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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第五章 竜の大陸と剣の王
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071:毒の刃

 王城で、ジェス達が竜の秘薬を求め、それぞれ戦っていた頃、第一王子ファルトアスの住まう離宮に、深夜にも関わらず、訪れる貴族がいた。

「……ファルトアス殿下、このような時間に何の御用でしょうか?」

 真夜中に急に呼びつけられたことを快く思わない、という様子を隠しもしないのは、ロンドベル公爵家の次男、オロン・ロンドベルである。

 優雅に椅子に腰かけたままのファルトアスは、机を挟んでオロンと対峙している。

「夜分遅くに人を呼ぶ無礼は承知しているが、そちらもこのような時間に、先触れなく客人を寄越したものでな」

「……何を仰っているのです?」

 オロンはそう言ったが、その背に一筋、汗が伝った。

 ファルトアスは、机の上に、一振りの剣を置いた。ドラゴニア王家の紋章の彫られた、銀に輝く見事な長剣だ。

「これが何か分かるか?」

「――明日の、王位継承の試合で使う、長剣かと……」

 答えながら、オロンは口が渇くのを感じた。

 試合では一切の魔法の使用を禁じる。従って、予め魔法力の込められた武器などを使わぬよう、試合で使う剣や鎧は、全て王家直属の職人が、それ専用のものを用意する。

「……そうだ。試合の中、王族に万一のことがないよう、刃を鈍らせた、特別な剣。そしてこれは、明日の試合でレオンハートが使う筈のものだった」

「……。」

 オロンは足が震えた。

「――どうだ、せっかくだ。明日の試合に万一のことがないよう、この剣の心地を確かめてみてはくれないか? 剣を握ってみろ」

 そうして、剣を突き出すようにする。

 ファルトアスは、革の手袋をしていた。オロンは、ごくりと唾を飲み込む。

 ランプの明かりに反射し、柄の部分がてらてらとしているのが見えた。毒が塗られている――そう確信した。

 何故ならばそれを指示したのは、他ならぬオロンだったからだ。



 〈祝福〉の魔法をかけられて輝く剣が、目にも止まらぬ速さで振るわれ、ジェスの前に光の軌跡を描いた。

 ジェスは、ベルガとザンドの攻撃を慎重に避けながらも、二人の狙いがアイリスに向かわないよう、時折牽制の攻撃を繰り出していた。一度に同時に二人の相手をするという不利な状況に関わらず、戦いは互角だった。

(どうやらベルガの方は、傷を負っているみたいで、腕をかなり庇っている。ザンドの方は、速いし力も強いけど、動きが洗練されてない)

 加えて、ザンドの方は、ジェスの剣を相手にしながら、ベルガの動きの邪魔にならないようにしなくてはいけなかった。

 ジェスとライが普段そうしているように、一つの敵を二人以上で相手する場合は、味方同士の剣で傷つけ合わないよう、息を合わせるものなのだ。しかし、ベルガの動きにはそれがなく、ただザンドがベルガを、特にその毒刀を避けているだけなので、身体能力を活かしきれていないというのが正直なところだった。

 しかし、それにザンドが文句を言う様子はなく、ベルガの命令にはどんな理不尽なものでも従う素振りである。

「何だい、その光る剣は! 見かけ倒しもいいとこじゃないか!」

 ベルガは馬鹿にして笑う。

「くっ」

 ジェスは、それがばれたことに唇を噛んだ。

 〈祝福〉の呪文を武器にかけた場合、武器は聖なる力を纏う。しかし、それによる効果が出るのは、忌むべき存在である魔物に対してだけであって、実は人間同士で剣を合わせる場合、何の効果もないのだ。

 ベルガの嘲笑も構わず、アイリスは三人に向かって、呪文を唱えながら、集中している。

 剣がぶつかり、火花を散らす。

 そして――不意にアイリスは呪文を唱えるのを止めた。

「もう大丈夫です! ジェスさん!」

「分かった!」

 そう答えたジェスは、ベルガの攻撃を避けると、身を低くしてザンドに突進し、剣で足の脛を叩いた。いきなり攻撃に転じた、捨て身の攻撃に、ザンドは避けきれず転がる。だが、ザンドの攻撃に集中したためか、チラリ、とジェスの頬をベルガの曲刀が切りつける。

