081:絵手紙
王家の騒動から、数日後。一行は、王都ドラゴヘルツを出て東に進み、キーベという小さな村にいた。
後のことはこれから考えるとして、とりあえず王都からは出よう。一行は夜のうちに城下町を出て、一番近い農村に行ったのだった。
「――で、これからどうするの、ライ?」
ジェス達は農村の宿――宿というほどのことでもなく、村長の家に、いくばくか金額を払って泊めてもらっているだけだが――で、今後の方針を話し合っていた。
「うーん。これといって目的はねえし、今まで通り自由に旅しようぜ、冒険者として。ま、フォレスタニアとはちょっと勝手が違うけどな」
「どういうこと?」
「フォレスタニアと違って、ドラゴニア大陸には自由に活動する冒険者は少ないんだよな」
その理由は主に二つある。
一つは、魔物が強いこと。それなりに腕の立つ冒険者でなければ、野営しながら旅をするのは危険だからだ。この点については、ジェス達は実績のある冒険者パーティなので問題はない。
もう一つは、王家の力が強く、魔物退治は王国の警備隊が国を挙げて行っているから、冒険者に仕事を依頼しようとする人間が少ないのだ。
「フォレスタニアは、個々の村や街での自治性が強い。ドラゴニアはそれに比べ、税の負担は重い分、村や街はそれぞれの領主や国がちゃんと守るからな。山賊被害なんかも少ないぜ」
「そうなると、腕に覚えのある人は、冒険者になるより、国や貴族に雇われる兵士を目指すってわけね」
「そういうこと。実力次第で出世できるしな」
「じゃあ、この国で冒険者としてやっていくのは難しいってこと?」
ジェスがライに相談する。今まで彼らは、路銀は依頼をこなしてもらった報酬で賄ってきたのだ。
「そこはまあ、やりようだろ。国の兵が動かないような内容の依頼なんかむしろ、引き受け手が少ない分、こちらが仕事を取りやすいだろうし。冒険者に仕事を依頼する際の相場が決まってない分、交渉次第では儲けられるかもしれねえな」
「そっか。やっぱり僕としては、ドラゴニアにせっかく来たなら、見たことない場所に行ってみたいから、このままこの大陸を回りたいかな」
ジェスは、地図を広げながら楽しそうに言う。もともと根っからの冒険者なのだ。知らない土地を巡るのはわくわくする。
そこで四人は相談し、このまま東に進み、クロウの街に向かうことにした。比較的大きな街なので、まずはそこを目指すのがいいだろうということになったのだ。
「まあ、道案内はライに任せたよ!」
ジェスがぽんとライの肩を叩く。ライは苦笑した。
「俺、そんなに王都の外に出たことねえからな……。俺も王都より東は初めて行く場所も結構あるぜ」
このキーベの農村だって、ライは来たのは初めてだ。わくわくしているのは、ライも一緒だった。
アイリスは、宿の部屋で机に向かって、考え事をしていた。
「あら、アイリス、どうしたの?」
マリラが尋ねると、アイリスは、照れたように笑って答えた。
「修道院に、手紙を書いてるんです」
「手紙? ……そっか、マルソ院長、心配してらっしゃるでしょうしね」
色々騒動はあったが、無事にマリラの呪いが解けたことを伝えた方がいいだろうと、アイリスは手紙を書いていた。
「無事に届くか、分かりませんが……」
「そうね……念のため、何通か出した方がいいかもね」
一般に手紙は、街や村を行き来する商人や冒険者などに手渡しされ、何かのついでに届けられることが多い。途中で紛失することも多いし、時間もかかる。なお、貴族や国であれば、伝令を雇っていることもある。
マリラはアイリスの手紙を後ろから何の気なしに覗き込んで、あら、と声をあげた。
「その手紙の絵、アイリスが描いたの?」
「あ、はい……その、景色が綺麗だったので」
