073:剣の舞
ファルトアスは、オロンが何も答えられないのを見て、更に続けた。
「お前は二年前も、レオンハートを殺そうとしていた。理由は、姉上を王位につけることを確実にするためだ」
オロンはもはや立っていられず、その場に崩れ落ちた。
「姉上と結婚することになっていたお前は、姉上が王になるか否かは自分の権力を左右すると愚かにも考えた」
その二年前の暗殺自体は失敗している。レオンハートの従者が毒殺され、そして標的であるレオンハートは行方をくらましたからだ。
しかし、行方をくらましたままであれば、結果として王位継承はないのだから、オロンにとって違いはなかった。そのうちに、王が病に倒れ、予定より早く王位継承が行われることを、オロンは喜んだのだ。
しかし、この最悪のタイミングで、レオンハートは戻ってきた。王は明日をも知れない身で、王位継承の試合をすぐにでも行うという。
レオンハートは剣術修行をしていたのだという。確かにオロンの目から見ても、冒険者として実践を積んだレオンハートは、以前より逞しくなったように思う。レイチェラが試合で負ける可能性は十分にあるように思われた。
オロンは焦ったが、聞けばレオンハートは自分の供を常に部屋の中まで連れており、毒殺をかなり警戒しているという。
そこで、確実にレオンハートが触れるはずの彼の剣に、毒を塗るという方法を取ったのだ。
「我々はお前の存在に、薄々気付いていた。だが、確たる証拠がない。そこで陛下の体を理由に、急いで強引に試合を行い、お前が焦って動くのを誘ったというわけだよ」
「……っ」
「言っておくが、姉上がお前を庇うことはない。姉上もお前のことは承知している。何故、何年も前に婚約が決まっていたのに、姉上がこの年になってもお前と結婚していないと思う? お前を疑っているからだ。婚約を解消していないのは、お前を泳がせるためだ」
「……。」
「レオンハートの剣に毒を塗ろうとした者は捕らえてあるが、主を吐かせるまでもない。お前の屋敷から出てきたところから、王宮の兵士団が全て見ている」
次々と告げられる言葉に、オロンは酸欠のように口をパクパクさせる。
もはや言い逃れは不可能だ。オロンはそう考えると、ぜえぜえと息をあげて、ファルトアスに縋りついた。
「ど、どうか……私をお見逃しくだされば、貴方様を王にします! レオンハート王子も、レイチェラ王女も、貴方様の邪魔になる者は私が排除致します!」
「……」
ファルトアスは侮蔑をこめた視線でオロンを見た。
「そ、そうでしょう! 貴方様だって本当は王になりたいはず! しかし、生まれ持ったお病気のせいで、それがかなわないのですから、さぞお悔しいことでしょう!」
「……お前は何か勘違いをしているな?」
ファルトアスは杖をつき、椅子から立ち上がる。そして哀れな男を見下ろした。
「貴様などが何もせずとも、この国の王となるのはこの私だ」
レイチェラの鋭いレイピアの突きを、ライは短剣で弾きながら躱した。
「くっ!」
速い。力は無いが、的確にこちらの隙を突こうとしてくる。
ライはレイチェラと直接剣を交えるのは初めてだった。王位継承権を持つ者同士は、無用なトラブルを避けるため、普段、剣を合わせることはないからだ。
しかし、レイチェラが剣の稽古をしている様子を見ている限り、その腕前はライよりも上だと思われた。
(つーか、護衛のアルロスより強いしな!)
そのアルロスは、マリラに狙いを定めていた。
マリラは〈水流〉の呪文を唱え、杖の先から水を吹き出させた。三本の水流は、鞭のようにしなってアルロスを狙う。
水の魔法は得意とするところではないが、さすがに王城内で炎を放つことは躊躇われたし、風の刃で相手を切り刻むわけにもいかない。しかし、勢いよく放たれる水の衝撃は、人を吹き飛ばすには十分だった。
だが、アルロスはその襲い掛かる水を巧みに避ける。
近付かれれば、アルロスの剣を防ぐことはできない。マリラはアルロスと距離を取るように、必死で水の鞭を自分の前に走らせる。
レイチェラのレイピアを間一髪で避けるライ。激しい剣の打ち合いが続き、ライはぜえぜえと息を上げる。
「少しは腕を上げたようね」
「……っ」
対して、レイチェラは余裕のある表情で、銀の瞳で、ライを真っ直ぐ見据えた。
「行くわよ」
一呼吸の後、レイチェラは、まるでダンスでもするような優雅さで、剣を振るい、ライを追い詰めていく。ライは防戦一方だった。
(――くそっ……! どうにかならねえのかよ!)
マリラも、ライが苦戦しているのは視界に入っていた。援護したいのはやまやまだが、こちらも少しでも気を抜けば、アルロスがマリラを捕らえてしまう。
「!」
そしてアルロスは水の鞭を巧みに避け、マリラに迫る。アルロスの剣が、マリラに届くかと思ったその瞬間――
ヒュン、と空を切る音がして、短剣がアルロスの鼻先をかすめる。
咄嗟に後ろに避けたアルロスの横の壁に、短剣は勢いよく突き刺さった。
マリラはアルロスが横から飛んできた短剣に動きを止めた、その隙を逃さず、その腕と足に勢い良く水を当てた。
「ぐっ!」
足元をすくわれたアルロスは体制を崩すが、咄嗟に剣を地面に突き立て踏ん張る。
マリラは再び水を操り、アルロスの動きを抑えようとしたが――。
「何手加減してんだ!」
そうライが叫んだ。
マリラを守るために、咄嗟に短剣を投げつけたため、素手でレイチェラ相手に、剣を避け続けている。
助けてもらったのは分かっているが、こっちも精一杯だったのだ。さすがにマリラも言い返す。
「手加減って――!」
「お前らしくねえぞ、後先考えずぶっ放せ!」
その言葉に、マリラだけでなく、その相手をしているレイチェラも、アルロスも反応が遅れた。
必死に剣を避け続け、息があがる中――ライはそれでも叫んだ。
「やれ! 何があっても、連れて逃げてやる!」
「はあっ?」
マリラは唖然とした。だが、すぐに、覚悟を決めて、杖を握り直す。
(私はアルロスに、ライはレイチェラ王女に、それぞれ勝てない。でも!)
私達は、一人で戦っているわけではない。
マリラは気合いを込めて、呪文を唱えた――。




