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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第六章 恐怖の幽霊屋敷
93/162

093:家族の記憶

「んん……」

 マリラは目を覚ました。すると、横にアイリスがいた。

「おはようございます、マリラさん」

「ああ……時間はもう昼頃かしら……?」

 髪を手櫛で整えながら、マリラはぼんやりと呟く。周りを見渡すと、眠るライと、剣の手入れをしながら休んでいるジェスがいた。

「大丈夫、マリラ? どこも痛まない?」

「あ……」

 そこでマリラは、自分の体、特に足の怪我が治っていることに気付く。

「寝ている間にアイリスが治してくれたのね、ありがとう」

 マリラはアイリスの頭を撫でた。

 あれから、氷の棺の部屋を出た一行は、一旦、結界で守られた書庫へと戻った。四人とも疲れていたし、魔法使いの残した手記を読んで、ピアの解放の方法を探さなければいけない。

 それに、ピアを夫の傍に居させてあげたいと思った。

 ジェスが見張りをしている間、マリラ、アイリス、ライは書庫で泥のように眠った。ただし――ライだけはマリラの魔法で眠らせた。

 ライは、足の折れたマリラを抱えてこの部屋まで来る途中、こっそりと小声でそれを頼んだ。

「疲れてるところ、悪いんだが……魔法で、眠らせてもらっていいか?」

「……。」

 マリラは何も言わずに頷く。抵抗しない相手を眠らせるのなら、難しいことではない。

 ライは、本当にひどい悪夢を見続けたのだと、分かる。しかもそれはただの夢ではなく、ライの過去――ライの心の傷そのものなのだから。

 もうあの魔物はいなくても、今のライは悪夢を見るかもしれない。ライはそれが怖いのだ。

「もし、嫌でなければ……話、聞くわよ」

 マリラはそう言ったが、ライは苦笑しただけだった。今はまだ、話せることではないのかもしれない。

 ライが起きるまではそっとしてあげようと、一行は部屋で静かにしていた。ライの件は、ジェスもマリラから大体聞いていた。

「……あのさ、聞いていいかな」

 ジェスが、静かにマリラとアイリスに尋ねた。

「あの魔物に眠らされていた時、僕達は、それぞれ過去の出来事を見たんだよね?」

「そうね」

「……私もそうです」

 それを聞き、ジェスは何とも言えない顔をした。

「僕は、自分の見た夢がよく分からなかったんだ」

 ジェスは胸を押さえた。

「確かに、何だか胸が苦しくなるような……そんな気はしたんだけど……。僕の記憶にない夢だったんだよ」

「え……?」

「そうだ、夢の中で、僕は誰かにずっと話しかけられていたんだけど、何を言っていたのか、分からなくて」

「……。」

 マリラとアイリスは顔を見合わせた。

 だが、二人とも、何とも言いようがない。

「マリラの唱える呪文の響きに似ていたかもしれないんだ、その言葉。マリラなら意味が分かるかもしれない」

「古代語なの? とりあえず聞かせてくれる?」

 ジェスは、夢の中で聞いた言葉のうち、何度も響いていた音を、記憶を手繰り寄せて、真似て発音した。他にも何か言われていたと思うが、あとは分からなかった。

「えっ……」

 そのジェスの言葉を聞いたマリラは、呆けたような、驚いた顔をした。

「マリラ、分かる?」

「……。『愛している』」

「え?」

 聞き返したジェスに、マリラは説明した。

「とても強い――とても強い意味の言葉。強い思いは魔法になる。それくらい意味のある――最大級の愛情の言葉」



 日の光が差し込む部屋の中――ピアは、夫の骸の傍にずっと寄り添っていた。暖かな光は、少しずつピアの体を包む氷を溶かし、その傍に倒れる骨の横に、水溜まりを作っていた。

「……ずっと、寂しい思いをさせたのね」

 彼は、とても強い魔法使いだったから、ピアを失った時に、生き返らせる方法を考えたのだろう。

 彼ほどの魔法使いが、それが不可能だと知らないはずがないのに、それでも。

「待たせて、ごめんなさいね」

 どうしてだろう。こうしていると、昔の温かな記憶を――ピアにとって唯一の家族の記憶を、思い出す。



 彼女が自分の夫と初めて出会ったのは、闇市場だった。

 彼女は鎖に繋がれ、薄く丈の短いワンピース一枚を着せられ、寒さに震えていた。

「……まったく、こんな値段でも売れないのか。役に立たない娘だ」

 彼女は、奴隷だった。奴隷売買は、禁止されているにも関わらず、こうして裏では行われていた。空腹のために体に力が入らず、俯いていた彼女は、自分の前に人が立っているのに気付かなかった。