恥ずかしそうにしているが、絵がかなり上手だったのでマリラは驚いた。村から見える、切り立った山々を見事に写しとっている。
ライとジェスも、それを覗き込んだ。
「へー、ドラゴニア北の山脈をこうも見事に描くとはな」
「絵、上手なんだね、アイリス!」
次々に褒められ、アイリスは照れて顔を赤くした。
長く一緒に冒険をしているが、お互いにまだ知らない一面があるものだ。
「私なんか、そんな、全然です」
「そんなことないわよ。そういえば、前ジェスが描いた絵もなかなか上手かったわね」
「え? 僕、絵なんか描いたことあったっけ?」
「ほら、魔物退治の話の時に」
「ああ、あれ」
アイリスは首を傾げた。
「まだアイリスが仲間になる前かなあ? 僕とライでした魔物退治の話をした時に、マリラがどんな魔物だったの、って聞くから、絵で説明したんだよね。でもあれは、絵っていうより図じゃないかなあ」
そう言いながら、ジェスは余っている紙を貰って、魔物の絵をさらさらと描いてみせた。翼の生えた、四つ足の大きな魔物の絵。アイリスはそれが何かすぐ分かった。
「あ、屍竜の絵ですね?」
「特徴とらえてるわねえ」
ジェスはちょっと照れて頬をかいた。
「マリラも絵、上手いよね?」
「え? 私こそ絵なんか描いてみせたことあったかしら?」
「えっとほら、魔法陣を描いてくれた時あったよね」
「それこそ、絵っていうより図じゃない? ……ところで」
マリラは、さっきから会話に加わってこないライを振り返った。
「……ライ、さっきから何か、こっちの話を避けてない?」
「気のせいだろ」
明らかに視線を逸らすライ。マリラはくすりと、少し意地の悪い笑みを浮かべた。
「ライの絵も見てみたいわね」
「……くっ」
分かって言ってやがるな! と半眼でマリラを睨むライ。それを意に介さず、これは面白いものを見つけたと笑顔のマリラ。
「いいじゃないの、別に笑ったりしないわよお」
「すでに笑ってるじゃねえか!」
紙とペンを突き出しながらからかうマリラと、逃げるライ、子供のようにじゃれる二人の様子を見て、アイリスはちょっと首を傾げたが、何も言わなかった。
そんな二人をよそに、ジェスは、ぽんと手を叩く。
「手紙かあ……あ、そうだ、いいこと思いついた」
「ジェスさんも誰かに手紙を書くんですか?」
「ううん、そうじゃなくてさ、僕達はこれからドラゴニアをあちこち旅するわけだし、僕達が行く方向に届けられる手紙があれば、それを預かる仕事をするのはどうかなって。それほど荷物にならないだろうし」
「いいですね、冒険者が少ないんでしたら、なかなかお手紙を届ける機会がない方もいるかもしれませんし」
アイリスは再び、手紙に向き合った。先に風景画を描いたが、実はまだ肝心の文章が書けていない。
どうかこの手紙が、無事に届きますように。
そんな祈りを込めて、アイリスは丁寧な字で、文章を綴り始めた。
私達は元気にやっています、と。
一方。マリラはライの絵を見て、申し訳なさそうに言った。
「……な、なんか……ごめんね、ライ」
「謝るなよ! むしろ辛いだろうが!」
笑いたければ笑え、とライは赤くなった顔でマリラを睨むが、これはとても笑えるというレベルではない。
「……えーっと……」
マリラは真剣に考える。まるで小さな子供に筆を持たせてみました――というような仕上がりの絵だ。この絵は一体、何を描いたのか。
これは、芋? いや、芋はないわよね。普通絵を描くんだったら、動物とか、花とか、そういうのを選ぶわよね、多分……。
ぷい、と真っ赤な顔でそっぽを向くライに申し訳なく、必死で絵を解読しようとするマリラはつくづく思った。
本当に、長く一緒に旅をしていても、お互いまだ知らない一面があるものだ、と。




