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青空の冒険者  作者: 梨野可鈴
第五章 竜の大陸と剣の王
67/162

067:計略

 時間は少し前に遡る。

 謁見の様子を、隠れて見ている二つの人影があった。

「へえ……」

 ずっと行方をくらましていた第二王子が戻ってきたことで、計画が狂った。とにかく彼を始末してほしい。二人は雇い主にそう言われ、その標的を確認すべく、物陰から様子を窺っていたのだ。

 そして二人は驚いた。一つは、その王子という人物に見覚えがあったこと。もう一つは、彼らが生きていたことだ。

「死んだ、はずでは?」

「生きてたとはね……なかなかしぶとい連中じゃないか」

 紫の髪の女盗賊は、ニヤリと笑う。もう一人、ローブで全身を覆った魔法使いの男は、無表情のままだった。

 ベルガとザンド。二人はかつて、カステールの遺跡でジェス達一行を利用し、遺跡の宝を横取りしようとした。その際に、死んだと思っていたのだが。

「しかも、まさかアイツ、王子なんてね……くくっ」

 ベルガは残忍な笑みを浮かべる。ザンドは何も答えずに、ただ彼らを観察していた。



「……王位継承の試合だって?」

 ライは驚いて声を上げた。

「俺は王位を継ぐ気はないぞ」

「そんなこと俺は知らん。だが、レイチェラ様にはお前が試合から逃げ出さないように、見張れと言われている。嫌だったら適当に剣を合わせて降参すればいいだろ」

「そんな適当な試合が通用するわけ……?」

 マリラが思わず口を挟むが、アルロスはわしゃわしゃと癖のある髪をさらにボサボサになるまでかき回す。

「ズルして勝つ分には問題だが、ワザと負けるのは有りだろ」

 それを仮にも王国兵が言っていいのだろうか。

「なあレオン。本当に王位を継ぐ気はないんだな?」

「ああ。俺はずっと国にいなかったんだぜ。俺のいない間に次の王が勝手に決められてたかもしれないだろ」

「そうだが……あまりにもタイミングが良さ過ぎるんだよ。陛下が急に原因不明の病気でお体を崩されて、次の王を決めた方がいいんじゃないかって話が出ていたところにレオンが帰ってきた」

 確かに、そういう見方をされても仕方ないのだが……。

「俺はレオンが嘘をついているとは思ってないけど、正直に言えば、レイチェラ様はお前のことを警戒している。俺としては明後日まで大人しくするのを勧める。王にならなければ、もう命を狙われることもないだろ? 黒幕探しはそれからにしてくれ」

「……っ」

 アルロスに本当のことを言えないのが辛い。アルロスはあくまでこの国全体に仕えており、特に今はレイチェラとの繋がりが強い。

 アルロスはそれだけ言うと、慌ただしく出て行った。


「――問題事が増えた」

 ライは頭を抱えた。本来、お家騒動のゴタゴタに関わっている暇はないのだ。

「あーくそっ! 聞けばジェドラールは辞めてるし!」

「誰、ジェドラールって?」

「俺がいた時の宮廷魔導士だよ。魔法使いとしての腕も信頼できるし、マリラの呪いのことも、相談したかったんだが……」

 肝心な時に役に立たねえ! とライは八つ当たりでそのジェドラールという魔法使いに悪態をついていた。

 あの赤いローブの妖艶な女性は、ヘリプローザというらしい。一年前に、ジェドラールと入れ替わりで宮廷魔導士として雇われたという。

「とにかく、問題を整理しようよ」

 ジェス達は、それぞれ椅子にかけた。

「もう宝物庫侵入の一件はなかったものにしてもらってるみたいだから、明後日が過ぎれば、僕達は自由に動けるようになると思う。問題は、いつまでマリラの体がもつか、だよ」

 もうドラゴニア王都についてから、かなりの日数が経っている。

「正直に答えて、マリラ。あとどれくらいもちそう?」

「う……」

 マリラは目を伏せたが、諦めてローブの裾を少したくし上げた。右膝まで呪いの言葉の黒い痣が広がっているのを目の当たりにし、一同は口を押さえた。

「……発作は不定期だから、あくまでも予想でしかない。もう数日もすれば、痣は全身を覆うでしょうね。そうなってしまえば、どうなるか分からないわ」

「じゃあ、今まで通り、最優先で竜の秘薬を探し出そう。それにしても、何か手がかりはないのかな……」

 ライは考える。

「そもそも、俺が秘薬の存在を知ったのは、王妃様が呪いにかけられた時なんだ。――王妃様は実は呪いで亡くなってる。公には病気になってって発表されてたんだけどな。その時に現王が竜の秘薬を飲ませようとしたんだよ、王妃様に。それをたまたま俺は見たんだ。王妃様は断ったんだけどな……」

「え?」

「王妃様は立派な方だったぜ。兄様の足が悪かったことについてだいぶ理不尽に責められていたけれど、毅然とした態度で現王を支えてた。つうか、側室を多く抱えてたあのエロジジイには勿体ない妻だ」

