088:魔法使いの本棚
ジェスとマリラは、部屋の中を探っていた。
逃げ込んだ部屋は、元の主である魔法使いが、自分の荷物を色々としまい込んでいた、書庫兼物置だったらしい。
「夫は、魔術書や、魔法の品を集めていました。研究に使うとのことでしたが、趣味で集めていたものも多くあるようです」
ジェスは、自分の剣が折れてしまったので、代わりの武器を探していた。ピアによると、この部屋に剣がしまってあったという。
「魔物と戦うのに、ライから借りっぱなしって訳にもいかないしね……」
「ライはまだ、前に使ってた短剣を持ってたと思うけど……。とりあえず、今はライの風切りの剣を借りておくわけにはいかない?」
「うーん……。あの風切りの剣、すごく軽くていい剣だったよ。だけどやっぱり、あれはライが持つべきだね。ドラゴニア剣術でないとあの剣は活かしきれないよ」
剣が軽いと、素早く振るうことができる一方で、敵に当てた時の威力が落ちる。素早く舞うように動き、敵の急所を的確に突くという剣術だからこそ、あの細身の突剣の良さが活きる。
本当はジェスももう少し重い剣を持ちたいところなのだが、体格が小さいジェスには、前の剣が丁度良かった。
マリラもジェスを手伝って、部屋の中を探していたが、様々な本につい目を引かれ、作業の手が止まってしまう。
「ふーん……『竜の神秘』、か。これは学園にもあったわね……。『古代遺跡の財宝』『伝説の品々』……。うう、すごいわね」
こんな状況でなければ、じっくり読みたいところだ。だが、残念なことに、それらの本は、黴や染みだらけでほとんど読めなくなってしまっていた。結界によって魔物に荒らされることはなかったが、何年も誰も手入れしていなかった結果だろう。
「ウィンガに行けば、同じ本があるかもね……あっ」
奥の棚を探していたジェスが、一振りの長剣を探し当てた。鞘から抜いて状態を確かめる。銀色の美しい刃が現れた。
「悪くないね、前のと同じくらいの重さと長さだし……すみません、ピアさん、これ、借ります」
「いえ……ここにあっても仕方のないものです。もし皆さまが使えるものがあれば、持って行って下さい」
自分を助けてくれることへのせめてものお礼だと、ピアは言った。
「それにしても、魔法使いのご主人、色々なものを集めていたのね?」
本、杖、剣、何だかよく分からないガラクタまで、この物置には様々なものがあった。結界を張って守っているくらいだから、価値があるものなのだろうが。
「……夫は、本当にこういうものを集めるのが好きで……。私はよく、夫が熱心に、魔法の話をするのを聞いていました」
学のない自分には、その内容はほとんど分からなかったが、とピアは続ける。
「それでも――楽しそうに話すあの人を見るだけで、私は楽しかったのです……」
今、ジェスの手に握られている剣についても、彼は手に入れた時は大喜びで、ピアを呼んで、一生懸命に話していた。話していた内容は忘れてしまったが、子供のような彼の顔は、忘れない。
そうしていると、部屋の外の様子を見に行った、ライとアイリスが部屋に戻ってきた。手にしている風切りの剣が、〈祝福〉の力を宿して、輝いているところを見ると、魔物と戦ってきたのだろう。
「外の様子はどうだった?」
「ああ、ほとんどの魔物はさっきの光の魔法でやられたらしいな。残ってた雑魚がいくらか襲ってきたが、あらかた片付けた。もう、さっきみたいなことにはならないと思うぜ」
「さっきは本当に、屋敷中にいた魔物が集まって襲ってきていたんですね……」
危ないところだったが、その分、一網打尽にできたとも言える。
「二人ともありがとう。僕も剣が手に入ったし、次は戦うよ」
「ああ、そうだな……ん?」
マリラは、ライを見て気まずそうに俯いた。
「あの……さっきは、ごめんなさい」
