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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第六章 恐怖の幽霊屋敷
85/162

085:嵐の夜

 激しい風が吹き荒れ、強い雨が叩きつける。

「う、うう……」

「不味いな……」

 嵐の中、一向は必死に進んでいた。体の小さなアイリスは、ライとジェスに挟まれて守られるようにしながら歩く。

 スケールの村を出て二日、北西のウィンガの街を目指して進んでいた一向は、道中で急な嵐に遭っていた。

 砂地の多いこの地域では、身を隠せる場所もない。何とか休める場所まで行こうとしているのだが、一向に岩影や林など、雨風を避けられそうな場所が見つからない。

 また雷が近くに落ちた。空気を裂くような激しい衝撃。

「きゃあっ」

 アイリスは耳を塞ぐ。

 さすがにこの暴風の中、魔物も襲ってはこないが、この状況はかなり危険だった。

 さっきから嵐は弱まる気配はなく、目を開けるのも辛い。顔の前に腕をやりながら、視界をどうにか確保して進んでいると――不意に、明かりが見えた。

「ん……何だ、家……?」

 この雨のせいで、近くまで来ないと気付かなかったが、ぽつんと、大きな屋敷が建っていた。こんな人里離れた所に屋敷があるとは思えず、幻ではないかと目を疑うが、互いに同じ顔をしていたことから、その屋敷が実在することを知る。

「明かりが点いてるなら人がいるはずだ、あそこまで頑張ろう!」

「ええ!」

 一向は、明かりの方へと必死に向かっていく。落ちた雷が、屋敷を一瞬照らし出した。



「ふええっ!」

 扉を開け、なだれ込むように四人は屋敷に入る。勝手に入ってしまったが、この風の音では、扉を叩いたところで家主が気付くとも思えない。

「中、真っ暗ですね?」

 アイリスが、震えながら言う。ずぶ濡れの髪をきゅっと絞った。水がぼたぼた落ちる。

「うーん……明かりがついてたの、二階だった、かな。ごめんくださーい、誰かいませんか?」

 ジェスは呼び掛けたが、返事はない。ライは不審に思った。

 寝ているなら、扉の鍵が開いてたっていうのも無用心だ。

 いや、それどころか、人の気配を感じない。

「すみませーん」

 ライは荷物から輝石を出して、周りを照らした。そして、一同はぎょっとした。

「な、なんだ!?」

 照らし出した屋敷の中は――とても人が住んでいるとは思えないほど、荒れていたのだ。

 椅子や割れた食器が転がり、床や壁は染みだらけだ。いたるところが埃だらけで、ところどころに蜘蛛の巣も張られている。

「ここ、誰も住んでないんでしょうか……?」

 アイリスが、不安そうに辺りを見回す。

「でも、明かりついてたよね?」

「……そうですよね」

「それに僕、窓にちらっと人影が見え……」

「魔物じゃないかしら」

 マリラが、ジェスの発言を遮るように言った。

「無人の建物や街には、歪みが溜まるのか、魔物が発生しやすいでしょ」

「魔物? 魔物が明かりをつけるかな……」

「そういうのもいるかもしれないでしょ! ほ、ほら、前戦った火蜥蜴なんか、火を吹いたし――」

 どこか必死な様子のマリラに、ジェスはきょとんとする。

「マリラ?」

 マリラは、はっとして気付いて、ぷいと目を逸らす。それを見て、ライがニヤリと笑った。

「……もしかしてお前、幽霊、怖いのか?」

 マリラは、無言でライの脇腹に拳を入れた。


 ライは脇腹を軽く擦りながら、顔を赤くしたマリラを含み笑いをしながら見た。

「ま、不気味っちゃあ不気味だけどな、ここ」

「うるさい」

 幽霊ねえ。俺は、生きてる人間の方が、よっぽど怖いと思うけど。

 遺跡の探索にも、巨大な魔物にも怯まないのに、妙なものが苦手らしい。

 それはさておき、これからどうするか、ライは考える。

 マリラの言う通り、ここが無人の屋敷なのだとすれば、魔物がいる可能性は高い。しかし、外は相変わらず激しい嵐だ。

 それを言うと、ジェスも同じように考えていたらしく、頷いた。

「……嵐が過ぎるまで、屋敷の中にいるしかないね。一応は魔物に警戒して、交代で見張りをしよう」

「そうね……きゃあっ!」

 近くの窓ガラスが、急に割れた。マリラはびくりと飛び上がる。

「……木の枝が風で飛んできて割れたみたいだね。ここ、窓ガラスが多いし、危険かもしれない。風も入ってくるし、もう少し、奥まで休めそうなところを探そう」

 ライは輝石を掲げた。暗く長い廊下が続いている。割れた窓から入る風が響いて、唸り声のような不気味な音を立てた。

 一行は、遺跡などを探索する時同様に、周囲を警戒しながら、廊下を進む。

「……しかし、妙だよな」

「何?」

「この荒れ具合、結構、何年も放置されてた感じだろ?」

 普通、魔物の発生を防ぐため、無人の建物は焼き払うか、人を雇ってでも住まわせたりするのだ。普通、領主が責任を取って管理するのだが……。

「この辺の領主って、誰だったかなあ……」

「田舎だから適当なんじゃないのかな?」

「その領主の管理が適当なのは、国の責任でもあるけど……。おっ?」

 ライが声を上げる。黙って進んでいたマリラも、明らかにびくっとしていたが、そこは突っ込まない。

「や、肖像画だよ、ほら」

 ライが、壁に張られた絵を指し示す。屋敷の主のものだろうか、家族全員が描かれたかなり大きな絵だ。

「ああ、何、急に人影が見えたから驚いただけよ……って!」

 マリラは絵をよく見て、改めて背筋を凍らせる。ジェス、アイリス、ライも、マリラの視線を追って絵を改めて確認し、ぞくりとした。

 絵の顔が、黒く塗り潰されている。

 絵に描かれているのは四人。並んで立つ、金髪の男性に、薄い桃色の長い髪の女性は夫婦と思われた。 その子供らしい、男の子と女の子。子供二人は紫色の髪だ。そのうち顔が潰されているのは、夫と子供二人だった。

「……これは、マジか……」

 ライもさすがに、この絵からは怨念めいたものを感じて、寒気がした。

 顔が潰されているため、よく分からない三人はとにかく、妻らしい女性の顔を見る。若く美しい女性で、穏やかな笑みをたたえている。

 これ以上は何も分かりそうにないので、先へ進もうとした時だった。

「……何か、聞こえない?」

 ジェスが言う。風や雨の音に混ざって、何かが近付いてくるような、音が。

 ひそひそ、かさかさ……と、人の話し声のような音にも聞こえる。

「……嫌な予感しか、しないわ」

 マリラは〈火〉の呪文を唱えた。杖の先に炎が灯され、自分たちの後ろの廊下を明るく照らし出す。

そこには――大量の口があった。

 ぼんやりとした霞のような中に、口だけが浮かんでいる。牙を剥き出し、迷い混んできた獲物に、舌なめずりしている。

 いつの間にか集まり、潜んでいた魔物たちだった。

「――っ!」

 マリラが悲鳴を上げると共に、魔物は一斉に襲いかかってきた。

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