表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第五章 竜の大陸と剣の王
75/162

075:おとぎ話

「な、何なの!」

 レイチェラは思わず震えた。

 魔法使いの彼女がいきなり倒れたかと思うと、今度は叫びだし、そしてアルロスを、信じられない力で吹き飛ばした。

 彼女の金の髪は蛇のようにうねうねと独りでに動き、理性の欠片さえ感じられない目は、爛々と赤く光る。四つん這いとなって、奇妙な唸り声を上げていた。

「ぐう……」

 あれはまるで獣――いや、魔物ではないか。

「マリラ!」

 ライは必死に呼び掛けた。だが、聞いている様子はない。

 見ている間にもマリラの手からは爪が伸び、異形の姿へと変わっていく。

 一刻も早く、薬を飲ませなければ、マリラは完全に魔物になってしまうかもしれない。

「姉上――俺は、王位はいらねえ」

「レオンハート……」

 ライは、視線をマリラに向けたまま、レイチェラに静かに告げた。

「友達も守れず逃げ出した俺に、国を背負う資格はない」

「! ……あれは」

 何のことを言っているか気付いたレイチェラは、はっとした。

 ライは、小瓶を握りしめた。二度と――大切な人を失うものか。

「万が一の事があれば、後は頼む」

 そしてライは、一直線に駆け出した。


 マリラは魔物の本能に支配されたまま、倒れるアルロスに近付いていく。

 アルロスは背中を強く打ち付けて動けず、自分に食いかかろうという形相のマリラに、背筋が凍った。

「マリラ!」

 そこにライが割って入る。マリラは、ライを見たが――それは自分の近くにいる獲物としか認識できない。

 マリラは、鋭い爪を伸ばし、ライに襲いかかった。

「くっ!」

 ライは避ける。アルロスを吹き飛ばした様子からして、今のマリラの力は、女のそれではない。

 隙をついて、秘薬を無理矢理飲ませる――。まず、どうにかマリラを抑えこまないといけない。

「無理だ、レオン、素手だなんて……」

 アルロスは呻いたが、ライはそれを無視した。

 マリラの爪による攻撃をかわしつつ、足払いをかけようとするが、今のマリラは、スピードも元とは比べものにならない。

 ライは攻撃をかわすのがやっとで、元々レイチェラとの戦いでかなり疲弊していた。

(くそっ……体が思うようについてこねえ……)

 ぜえぜえと息があがる。だが――

「ぐうう………うううああっ!」

 マリラが唸る。その細い喉から出るにも関わらず、それはもはや魔物の唸り声だったが――ライは確かに、そこに苦しそうな叫びを感じた。

(俺の苦しさなんて……!)

 ずっと呪いに耐えてきたマリラに比べたら、どうってことはない。

 ライは小瓶の栓を抜いた。

 頭を狙った一撃、マリラの右手の爪がかすめるのを、ライは半身を捻ってギリギリ避ける。素早く小瓶の中身を口に含み、邪魔な空瓶を放り投げた。

「シャアッッ!」

 マリラが左手を突きだし、首を裂こうと飛びかかってくる。

 ライはそれを、避けるのではなく、急所を外すように肩で受けた。

 レイチェラが悲鳴を上げる。右肩に刃のような爪が刺さり、肉を貫く。ライは痛みを堪えながらマリラのローブを掴んだ。ライが攻撃の勢いで倒れるのにあわせ、マリラも床に倒れる。

 マリラの左手は、ライの右肩で固定している。暴れる体を無理矢理床に押さえつける。肉に更に深く爪が突き刺さったが、それでマリラの爪はもう動かない。

(大人しく、しやがれっ!)

 仰向けに寝転がる格好となったマリラの頭に、ライは勢いよく頭突きをくらわせた。

 痛みに、マリラが唸る。その瞬間、ライは自分の口をマリラのそれに重ねて、薬を口移しで流し込んだ。

 マリラの喉が、ごくりと鳴る音が、確かに聞こえた。


 瞬間、劇的な変化が起きた。

 マリラの体から赤い光が放たれたと思うと、かっと体中が熱くなる。小さく悲鳴を上げたが、すぐに眠りに落ちるように大人しくなった。

「……!」

 顔の痣が、みるみる消えていく。呪いは黒い煙となり、宿主から離れて、霧散する。

 赤い光が収まり、波打っていた長い金髪が静かに床に流れた。

 ライはマリラを抱え起こし、揺さぶった。

「おい、マリラ! 目を覚ませ!」

 マリラはしばらく動かなかったが、ライが懸命に揺さぶり続け、小さく呻いて目を開ける。

「うっ……何か、気持ち悪い……」

「マリラ! 大丈夫なのか!」

 そのやり取りをレイチェラは見て――力が抜けた。

(彼女が気持ち悪いのは、貴方が揺さぶり過ぎたからじゃ……)

 マリラは顔色も良く、意識もはっきりしている。

 そこに、ジェスとアイリスが飛び込んできた。

「マリラ! ライ!」

「大丈夫ですか!」

 二人は、ボロボロのマリラとライに急いで駆け寄る。

「ライさん、怪我して……!」

「俺は後でいい、それより」

 マリラの治療を優先しようとしたライに、当のマリラは首を振った。

「大丈夫。何だかよく覚えてないけど、すごく気分がいいの」

 そしてマリラは、自分の痣を隠していた包帯をほどく。そこには、もとの白い肌があった。

「良かった……!」

 ジェスは喜び、アイリスは目を潤ませている。ライもほっと息をついた。


 呪いが解けたことを喜び合っている四人のもとに、やって来る者がいた。

「……これはなかなか予想外の事態だな」

 謁見の間に現れたのは、杖をついた、深い青の瞳の青年。

「……兄上」

「ファルトアス王子!」

 ファルトアスは、荒れた謁見の間をぐるりと見回した。後ろには、第一兵士隊長のジャズデンも控えている。

 そこでライ達は現実に直面する。

 眠らせただけとはいえ、王に危害を加えた。王城内で暴れ、王女とも剣を交えて、さらに王家の至宝まで奪っている。

 その状況で、自分達の前にいるのは、王国最強の兵士――。



 東の空が白みかけていた。

 王城の壁を越えたザンドは、人目のない路地まで逃げ込むと、自分の体を覆うローブを地面に敷き、その上にそっとベルガを寝かせた。

 逃げ出す際に、王城の見張りの兵士に見つかり追われたが、〈強化〉の呪文を体中に刻んだザンドの脚力で、簡単に振り切った。

「うっ……」

 そこでベルガが目を覚ます。一度意識を失ったので、〈狂戦士〉の呪文の効果は切れているはずだ。

「……大丈夫か」

「ここは? アタシは王子を殺したのかい?」

 ザンドは首を横に振る。

「そうか……。失敗しちまったね……不味いね、王女の暗殺もできなかったし……報酬はないが、もう逃げた方がいいだろうね」

 そう言って、すっと立ち上がり、首を振る。

「……ベルガ?」

 ザンドは不審に思って尋ねた。もう〈狂戦士〉の呪文の効果は切れているはずだから、傷が痛むはずなのだが。

「……何だい、ザンド……あれ?」

 そこでベルガも、自分の体の異常に気付いた。体がまったく痛まない。ベルガは自分の体を見下ろし、触った。

 肌は確かに血で濡れていた。しかし、先程の戦闘でついたはずの傷、それどころか、昼間に王女につけられた傷さえ、きれいに消えていた。

呪いを解いたのは王子様のキスでした――サブタイトルの由来はそんなところから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