082:水晶の洞窟
キーベの街から歩いて二日、一行は、宝石の街、クロウに到着した。活気ある商人の街で、大通りには立派な店がいくつも軒を連ねている。
「王都とは違った雰囲気で賑わってるね」
「特産である宝石や水晶の取引が多いから、宝石の街って呼ばれてる」
高級品を扱う店が多いことから、それを質にした金融業なども盛んで、ドラゴニアの財布とも呼ばれている。
街には大金持ちの商人や、貴族が入る、宝石店が多くあったが、ジェス達はそれらの店に立ち寄ることはせず、仕事を探すため、街の商業ギルドに向かった。
商業ギルドで紹介されたのは、日に焼けていない、細身の青年だった。彼はジルと名乗り、満面の笑みでジェスと握手した。
「冒険者の護衛ですか、助かりますよ」
「えーと、水晶採取の、護衛を探していたって……」
うんうん、とジルは頷いた。
「はい。クロウの街の北にある洞窟からは、良質の水晶が取れるのですが、魔物がいますから、なかなか取りにいけないのです!」
だから、冒険者の護衛を探していました! と言って、ジルは何故かそこで胸を張る。
「洞窟? ここの水晶は、山を削って探すんじゃないのか?」
ライが尋ねる。確か、水晶を含む山の土を削り出し、そこから貴金属や水晶をより分けると聞いたことがあるのだが。
「出回っている多くはそうして取った物ですね。しかしです! 真に良い物というのは、危険を冒さなければ手に入らない、奥深い場所にあるものなのですよ!」
「そ、そうなのか……」
急に鼻息を荒くしたジルに、ライはちょっと押された。ジェス達がついてきていないのにお構いなしに、ジルは一人うんうんと頷きながら、聞いてもいない説明を続ける。
「山を削って水晶を探す方が、安全で儲けも出やすいでしょう。しかし、真に目の肥えたお客様を満足させられる水晶しか扱わないのが、私の信条なのです。例えそのこだわりを貫くために、何か月も仕入れができなくなろうとも――」
「は、はあ?」
「ですからお願いです! ぜひ、料金は――後払いでっ!」
がっつりと両手でジェスの手を握り、ジェスに熱い視線を向けてくるジル。とても困ってるんですというオーラが全身から吹き出すのが見える気がする。
もう交渉の結末が見えたので、ライは遠い目をした。
翌日、ジェス達一行とジルの五人は、小舟に乗って、水晶が取れるという洞窟に向かっていた。
「洞窟には川から行くのね?」
「はい。北のバーテバラル山脈からの水の流れが、山を削り出して作られた洞窟で、中も澄んだ水で満たされてますよ」
「なるほどね。洞窟の中は暗いし、水の中からも魔物が来ないか注意しないといけないね……」
街からしばらく漕いでいくと、小さな洞窟の入り口がある。ジェス達は小舟をぶつけないように慎重に漕ぎ進め、中へと入った。
外の光が見えなくなるところで、ジルは懐から杖を出し、呪文を唱えた。杖の先に明るい光が宿り、洞窟内を照らし出す。
「あら、あなた魔法使いなの」
「魔法使いという程でもないですが。洞窟の中で水晶を探したくて、必死に〈光〉の呪文だけは覚えました」
「……恐れ入るわね」
マリラはやや呆れた。魔法は本人の適性に左右されるので、どんなに呪文を唱えて練習したところで、使えない人は使えないのだが。
「私は、光の属性が強いということだそうで、良かったですが」
「属性?」
オールを漕ぎながら尋ねたジェスに、マリラが説明する。
「簡単に説明すれば、人によってその身に流れる元素の力に偏りがあるということね。古代語魔法を使わない限り、特に意識することでもないけれど、それによって使う魔法に向き不向きが出るのよ」
なお、アイリスの使う神聖魔法は、光・闇・風・地・炎・水の六大元素の力を操るものではないので、この属性には左右されない。
「へー。マリラは自分の属性って分かるのか?」
「ちゃんと調べたわけじゃないけど、多分、炎だと思うわよ――」
そう言いながら、マリラは杖を振るい、〈火球〉の呪文を唱えた。上から跳びかかってきた毛むくじゃらの足が生えた魔物を、一撃で吹き飛ばして燃やし尽くす。
「炎魔法が一番得意だから」
「お見事です」
