは考えないことにしよう。

 アイリスは、龍の伝承に関する本を借りてきた。修道院時代によく勉強しただろうが、彼女らしいと、ジェスは思う。

「ジェスさんはどうします?」

「うーん、僕、ちゃんと本読んだことないからなあ……。簡単な本じゃないと、読みきれないかも」

 ジェスが正直に言うと、アイリスは少し考えた。

「……ジェスさんは、こういうのはどうでしょう?」



 ジェスとアイリスが宿に戻って来た時、マリラは机に向かってペンを走らせていた。ライはベッドに寝転がりながら、本の続きを読んでいる。

「あら、お帰りなさい」

「僕達も本を借りてきたよ」

 そう言ってジェスは、自分の借りてきた本を開いた。

「ん、ジェスは何を?」

 ライは起き上がって横から覗く。

 ジェスが見ていたのは、文字のほとんどない本――地図だった。

「世界中の地図だって」

 そうして、ジェスは地図を指でなぞって辿る。

 ジェスは、旅が好きだ。

 知らない場所に行くのを、純粋に楽しいと思う。地図を見て、まだ行ったことのない場所に思いを馳せる。

 それと同時に、知っている地名や街の名前を見つけては、記憶を手繰り寄せる。

「あ、ここ昔行った。こんな場所にあったんだ……」

「こんな遠い場所にですか?」

「十歳くらいの時かな。雪で街から冬中出られなくて、雪遊びして……。剣の素振りとか言われながら、薪割りの手伝いして」

 懐かしいなあ、とジェスは言う。

「あ、ここも知ってる。もっと小さい時に行ったかな」

「ご両親と、本当にあちこちに行ったんですね……。」

「ここの遺跡で迷子になってさ。歩き回っているうちに僕だけ先に出ちゃったんだけど、父さんと母さんは僕を探したまま、遺跡の中で一週間以上さまよってて。お互いに会った時、よく生きてたー! って言い合ったよ」

「すごいですね……。」

 ジェスはうんうん、と頷く。

「あ、この森も行った」

「この森、危険って書いてありますが……」

「うん。広くて迷って、ひと月くらいは出られなかった。でも、森だから、食べるものたくさんあったし、これはそんな辛くなかったよ」

「……は、はあ」

 一緒に地図を見ていたアイリスだけでなく、ライとマリラも、それぞれの手を止めて、ジェスの話を聞いていた。

 ジェスは武勇伝を進んで語るタイプではない――というより昔からこんな生活が当たり前だったから、武勇伝という意識もないのかもしれない――ので、聞けば聞くほど、まだ知らない話がありそうだった。

「ジェスの思い出話は、そこらの冒険小説よりずっと厚みがありそうだな」

 ライはそう言って、くくっと笑った。

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