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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第六章 恐怖の幽霊屋敷
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091:覚醒

 マリラは、倒れた仲間に呟いた。

「ごめんね、ライ」

 私が過去の記憶に捕らわれて怯えたように――あなたも、きっと恐ろしい記憶を見た。

 あなたは、私のように貧乏をしたことも、蔑まれたこともないのでしょうけど――私よりもずっと恐ろしい思いを、してきたんでしょう。

 甘えてごめんなさい。

 今度は、私が、あなたを助けるから。


 ライの剣が自分の体を貫く直前、マリラは〈眠りの雲〉の魔法を唱えて、その心を捉えた。そして、ライは悪夢も見ることのない深い眠りに落ち、そこに崩れ落ちた。

 そして、続けざまに、〈火球〉の魔法を放つ。ライから魔物を引きはがす目的で放ったそれを、魔物は意外にも避けなかった。

 真正面から炎の塊を受け止め、魔物は数歩ほど後ろに押し下げられる。

「グギャガギャギャ!」

 魔物は再び、淀んだ目を赤く怪しく光らせたが――マリラはそれを正面から睨み返して受け止めた。

「見せればいいわ、私にとって一番怖いものを」

 見せたところで、もう見えるものは変わらない。

 大切な仲間を失う、それより恐ろしいことなどないのだから!

 マリラの杖の先から、巨大な炎が生み出され、部屋の中をぐるぐると跳び回る。

 激しい冷気とぶつかるように、炎は燃え上がった。

 魔物は、赤い目に怪しい光を灯らせながら、マリラに向かって一直線に突っ込んでくる。マリラは牽制に炎の弾をぶつけた。

「グググガギャ!」

 しかし、魔物は炎が命中したにも関わらず、ほとんど変わらない勢いで突っ込んでくる。

(冷気を操って相殺した!)

 マリラは目の前に迫る魔物から発せられる強い魔法力を感じ取った。これでは、相手の弱点であるはずの炎属性の攻撃魔法を使っても、威力は半減されてしまう。

 しかし、その魔物の体当たりがマリラに命中する直前で、壁が作り出される。

「マリラさん!」

 アイリスがマリラの後ろに回り込み、〈護り〉の呪文を唱えていた。マリラは驚く。

「アイリス、あなた……あの悪夢から、自分で抜け出したの……」

「いいえ」

 アイリスの頬には、涙の筋が氷となって白く残っていたが、それでもアイリスは、無理矢理にでも笑って見せた。

「私を助けてくれたのは、皆さんですから」


 アイリスは、最初に魔物の赤い瞳に囚われた後――ずっと、一つの夢を見ていた。

 まだ一人で旅をしていた時、人さらいに捕まって恐ろしい奴隷市場で売られそうになった時のことを。

 その夢の中で、アイリスは何度も怯え、震え、心の中で祈りながらも、絶望に打ちひしがれていた。

 しかしその夢は――アイリスが競りにかけられたところで、何度も途切れた。そして、アイリスはまた自分が奴隷商人に捕まるところから、同じ夢を見るのだ。

 私はこの夢の先を知っている。

 そう思い出した時――暗く薄汚れた奴隷市場は、アイリスの前で粉々に砕けた。

 仲間たちが助けてくれた。そのことを思い出した時、悪夢は悪夢ではなくなった。

 そして今は、あの時と違い、アイリスは無力ではない。

「マリラさん!」

「……っ!」

 自分とマリラを〈護り〉の呪文で守る。マリラは障壁の中から、炎の魔法を繰り出し続けていた。

 魔物に直接攻撃を加えてもいるのだが、悔しいことに、マリラの炎程度ではびくともしない。それでもマリラは炎の攻撃を止める訳にはいかなかった。

 魔物の発する冷気はもう尋常ではない量に達しており、魔物から発せられる氷の粒がキラキラと部屋中で輝いていた。寒冷地の冬でもこれほどの寒さになるだろうかという温度の中、マリラが必死に炎を燃やし続けていなければ、四人とも凍えてしまう。

 魔物はアイリスの作る障壁を破ろうと体当たりを続けており、魔物の発する冷気とマリラの炎は激しくぶつかり合う。

 戦いは膠着状態にあったが、不利な状態だった。

 ライは深く眠っている上に傷を負っているし、ジェスはまだ悪夢に囚われ続けている。二人のことを長く放ってはおけない。

「くっ……アイリス、よく聞いて」

「……マリラさん」

「このままじゃ、私もアイリスも精神力が尽きて、いつかやられちゃう……だから」

 マリラはぐっと奥歯を噛みしめた。


 魔物が何度目かの体当たりを、アイリスの作る壁にぶつけた瞬間――、〈護り〉の呪文の壁が消えた。

 魔物はその勢いのまま、マリラにぶつかった。

「ああっ!」

 マリラは吹き飛ばされ、後ろの壁に叩きつけられたが、杖を握りしめ、痛みに耐えた。部屋を飛んでいた炎が消える。それでもマリラは擦り切れそうな精神を集中させ、床に這いつくばったまま、呪文を唱える。