 ライは遠い目をした。

 初代王の友であった竜が遺した骨より作られた、王家の至宝。それは幾度となく王家の人間の命を救ってきた。そしてこれからもそうあるべきだと。

 もう世継ぎは十分に生まれている。ならば、王妃である自分の命を救うより、未来の王が必要とした時のために残すべきと。

「……こんな、王様に相応しくないような人間でも、暴力で王位を勝ち取れるような、デタラメな国のために、さ……」

 ライはそう言って項垂れた。

 記憶の中の王妃様は、自分にも優しかった。本来、憎んでも仕方ないはずの存在であるのに。

「そうなんですか……」

 話を聞き、アイリスは目を伏せる。一方、ジェスは何かを思いつく。

「うーん。じゃあ、逆に言えば王様が呪いにかかれば薬は出てくるってこと?」

「えっ?」

「う、うん……言ってみたけど無理だよね……。さすがに王様に呪いをかけたら、間違いなく死刑だよ、ね……」

 ジェスは慌てて今の言葉をなかったことにする。だが、ライはそれを聞いて閃く。

「いや、いいかもしれねえ」

「ええっ? どうやってそんなことするのよ!」

「実際に呪いをかける必要はない。偶然にも、現王は体調が悪い。それを実は呪いだって噂すればいいんじゃないか? それが耳に入れば、王妃様も呪いで死んでいることを知っている現王は、疑わないかもしれない――そしたら、薬を出すかもしれない」

 そこを横取りする。

 上手くいくかは賭けだが、もう時間もない。

「それで上手くいくでしょうか?」

 アイリスは不安そうにライを見上げる。

「その時はその時だ」

 ライはそう言って、ちょっと外の空気吸ってくる、と部屋を出て行った。



 ライが兵士の訓練場に顔を出すと、兵士達は慌てた。

 護衛すべきレオンハート王子の顔を、王宮警護の兵が知らないとあっては大問題なので、アルロスが兵達には自分の容姿を伝えていたらしい。特に最初の日の夜、自分に剣を向けてきた兵たちは慌てて無礼を詫びてきたので、ライは苦笑する。

「いや、こんな恰好じゃ、分からなくて当然だろ」

「し、しかし……」

「いい。それよりちょっと剣を貸してくれねえか?」

 訓練用の剣を借りると、軽く素振りをする。兵士達は慌ててライの周りに直立している。

 ずっと冒険者として活動していた時は、短剣を武器にしていた。ドラゴニア流剣術を使っていることがバレると、身分がバレるのではないかと警戒したため、武器を変えていた。

 ドラゴニア流の剣術は、素早い動きで相手の攻撃を躱しながら、隙を付くものだ。もともと短剣との相性は悪くない。

 それでも、久しぶりに握る長剣の感覚は、この二年間使っていた短剣よりも、しっくりとくるものがあった。

「……ふう」

 一通り体を動かし終え、詰所の外に出た時、そこにマリラがいた。


「何やってんのよ」

「……姉上と試合することになったら、形だけでもやらねえといけないから、一応練習をな」

「ふーん。嘘ね」

 マリラはあっさりと言った。

 マリラはライを連れ、中庭まで歩いていく。さすがに王城の中庭だけあって、綺麗に手入れされている。そのベンチに座り、マリラは夕焼けを眺めながら言った。

「計画を達成したら、私達は急いで逃げないといけない。試合なんかする必要ないでしょ。……実はライ、王になろうとしてない?」

「王位に興味はねえって言ってるだろ」

「駄目よ」

 マリラはしっかりとライの目を見据えた。

「確かに今は、私の命がかかってる。けど、こんな大国の王様になれば、もっと多くの人の命を預かる立場になるのよ。秘薬を手に入れるためだけに、王になるなんて馬鹿げてる。そんなことしたら、私、秘薬を飲まないからね」

「……っ」

 ライは驚いてマリラを見た。

 内心が見透かされていることに、驚く。視線を逸らそうとしたが、マリラは両手でライの顔を挟み、自分の方に向かせた。

「隠し事はなしって言ったじゃない。正直、隠せてないわよ。ライが本当に王位を継ぎたいなら止めない。けど、そうじゃないんでしょ。王とか向いてないから、止めときなさい」

「……あーあ」

 ライは苦笑した。さっきからマリラの手に押さえられている頬は、アルロスに殴られてまだ腫れているので、若干痛い。

「……俺は良かったよ、お前らみたいな仲間がいて」

「急に何よ」

 王子だった時、それも、もっとも王位に近いとして期待されていた時――ライは自分に親しげに近寄ってくる人間が誰も信用できなかった。

 レイチェラ、ひいてはリューベ侯爵家に近い家の人間は、ライやエムロイド伯爵家に理不尽な扱いをしたし、逆にリューベ侯爵家と親しくない家の人間はライのご機嫌取りに忙しい。

 そして双方の家の人間が、ファルトアスやサフィーラ公爵家には掌を返したように冷たい。

 そんな様子をずっと見てきた。

 ライ――レオンハートは、何も分からない時からただ剣を仕込まれ、彼らの権力争いの為の操り人形でしかなかった。

 王位も、王城に渦巻く権力も――何もかも、好きにはなれない。

 自分のことを、王子だと知らなくても、信頼して共にいる仲間達。計略なしで、心から信頼できる相手。

 王位より権力より、何より欲しかったものだった。

 天秤にかけて、この国より仲間が大事だと思う自分は、確かに王になる資格なんかないだろう。

 気付けば、ライは笑っていた。

「……何、笑ってんのよ?」

「やー、別に?」

 東の空に、星が輝き出した。

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