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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第六章 恐怖の幽霊屋敷
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086:幽霊

「いつの間に、こんなに!」

 ライは突剣を抜き、マリラとアイリスを庇うように前に出た。ジェスも剣を抜き、襲いかかってくる魔物を次々に倒す。

 一つ一つの魔物は小さく弱いので、剣を振るえば簡単に倒せるが、なにせ数が多い。

「これ、ゴーストだ!」

 ジェスが、剣を振り回し、自分にまとわりつく魔物を払いのけながら叫ぶ。

 ゴースト、その魔物の名はマリラも聞き覚えがあった。人間の体の一部の形をした魔物で、こうした廃屋に潜むことが多い。

 無数の口が、ぱくぱくと獲物を求めて迫ってくる様子は、ぞっとするものがあった。

「ちっ! 数が多すぎる、マリラ、風の魔法を!」

「えっ……ええ!」

 マリラは杖を構えて呪文を唱え始めた。

 だが、その時、魔物の一部が、ぐわあ、と茶色い息を吹き出す。ツンとした臭いの気体に、咄嗟に呪文の詠唱を止め、息を止めて後ずさった。

 一番近くにいたジェスは、間一髪で体にかかるのを避けたが、避けきれなかった気体が、剣にかかる。

「うわっ!」

 すると、気体を受けた剣がボロボロと錆び始めた。非常に強力な酸らしい。他の口も、息を吸い込むよう動作をしてから、ぐぱあ、と口を開ける。

「酸の息っ……上位種か!」

 まずい、とジェスは冷や汗をかく。この狭い通路で一斉に息を吐かれたら、逃げようがない。

「させません!」

 アイリスが両手を突きだし、全力で精神を集中させる。〈浄化〉の魔法をぶつけ、魔物の吐いた毒を消し去る。

「よしっ!」

 マリラが〈疾風〉の呪文を唱えた、その時だった。

 白い手がぞわ、と、マリラの首筋を撫でた。


「このっ!」

 ライはマリラの首を絞めようと、天井から忍びよってきた、腕の形をしたゴーストを弾き飛ばす。

 危ないところだった、とライが息をつくと――

「――――っ」

 へなへなと、マリラが力ない悲鳴をあげて、床に座り込んだ。

「おい、マリラ!」

「う……うう」

 不味い、とライは思った。ふるふると震えるマリラは、精神を集中させ、呪文が唱えられる状態には見えない。

 さらに――

「くっ!」

 錆びたまま振り回していたジェスの剣が、ついに折れた。それでいて魔物は、口型のものだけでなく、腕の形のもの、さらにはぎょろぎょろとした目玉まで、どんどん集まってくる。

「ちっ……ここは一旦退くぞ!」

 ライは自分の風切りの剣をジェスに渡すと、腰が抜けたマリラを抱えた。

 退くといっても、ここは廊下なので、逃げ込む先は、更に屋敷の奥ということになる。どんな魔物がいるか分かったものではないが、このままでは多勢に無勢だ。

 アイリスは風切りの剣に〈祝福〉の魔法をかけた。ジェスは一番後ろで、追ってくる魔物を時折牽制しながら走る。

「マリラ、相手は幽霊じゃなくて、魔物だから! 怖くないから!」

 ジェスが一生懸命マリラを励ました。

 ……もちろん、魔物は十分恐ろしいものだが、誰もそこは突っ込まない。

「マリラさん、大丈夫ですよ」

 アイリスも走りながら、必死でマリラに話しかける。

「命あるものは、世界に満ちる聖龍の意思によって、守られています。はあ、死んだとしても、その命が彷徨って苦しむことはありません。だから、はあ、よく言われる、死んだ人が恨みを残して幽霊になる、なんてことはないんですっ、はあ」

「説法は後にしてくれ!」

 息を切らして走りながら、龍の教えを説くアイリスは見事だが、それを聞いている余裕はない。

 抱えられて走るマリラも恥ずかしかった。怖がっている場合ではないのは分かっている。だが、どうしようもないのだ。

(何なのあの魔物っ! どうして、人間の体って、個々のパーツだけで出現するとあんなに気持ち悪いのよおっ!)