「……!」

 それは炎の呪文ではない。マリラの苦手とする、水を操る呪文。水は杖の先から吹き出されると同時に、白く凍って氷柱のように細く鋭い刃となり、魔物に突き刺さる。

 魔物は避けようとしなかった。水の――この場では氷の――魔法など、この恐るべき冷気を発する氷の魔物にとっては、何の痛みもないだろう。

 ただの水なら。

「――!」

 アイリスは、全身全霊を込めて、祈りを捧げる。

 命あるものを喰らい、聖龍の加護を持たない魔物の苦手とする、聖なる力を、マリラの放つ水に込める。

聖水を作り出す、〈祝福〉の呪文だった。

 聖なる氷の刃は、固いはずの魔物の体をやすやすと切り刻み、その目を潰した。


 魔物はその最大の武器である、赤く光る目を潰され、のたうち回った。

「やった……!」

 マリラは、痛みに呻きながらも、トドメを刺そうと、さらに攻撃呪文を唱えようとした。だが――精神攻撃への抵抗と、炎の呪文の連続使用で、かなりの精神力を削がれている。

「ぐ……」

 駄目だ、と思うのに、体に力が入らない。また、さっきの攻撃で、足の骨を折ったらしく、動くと鋭い痛みが走る。

「……くっ……」

 敵の攻撃を受けて、受け身一つ取れないとは――とマリラは悔しく思った。

 魔法使いの体で、気を失わないように耐えただけでも称賛されるべきなのだが、今まで如何に、ジェスとライの前衛の二人が自分を守っていてくれたのか思い知る。

「あと……少し、なのに……」

 だが、その時、マリラの前に絶望的な光景が映る。

 痛みに床を転げていたと思っていた魔物は、肩をいからせ、腕を振り回すような動作をした。すると、両の肩がぼこぼこと膨らみ、更に二本の腕が生える。

「!」

 目の前で形を変えていく魔物に、はっとする。

 あの魔物は、今まで精神攻撃を使ってきていた。精神攻撃で捉えた相手を直接殴れば、その痛みによって相手は悪夢から目が覚めてしまう。

 だが今、目が潰され、精神攻撃を使うことはできない。

 ならば魔物は、思う存分にその腕力を持って、マリラ達を攻撃できる。現に、マリラやアイリスのように、精神攻撃に抵抗できた相手には殴りかかってきていたのだから。

(あの魔物、精神攻撃や冷気による攻撃がメインだと思っていたけど、違う! 今まで力を抑えていた! あの魔物は――まだ、かなり体力が残ってる状態だ!)

 四本の腕を振りかぶり、俊敏に動いて襲い掛かる魔物。それを避ける力は、マリラにはもうない。

 アイリスも防御の魔法を使おうとしたが、先程の〈祝福〉で大量に聖水を作った時にかなり消耗しており、精神の集中が追い付かない。

「駄目……っ!」


 ガツリ、と剣と爪が、ぶつかる音がした。

「……皆、ごめん」

 マリラの前に立ちはだかり、その剣で魔物の攻撃を受けたのは――目を覚ましたジェスだった。

 魔物の目の魔力は切れた。そして、夢に囚われていたジェスも、目を覚ました。

「僕が寝ている間に……皆は戦ってくれてたんだね」

「ジェス……大丈夫、なの?」

 そう言うジェスを、マリラは床に這いつくばった状態で様子を伺った。

 悪夢に一番長くさらされていたのはジェスだ。だから心配していたのだが、ライのように錯乱したり、アイリスのように苦しげな様子を見せたりはしていない。

「大丈夫。それより今は、あいつだ」

 ジェスは剣を構え直し、仲間を傷つけた魔物を、真っ直ぐに見据えた。

 その瞬間、白銀の剣から黒い光が噴き出した。

 剣は漆黒に染まり、黒い光は、蔦のように絡みついて刃を包む。

 ジェスはその黒い剣を低く構え、素早い動きで懐に入り込む。繰り出される四本の腕を避け、剣を振り上げた。

 黒い光――闇の魔法力を宿した剣は、魔物の腕を容易く切り落とした。

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