「はっ――」

 ベルガの顔に残忍な笑みが浮かぶ。致死性の毒だ。ベルガはすぐさま、毒を治療されないよう、神官のアイリスに狙いを定めたが――

「させない!」

 ジェスはすぐにアイリスとベルガの間に割って入り、その刀を剣で受け止め、激しく打ち合わせた。

「なっ?」

 驚くベルガだったが、必死でジェスの剣についていく。しかし、一対一ではジェスの方が動きが勝っており、激しい打ち合いの末、隙をついたジェスの蹴りがベルガの脇腹に決まり、ベルガは廊下に転がった。

「ぐっ……馬鹿な、何で……」

 なぜあれほど動いて毒が回らない。ベルガは自分の刀を確かめた。すると、あれほどしっかりと塗っていたはずの毒が消えていた。

 そこでベルガは初めて、アイリスのしたことに気付き、アイリスを睨んだ。

「そうか……お嬢ちゃんがね……」

 アイリスが、激しく戦う三人に向けて唱えていたのは、〈祝福〉だけではない。毒を消し去る、〈浄化〉の呪文だったのだ。

 しかし、戦っている最中に呪文を唱えていれば、何かされていると警戒され、ベルガかザンドがこちらに向かってくる可能性がある。そこで、ジェスに向けて支援の魔法を使っているだけと見せかけながら、実はベルガの刀に意識を集中していたのだ。

 広い範囲に魔法をかけ続けて、アイリスはやや疲労していたが、それでもしっかりと立っていた。

「観念するんだ。お前達の雇い主は誰だ?」

 ジェスは二人を追い詰める。

 ザンドは、足を強く痛め、立ち上がれる状態ではない。ベルガはぎり、と奥歯を噛みしめ、ザンドに命令した。

「あの呪文をかけな!」

「……。」

 ザンドは相変わらず無表情だったが、しかし、少し逡巡したようだった。しかし、ベルガが強く睨み、また、ザンドもこの状況がかなり不味い状態と感じたのか、杖を掲げた。

「何をするんだ!」

 ジェスは呪文を避けられるよう、身構えた。アイリスもまた、すぐに防御できるよう、〈護り〉の呪文を唱えようとしたが――しかしザンドの杖は、ベルガに向けられた。

 呪文をかけられたのはベルガだった。自分達にかけられた呪文なら、ある程度精神を集中して抵抗することもできるが、味方にかける魔法であれば、古代語魔法の心得のないジェスやアイリスには、妨害のしようがない。

 それどころか、ザンドが唱えた呪文が何かさえ分からなかった。――もしこの場にマリラがいたら、ザンドの唱えた呪文に耳を疑ったはずだった。

 呪文をかけられたベルガは、ギラギラとした目でジェスを見た。そして、傷の痛みを感じさせない恐ろしいスピードで、ジェスに飛びかかってきた。


「!」

 ジェスはとっさにその一撃を剣で受けたが、その重さに驚く。さっきまでとは比べ物にならないほど、力が強い。

「がああっ!」

「なっ……」

 ベルガの口から洩れたのは、獣のような唸り声だった。その目はただジェスへの殺意だけがあり、理性を感じさせない。

 豹変したベルガの様子に、ジェスは困惑した。傷を負っているはずなのに、先程以上の力と速さで、攻撃を繰り出してくる。

 急に強くなったベルガの攻撃を、ジェスは受け流すだけで精一杯だった。

 アイリスは、ザンドを見る。ザンドはそこから動くことなく、ベルガの戦いを見ている。それは彼が動けないからではなく、下手に動けば、自分まで攻撃されるからだった。

 ザンドがベルガにかけたのは、〈狂戦士〉の呪文だった。

 その名の通り、呪文をかけられた者は、肉体の限界を超えた恐ろしい力を発揮するが、己が倒れるまで、狂ったように敵を殺し続ける。

 どちらのものとも知れない血が、飛んだ。

 そのあまりにも壮絶な戦いに、アイリスは言葉を失った。

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