 走った先に、扉を見つける。そこに逃げ込もうとしたが――

「って、おい!」

 逃げ込もうとしたその扉が開き、そこからも体がドロドロに溶けた骸骨の魔物が現れる。飛び出してきた魔物は、ジェスが剣を一閃させて凌いだが、まだ部屋の奥に魔物がいる気配を感じ、慌てて扉を閉める。

「ここは駄目だ!」

 さらに奥に走る。さっき閉めた扉からも魔物が溢れだし、さらに一行を追ってくる魔物は増える。

「この屋敷、並の洞窟や遺跡なんかより魔物が多い!」

「くそっ」

 どこかの部屋に逃げ込めれば――そう思うが、どこかの部屋に入ったところで、そこが更なる魔物の巣である可能性が捨てきれない。

「窓を破って外に出よう!」

 ジェスがそう言ったが――

「駄目ですっ! 窓も!」

 大量の血吸い蝙蝠が、強風の吹き付ける窓に張り付いていた。窓を破れないのか、こちらに来る気配こそないが、牙をカチカチと鳴らしながら、光る目をぎょろつかせている。

「どうする……!」

 万策尽きた、と思ったその時――

「こちらです!」

 女性の声が聞こえた。

「こちらの部屋に逃げてください!」

 四人は目を疑う。突如、廊下に現れたのは、ドレスを着た美しい女性だった。こんな魔物の巣窟にいることが、信じられないような。

 だが、もはや迷っている余裕はない。剣を振るいながら走るジェスも、アイリスも、そしてマリラを抱えながら走るライも、徐々に魔物たちとの距離を詰められていた。

「くそっ、一か八か!」

 四人は、女性の指し示す部屋に転がり込むように飛び込んだ。


 逃げ込んだ部屋は、物置と書庫が合わさったような部屋だった。大量の棚に、本と様々な物が無秩序に置かれている。

 この部屋もかなり埃が積もっており、四人がどたどたと走った時、埃が舞い上がった。だが、他の部屋のように、荒れた形跡はない。

 ライはマリラを下ろした。ジェスと共に入り口を守ろうと、扉の前に立とうとしたが、それを女性が止める。

「大丈夫です。この部屋には結界が張ってありますから、弱い魔物は入って来ることはありません」

「えっ……」

 言われた通り、無数の魔物たちは、部屋の前で蠢いているが、開いたままの扉から入って来る様子はない。

「けど、これじゃここから出られないぜ」

「そこに魔道具があります、それを投げて下さい!」

「魔道具?」

 女性が指し示した棚には、よく磨かれた水晶玉がいくつか並んでいた。手に取るとぼんやり温かく、中でチカチカと火花が散っている。

 言われた通り、部屋の中からその魔道具を魔物に向かって放り投げる。水晶玉が床に当たって割れると、そこから凄まじい光が放たれた。

「うわっ!」

 突然の閃光に、ジェス達は目を覆う。水晶の中に封じられていた攻撃魔法が発動し、強力な光の筋が、魔物たちを貫いた。



 魔物の大部分は消滅したか、逃げたらしい。一部の魔物はまだ部屋の外にいるようだが、それくらいならば、ジェスとライで倒せるだろう。

「た、助かった……?」

 ふう、とジェスはようやく息をついた。

「あ、あの、ありがとうございました……あなたは、一体……」

 ジェスとライが、女性を振り返る。すると、女性の向こうで、ガタガタと震えているマリラが見えた。アイリスも目を見開いている。

「あ……ああ……」

 震える手で女性を指さし、涙目で訴えているが、声が出ない様子だ。

「どうしたの、マリラ、まだ何か……」

「ゆっ、ゆゆゆ、」

「は?」

 マリラは悲鳴のように叫んだ。

「ゆ、幽霊――!」

「何馬鹿なこと……を……」

 ジェスとライは、女性を再びよく見た。

 女性の向こうの風景が、ぼんやりと見える。暗かったので分からなかったが、明らかに彼女の姿は透けていた。

 驚きのあまり声の出ないジェスとライ。

 そんな一同に、彼女は悲しげな笑みを浮かべた。

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