「……顔、を」

 声をかけられていることに気付かなかった彼女は、主に鎖を乱暴にぐいと引かれた。

「このノロマ! 客に顔を見せな!」

「……っ!」

 慌てて顔を上げると、そこにはローブを着た男性がいた。フードを目深に被っているため表情は分からないが、向こうはこちらが見えているようだ。

 男性はしばらく彼女を見つめると、ぼそり、と奴隷商人に尋ねた。

「……買う。いくらだ」

 売れ残りの商品であった彼女は、あっさりと男性に売られた。金貨の袋と交換に、彼女を繋ぐ鎖が男性の手に渡される。

 男性はそのまま、彼女を引いて足早に闇市場を出ていく。彼女はそれについて、何の感慨も抱かなかった。

 また主が変わるだけで、自分の境遇は変わらない。できたら、今後の主はもう少し食事をくれれば良いのだが。

 すると男性は――人気のない場所を見計らうと、懐から杖を取り出した。呪文を唱えながら、鎖ではなく、彼女の腕を掴む。

「?」

 驚く暇もなく、彼女と男性の周りの景色が溶けるように消え、次の瞬間には、見慣れない場所にいた。

「……!」

 彼女がいたのは、二階建ての立派な屋敷だった。周りは蔦や薔薇で囲まれている。

「……それは、要らない」

「?」

 男性は、彼女に向けて呪文を唱える。杖から放たれた赤い光が彼女を繋ぐ鎖にぶつかると、鎖は粉々に砕けて消えた。

「!」

 魔法だ、とピアは思った。

 この人は魔法使いなのだ、と彼女は今更ながら驚く。

 男性は、彼女を見ては顔を反らし、また彼女を見ては顔を反らすという奇妙な行動を繰り返すと――ようやく、話し出した。

「……何か、話さないのか」

「……は、はい。口を利く事を、お許し頂けるなら」

 彼女は久しぶりに声を出した。少し枯れた声がする。

「……話してくれ、できるだけ。……。その、ここが君の家だ。自由に使っていい……あ、危ない場所には、入らないで」

「はい、畏まりました」

 彼女は奴隷としての生活が長く、主人からの言葉に、反射的に答える癖がついていたが――しかし、彼の言葉はほとんど畏まって承る要素がないことに、答えてから気が付いた。

「君、は……名前は?」

 男性に尋ねられ、彼女は頭を下げた。

「……あの、私には、名前はありません」

「……。」

 男性はしばらく彼女の頭のてっぺんを無言で眺めていたが、急に踵を返して屋敷の中に入っていく。

 彼女はどうしていいか分からなかったが、とりあえず追って屋敷に入る。がらんとしていて誰もいない。困って人を探すと、彼は屋敷の階段に座り、本のページをすごい勢いでめくっていた。

「…………。」

「…………。」

 すぐ近くに豪奢な椅子があるのに、何故それに座らないのだろう? と彼女は疑問に思う。

 男性は果たして読んでいるのかという速度で延々ページをめくり――そして、急にそれを止めた。

「……ピア」

「え」

「君の、名前は……ピア、で、どう……だろう」

 そこで男性は彼女の様子を伺うようにした。返事を待っているのだと気付き、彼女は慌てて返事をした。

「あ、あの……如何ようにもお呼び下さい」

 そもそも、今まで彼女は名前を必要とされていなかった。商品として、番号をつけられたことこそあるが、奴隷である彼女は、乱暴に呼び掛けられる一方だったから。

 しかしそう言うと、男性はひどく困った顔をして、また本のページをめくり始めた。

「違う……名前がいいか?」

 彼女は慌てた。

「いえっ、あの……気に入らなかったのではなく……。……ありがとうございます。これから私は自分の名を問われたら、そう答えます」

「……。」

 男性はぱたん、と本を閉じた。彼女を見て、ほっとしたように頷く。

 彼女――ピアは、男性に尋ねた。

「あの……あなた様の、お名前は……」

「……。フォンベルグ・テンペラスト……。」

「フォンベルグ様、ですね」

 ピアが名前を繰り返すと、フォンベルグは小さく頷いた。

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