時折、襲ってくる魔物を倒しながら、しばらく進んでいくと、開けた空間に出た。そこでジェス達は、思わず息を飲んだ。
洞窟の壁や天井が、水晶で覆いつくされている。こちらの持つ光が乱反射して、様々な色の光の筋が走る。
洞窟の水面もまた、虹色の光を受けながらゆらゆら揺れ、至るところが輝きを放つ。この世のものとは思えない美しさだった。
「すごい……」
思わずため息が出る。
「ここに来ただけでも、価値があったな……」
「そう言って頂けると、嬉しいですね。さてと……」
ジルは小舟から降りた。ここはかなり浅い場所なので、水は膝くらいの高さである。靴に水が入ることも気にしない様子でザブザブ進み、ジルは水晶を探し始めた。
「しばらく私はここで水晶を探してますから、待っていてください」
「あ、はい、魔物とか来ないか見張ってますけど……水晶って、これ全部がそうですよね? 探すんですか?」
壁一面を覆いつくす水晶など、とても持ち帰れそうにないが、一体どれだけの額になるのだろう。
「いえ、見えているほとんどの水晶はあまり価値がないですよ。山を削っても同じくらいの質のものは取れますしね」
「そうなんですか……」
ジルは、光の杖と、ルーペを使って、壁をよく目を凝らしてみては、良質なものを探しているようだった。
「はー。しかしいいのか? 俺たちにこんな場所教えて。依頼とか請けずに、俺たちだけで勝手にここの水晶を削ってくかもしれないぜ?」
「それは無理ですよー。採掘権がないと捕まります」
採掘権は、ここ一帯の領主に莫大な金額を払って買うらしい。
アイリスは、腰をかがめながら目を皿のようにして水晶を探すジルを気遣って声をかけた。
「あの、お手伝いすることってありますか? 良ければ私達も探しますが」
「ありがとうございます。でも、素人さんには見分けが難しいと思いますから、大丈夫ですよ」
「そうですか……」
時折ジルは、おおう、とか、きゃほう、とか奇声をあげながら、小さな石を削り出しては小舟に乗せる。恐らくはそれが良質のものなのだろう。
ジェス達はより分けられたそれらをつまみ上げて、周りの壁を覆う水晶と比べてみた。ジルに聞かれるとうるさそうなので、小声でこっそりと話す。
「分からないどころか、私には周りの壁を覆ってるあの大量の水晶の方が、透明度が高くて綺麗に見えるけど……」
「これは確かに珍しい色がついてますけど、何だか灰色っぽいです。アクセサリーにするなら、あの青い水晶の方がいい気がするんですが」
「磨けばまた違うのかな。どう、ライは分かる?」
「……。」
この中で唯一、高級品の目利きができるとすれば、ライだろう。ライはしばらく水晶を見た後、はあ、と息をついた。
「要するにさ、綺麗かどうかが問題じゃないんだよな」
「はっ?」
「贅沢がいくらでもできるようになると、珍しいってことの方が大事なんだよ。人が持ってないもの、なかなか手に入らないもの。そういう要素に価値を見出す人間もいるってこと」
希少価値。
例えば極端な話、この灰色で濁った水晶がどこかで大量に採掘できれば、ほとんど価値はなくなるだろう。
「美食家のスライム料理と一緒だ」
そう説明すると、マリラも理解したらしい。
「あー、あれ……。何か嫌ね、そういうの。どう考えても不味いのに」
「いいんじゃねえの、自分の価値観で」
そう言うとライは、ジルに声をかけた。
「なあ、この辺の水晶、あんま市場価値はないんだろ? ちょっとくらい貰ってっても構わないか?」
「え? あ、はい。私の採掘権で取ったことにして、少しくらいなら差し上げますが……」
「どーも」
ライはそう言うと、腕まくりをして小舟に乗ったまま、水底の小石を攫った。しばらくして、一口大ほどの水晶を摘み上げた。緑がかった透明度の高い水晶だ。ライはその色を輝石の光で確認すると、ポケットにしまった。
「じゃ、俺はこれ貰うわ。皆もせっかくだから、記念に好きなの一個くらい貰ってけよ」
「じゃあ……うん」
水底に転がった小さな石を探すのは、宝石箱の中を探すようで楽しい。冷たい水の感触を楽しみながら、ジェス達は自分の好きな水晶を探した。