「さっきって、あれか? マリラがゴーストに腰抜かして、それを俺が抱えて運んだ時のことか?」
「うっ」
そこまではっきり言わなくてもいいじゃない、とマリラは思わず言い返しそうになったが、文句を言える立場ではないと、マリラは素直に頷いた。
「私、足引っ張っちゃって……」
「気にすることねえだろ、いつもお互い様だろ?」
魔物との戦闘で、助けたり助けられたりなんて、数えきれないほどある。今更何を、とライは思うが、マリラはそうは思っていないようだった。
「いつもとは違うじゃない……私が、その、こういうの怖いのは、私のせいっていうか……」
「大丈夫だよマリラ、もうゴーストはほとんどいないと思うし……。でも……」
ジェスはしばらく考えた。
「もし、マリラが怖いなら、無理に今回のことに巻き込むのは悪いかな……。ここで一人で待ってる?」
「そっちの方が怖いわよ!」
マリラは涙目だった。
それから、ピアはジェスとアイリスに話をして、屋敷の見取り図を作っていた。この屋敷の中を探索するなら、まずは構造が分かっていた方がいい。
「今いる書庫から廊下を抜けると、はい、部屋が二つあります。そこから真っ直ぐ行くと、玄関ホールです」
「私達が入ってきたところですね。はい、それから」
「はい、反対側に行くと階段がありまして、そこから二階へ。通路を真っ直ぐ行くと台所があります」
「はい」
直接、ピアに図を描いてもらえると早いのだが、ピアは物に直接触れることができない。ジェス達が触ろうとしてもすり抜けてしまう。だから、ピアの説明をもとに、ジェスとアイリスが見取り図を作っていた。
「ピアさんは自由に、この屋敷の中を動けるんですよね? どこにピアさんを今の状態にしている魔法の源があるか、見当はつきますか?」
「……。私は魔法に詳しくはありませんが、一つだけ、どうしても私が入ることのできない部屋があります……」
「そこは元は何の部屋だったんですか?」
「夫が、魔法の研究をしていた部屋でした。この、二階の突き当たりです」
「なるほど……」
そうしてジェスとアイリスが話しているのから離れ、ライは一人離れて床に座っているマリラの隣に行った。
「……手伝わなくていいの?」
「俺の絵の実力は知ってるだろ」
自分に見取り図など作らせたところで、余計惑わせるだけだ。
ライはマリラを見ると、ため息をつき、横に並んで座る。
「いつまで、ふて腐れてるんだよ?」
「……別に、ふて腐れてなんか」
マリラは膝を抱えた。お荷物にならないよう、屋敷の探索には何とかついていくつもりだが――ため息が出る。
「……あのね、私、子供の時、よく叔母に預けられたの」
「うん?」
「母は亡くなってたし、父は畑仕事で忙しくてね。叔母は体が弱くて家にいたから、小さい時は、叔母の家にいたことが多かったんだけど」
「ああ」
何故、今そんな話をするのだろうと思いながら、ライは相槌を打った。
「その……叔母は、病気のせいもあって、癇癪持ちで。小さい私が思い通りにならないと、すぐに怒って棚や納屋に閉じ込めたのよ。お前みたいな悪い子は、お化けに食べられるんだって、脅されて」
「……なるほど」
勿論、しつけのつもりだろうが、幼い子供にとってはさぞ怖かったに違いない。それが元で、幽霊やお化けの類が特に駄目になったのだろう。ライは、内心後悔した。
(……からかうんじゃなかったな)
マリラは膝に顔を押し付けるようにして丸まって俯く。
「ごめんなさい、だからって、言い訳にしかならないんだけど」
「ああ、いいよ、俺こそ悪かった」
ライはぽん、とマリラの頭に手を置いた。そのまま、二度三度、子供をあやすように優しく撫でる。
「悪い記憶って、なかなか消えないんだよな」
ふとした拍子に浮かび上がってきては、心を締めつける。
マリラは、小さく頷いた。




