095:魔法剣
一行は森の中で、焚き火を起こしながら、食事の準備をしていた。
パチパチと火の爆ぜる音がした。
「うん、そろそろいいかな」
ジェスは森で採ってきた茸と、石を投げて獲った鳥の肉を使って、スープを作っていた。
「うん、美味しいわね」
「よくダシが出てるよね」
「おお、今日はご馳走だな」
アイリスの食前の祈りを終え、食事を始める。今日の食事は不味くないが、さすがにそろそろ街に着きたいとも思う。
幽霊屋敷の件が片付き、一行は再び北に向かって進みだした。目指すは本の街ウィンガだ。
食事を終えると、マリラはジェスに尋ねた。
「そういえば、ちゃんと調べたかったんだけど、ジェスの剣」
「え? ああ」
ジェスは自分の腰に提げている剣に目をやった。
屋敷で前の剣を失い、代わりにこの剣を手に入れて以来、ジェスはこの新しい白銀の剣を使っている。
今日も二回ほど魔物との戦闘があったが、その中でジェスがこの剣を抜くと、剣は応えるように黒く輝いた。魔物に触れるとその体を容易く切り裂いた。
「そうそう、僕も疑問だったんだよね、戦闘の時だけ凄いからさ」
「……いや俺は、お前のその、よく分からないことをそのままにしておく、大らかさがすごいと思うぜ……」
ライが突っ込む。マリラはジェスから剣を鞘ごと受け取ると、ゆっくりとそれを抜いた。鞘から、白銀に磨かれた細身の美しい刀身が現れる。
「うーん……さすがに見ただけじゃ分からないけど……今までジェスが使っているところを見る限り、魔法剣じゃないかと思うのよ」
マリラは、焚き火の明かりで、剣を眺めながらそう言った。
「魔法剣?」
「私もそこまで詳しくはないんだけど、特殊な素材を使っていて……簡単に言うと、使い手の中に流れる魔法の力を剣に反映させるの」
むむ、と一同が微妙な顔をしたので、マリラはやってみる方が早い、と、魔法剣を試してみることにした。
マリラの腕では剣は重いので、持ち上げることはせず、切っ先を地面につけたままでその柄を握る。
マリラは呪文を唱える時と同じ要領で、精神を集中させた。
すると、剣が赤く輝き、炎に包まれた。
「わあ!」
ジェスが驚いた。ライやアイリスも目を丸くする。
「……付与魔法なのか?」
「それに近いことができるみたいね」
マリラは精神の集中を止めた。剣を包む炎が消え、色も銀に戻る。
「だけど、僕の時は、炎じゃなくて……何かこう、黒い光に包まれたけど」
「多分、本人の属性に左右されるんでしょうね。ジェスには闇の属性が多く流れているのよ」
「へえ……」
ジェスは立ち上がり、マリラから剣を受け取って構え、目の前に魔物がいるかのように想像し、集中する。剣は黒曜石のような色となり、黒い蔦のようなオーラが迸って剣を包んだ。
剣に魔法の力を上乗せする魔法剣は、その分威力が高い。アイリスの使う〈祝福〉の魔法と効果は似ている。魔物を簡単に切り裂いたのもこの力だろう。
ジェスはそのまま剣を、近くの木に向かって振るった。
衝撃波が生じ、木の幹を一刀両断する。ドン、と音を立てて木が倒れ、衝撃で地面が揺れる。近くの鳥が一斉に飛び立った。
「うわあ……。ちょっと、念じすぎた、かな? 今ので何か急に疲れた気がするし……。」
「魔法と同じで、使えば精神力を消費するのかもね」
マリラはジェスの黒い剣を興味深そうに見ている。
「すげえな……。属性に左右されるってことは、人によって違うものが出るってことだろ?」
「そうね。せっかくだから、皆、試してみたら?」
アイリスはドキドキしながら剣に触れた。
「そんな緊張しなくても」
「えっ、はい。でも、そもそも剣を握るのが初めてです」
「そっか……あれ?」
アイリスが剣の柄を握ったが、剣は何の変化もない。
「うーん。魔法を唱える時と同じ要領で、力の流れを感じとって、剣に流すのだけど……」
マリラが説明するが、アイリスは首を捻る。
神聖魔法と古代語魔法は、同じ魔法といっても、その力の捉え方がまるで違うからだ。
それでも、しばらく試行錯誤しているうちに、コツを掴んだらしい。剣から、夕日のようにオレンジ色がかかったぼんやりとした金色の光が放たれ、剣を包み込む。
「あっ、これ、何ですか?」
「これは地属性ね。でも何だか、アイリスの力、暖かい。武器に宿すにはそぐわないわね」
よく耕された、畑の土のような温かさだ。剣の放つ光に指先で触れながら、マリラは微笑んだ。
次にライが剣を握ってみる。精神を集中させてみるが――何も起こらない。
ある程度予想はしていたが、その後しばらく試しても、剣はうんともすんとも言わない。
「むむ……」
「ライは魔法使ったことないからね……。発現させるのは、難しいかも」
マリラにしたって、普段から魔法を使っているから、こうしてすぐに剣に力を込められたが、最初に杖で魔法を使えるようになるまでには、訓練を要したのだ。
「何か悔しいな、俺だけ何の属性もねえみたいで」
「それはないと思うけど」
「魔法は素質、だったか……おっ?」
一瞬、剣が光る。ふわ、と白と緑の、微かな煙のようなオーラが剣を包み、すぐに消えた。
「今の、何でしょう?」
「これは……珍しいかも。光属性と風属性ね」
人の体に流れる属性は一種類ということはなく、光、闇、風、地、炎、水の六種類すべてが流れていることがほとんどだ。ただ、その割合は人によって大きく異なる。
ライはどうやら、光と風の二つの属性を強く持っているようだ。
「訓練次第では、二つの属性を乗せた、かなり強力な魔法剣を使える可能性はあるけど」
「いや、俺は無理だろ……。こっちに集中しすぎて、体が動かねえんじゃ意味ねえよ」
そういうライは、かなり疲れたのか、首を大きく回した。
結局のところ、魔法剣の難しさはそこにある。
剣に魔法の力を加えれば威力は大きくなるが、使い手は、剣技と魔法、どちらも同時に使う必要がある。マリラだって、激しく動きながら呪文を唱えるようなことはできない。
「なんでジェスは、急にできるようになったんだ? そもそも、これがそんな特別な剣だって知らなかったんだし」
「……さあ?」
そう言われても、ジェス本人が一番分かっていない。
「ひょっとしたら、ジェスは今まで魔法を使わなかっただけで、実はすごい魔法の素質があるんじゃ……」
マリラが腕を組むと、ジェスは頬をかいた。
「うーん。でも、僕は、昔から外で体を動かす方が好きだったし、魔法使いより剣士でいたいかなあ」
ジェスは、ライから剣を受け取ると、魔法剣は発動させずに、その剣で軽く素振りを始めた。
「よく分からないけど、嬉しいかな。僕、あんまり重い剣を持てなくて、攻撃力に欠けるところがあったから」
その弱点が、魔法剣を使えば補えるようになる。
「そうね、その剣は貴重なものだから、大事にした方がいいわ」
「うん」
ジェスは素振りを終えると、倒れた丸太にもたれかかる。ふああ、と欠伸をしたかと思うと、すぐに目を閉じる。
「……ったく、ジェスはすごいよなあ」
ライはその様子に苦笑した。その『すごい』が、魔法剣のことを指しているわけではないことは、マリラもアイリスも分かっているので、二人もちょっと笑った。




