084:竜の火酒
スケールの村の宿につくなり、ジェスはどさりとベッドに倒れ込んだ。
「お疲れ様です、ジェスさん」
「ふう……」
ジェス達がスケールの村に到着すると、巨大スライムによって道を塞がれ困っていた、村民や商人たちに大喜びされた。
お礼にと、村の宿にはタダで泊めてもらえることになったので、こうして休ませてもらっている。
ライとマリラは、ジルと話している。ジルはこの村に足止めされていた商人たちと一緒に、クロウの街に報告に帰るらしい。ジェス達一行はクロウの街には戻らず、このまま北へ向かうことにしたので、商会長への報告はジル達に任せた。
いつもならそういった話は、パーティのリーダーであるジェスが出るのだが、今日は本当に疲れ切っていたので、ライとマリラに行ってもらった。
(僕も、まだまだだなあ)
そんな事を思って、ベッドの上に寝転がって休んでいると、ライとマリラが戻ってきた。そのライは、液体の入った大きな瓶を持っている。
「お、ジェス、大丈夫か? オマケにいいもん貰ったぜ」
「何?」
そうしてライは瓶をテーブルに置いてニヤリと笑った。
「竜の火酒だ」
巨大スライムには、村はかなり悩まされていたらしい。魔物退治は、多くの場合は国の兵が派遣されるのだが、知らせを受けてから、兵が到着するまで、時間がかかってしまうし、そもそもスケールの村からは助けを呼びに行けず、誰かが気付いてくれるのを待つという状態だったのだ。
「で、かなり感謝されてな。報酬は払えないけど、ぜひ貰ってくれって、村長がな」
「へー」
ジェスは酒瓶を眺めた。かなり大きい。
「竜の火酒って、竜と何か関係があるんですか?」
「いや、竜は関係ない。ただ、かなり強い酒だからな。火がつくように熱いんだろ。美味いって評判らしいぜ」
「これは、売ったら結構な金額で売れそうね」
マリラが品定めをしていると、ライはまあな、と頷いた。
「けど、なかなか手に入らないし、ちょっとだけ味見しようぜ。沢の水汲んで来る」
楽しそうに宿を出ていくライに、マリラは意外な一面を見たと思った。
「ライって、お酒飲んだっけ?」
「うーん……あんまり飲まないけど、単に高いからかな」
冒険者の生活は決して余裕があるものではない。
まあ、毎日その日の稼ぎを飲んで騒いで使ってしまうような荒くれ者も多いが。
「私はお酒は飲めませんね」
アイリスが寂しそうに言った。アイリスはお酒が飲みたいわけではなかったが、皆と一緒に楽しめないのが残念だった。
「あら、でも料理は一緒に食べられるでしょ? 村で何かつまめるものが売ってるといいわね」
マリラは、料理を用意することにした。小さな村なので、屋台のようなものはなかったが、食材を買って、宿の台所を借りて料理してもいい。アイリスも手伝いに行った。
部屋に一人残されたジェスは、酒瓶を眺めた。
実はジェスは、つい最近成人したばかりだった。童顔で背も低いので、実年齢より低く見られることが多いが、今年で十八歳になる。
「お酒って飲んだことないなあ」
父はよく酔っ払っては、母に叱られていたが、そんなに美味しいものなのだろうか?
水割りのグラスを傾けたマリラは、盛大にむせこんだ。
「う、うっ……」
喉が熱い。アイリスはそんなマリラの背中を慌ててさする。
「おい、そんな一気にいくから……」
「だ、だって薄め……ゴホ、それに、よく見る冒険者の男の人たちって、大きいグラスで一気に……」
「あんな安いエール酒、薄いって……。てかマリラ、酒飲んだことないな?」
ライは、顔を赤くして必死なマリラを目を細めて見つつ、ちびちびと火酒の水割りを楽しんでいた。美味い。
「し、仕方ないじゃない! 村にはそんな嗜好品は入ってこないし、学園でお酒なんか飲む機会ないわよ!」
なんか苦いし、何これ? とぶつぶつ言いながらも、マリラはムキになって飲み進めている。その様子に、ライはくつくつと笑う。
初めて飲む酒にはちょっと難しいかもしれないな、と思いつつ、ジェスの様子を見ると――
ジェスは思い切り、グラスをあおって飲み干していた。
「!?」
ライは思わず吹き出しそうになる。
「はあ。美味しいね、これ」
そのジェスは、まるで湧き水でも飲んだかのようにそう言った。顔色一つ変えた様子もない。
「もう一杯貰ってもいい?」
「お、おう……無理はすんなよ」
とくとくと瓶から酒を注ぎ、水割りを作るジェス。ライがさっき作ったより、明らかに酒の割合が多い。
ちょっとそれは……と思うライをよそに、ジェスはまたそれもぐいっと一気に飲み干した。
さすがに、マリラもアイリスも、ジェスのその様子に驚いた。というより、ひいた。
「え? あれ大丈夫なの?」
「……顔色変わってねえし、酒の強さは個人差あるから、まあ……」
「でも、お水だってあんなに飲めるものでしょうか?」
ひそひそ話す三人をよそに、ジェスは楽しそうにどんどんお代わりしていく。
気分が良さそうなところを見ると、多少は酔っているのだろうが、まだまだいけそうな雰囲気だ。
「……うっわ」
ジェスのあまりの酒豪さに、ライはほろ酔いが覚めつつあった。その横で、マリラが舟を漕ぐように揺れ始める。
「……こっちは極端に弱かったか」
「らんか言ったあ?」
呂律が回らなくなり、ふらふら揺れるマリラ。アイリスはそれを支えながら、どうしましょう、と助けを求めてライを見た。
「ほら、もう寝ろ、な」
ライはさりげなくマリラのグラスを手から奪おうとする。
「子供扱いするにゃー!」
「あーこら、溢れるから」
混沌としている後ろで、ジェスは酒瓶に直接口をつけ、らっぱ飲みしていたが、誰もそれを見ていなかった。
翌朝、マリラは頭を押さえながら起きてきた。
「気持ち悪い……」
「大丈夫? マリラ?」
そのジェスは、全く普段通りだった。いつもと同じように起きてきて、剣の素振りをしている。
「……うん、まさか瓶が空になってるとは思わなかったぜ」
絡むマリラをなだめ、寝落ちしたのをベッドに運んだ後、酒はキレイになくなっていた。どこへ消えたかは考えるまでもない。
人は見た目によらない。
そのジェスは、さすがに申し訳なさそうに言った。報酬をほとんど一人で飲み干したのだから。
「ごめん、皆……あんまり美味しかったから、つい……」
「……。」
あれで味わってたのか? と思わなくもないが、もはや何も言う気にはなれなかった。
「でも、本当にお酒って美味しいんだね。父さんの気持ちが分かったよ。今度一緒に呑もうかなあ」
そう無邪気に言うジェスを見て、ライは若干後悔した。
俺は何か、良くないものをジェスに教えたかもしれない。
三人それぞれの反応を見て、アイリスは真剣に考えていた。
「……私がお酒を飲んだら一体どうなるのでしょう?」