066:謁見
「その恰好で出るのか?」
ライ達の服装――冒険者の革鎧やら、魔法使いのローブやら、神官の巡礼服やら――を見たアルロスは呆れた。
「言っておくが、陛下はレオンが城を出たことにかなりお怒りだったんだぞ」
「へえ?」
「そもそも陛下は内心、お前が王位を継ぐと期待していたんだ。それがどこの誰とも知らん娘と駆け落ちしたなんて噂になってだな、もう怒りに怒って、もうあんな奴は知らんと、城中のお前の肖像画を燃やす徹底ぶりだったんだ」
「はあ? 何だそりゃ?」
マリラとアイリスは顔を見合わせる。
そういえば南の島でそんな噂は聞いていた。今までライと結びつかなかったが。無責任な吟遊詩人が面白おかしく、王子の出奔を脚色したというところなのだろう……勿論、事実無根の噂であるが。
そんな話を聞かされ、かなり緊張して謁見に臨んだ。
謁見の間には、城でもごく限られた人間が集められているらしい。
王家の紋章があしらわれた豪奢な椅子――王が座る玉座はまだ空いていた。国王が来るまで、まだ時間があるようなので、ライは他に聞かれないほどの小声で、隣にいる仲間達にそれぞれが誰かを伝える。
「あの白い髪の女性が、姉上のレイチェラ王女」
純白の長い髪に、銀の瞳の美人だ。アイリスは思わず見惚れてしまい、目があった。真っ赤になるアイリスに、わずかに微笑む。
「隣にいる杖をついてるのが、兄上のファルトアス王子」
灰色の髪に海のような深い青い瞳をした男性だ。直感で、ジェスは彼から油断ならないものを感じた。
「その隣の鎧を着てるのが、第一兵士隊長のジャズデン。剣の腕ならこの国で一番だろうな」
壮年の偉丈夫だ。第一兵士隊は前線に立って戦う部隊であるだけに、歴戦の威厳のようなものを感じる。なお、アルロスの率いる第二兵士隊は、王城警護の隊である。
「その横にいる女……は俺も知らねえな。杖を持ってるし、宮廷魔導士だろうけど……」
赤いローブを着た女性は、年は三十ほどだろうか。妖艶な雰囲気が漂っている。
「で、一番奥にいるのがロンドベル公爵家のオロン・ロンドベル。姉上の婚約者」
年はレイチェラよりやや上といったところか。ライ達のことを見下すような視線を隠しもしない。マリラは見た瞬間、虫が好かないと思った。
「反対側にいるのが宰相のイースクリフ」
髭を生やした老人だ。こちらを向いていないので表情は読み取れないが、ジャズデンと何やら話している。
しばらく待っていると、現国王――ガルドラ王が入ってきた。
(老けたか?)
ライはガルドラ王を見た瞬間、そう思った。
ガルドラ王は、灰色の髪に銀の瞳を持つ。マリラやアイリスは慌てて顔を下げるが、ジェスは少しの間、ぽかんと王の顔を真正面から見ていた。
(ちょっとジェス!)
こんこんとマリラに小突かれ、ジェスもそれにならって頭を下げる。
ライといえど、許可なく発言することは許されていない様子で、静かに頭を下げたままだった。
「――レオンハート……貴様が剣術修行の旅に出ていたとは、アルロスから聞いている」
ライは、表向き、剣術修行でいなくなったことにしてくれとアルロスに頼んでいた。アルロスはそれをうまく王に伝えてくれたらしい。
「しかし、許可なく国を出たその行為は許されることではない。従って、処分が決まるまで、謹慎を言い渡す。後のことは追って沙汰する。以上だ」
「はっ――?」
そしてガルドラ王は、謁見の間から退場していく。そのやり取りはあまりにも短い。思わずライは王を呼び止めようとしたが、それをレイチェラが素早く遮る。
「陛下の言葉は以上よ。下がりなさい、レオンハート!」
仕方なく一行は、無言でその場を後にした。
「……どういうこった?」
自室に戻り、ライは首を捻った。
「……おかしいわよね? 普通、謁見ってあんなに短いものなの?」
「まさか。つうか、色々言うことあるだろ?」
宝物庫に忍び込んだ一件は、有耶無耶になったのは助かったが。
「姉上の態度も不自然だ。何か、謁見を早く終わらせたいみたいな……」
「それですが……」
アイリスは控えめに言う。
「王様ですが……私の目には具合が悪そうに見えました」
「えっ?」
「顔を下げていたので、お顔はほとんど見ていないのですが、視線を下げる時に、王様の手が震えているのに気付いたんです。威厳を保っていらっしゃいましたが、かなりお辛いのでは?」
その時、部屋の扉が叩きつけられるように開いた。
「っ!」
ライだけでなく、部屋にいた一同は驚いて振り返る。そこにいたのはアルロスと、そしてレイチェラ王女だった。
「な、何で王女様がここに?」
慌てる一行に、レイチェラは手を振った。
「あなた達は我が国の人間でないのだから、私に気を遣わなくて結構ですわよ。それより、レオンハート」
レイチェラは、きっとライを睨みつけた。
「さあ、正直に話してもらおうかしら。あなた、この国に何をしに来たのです?」
「……。」
美人が凄むと迫力がある。ジェス達は気圧されていたが、そのお付きであるアルロスも顔が青ざめていた。
「で、殿下、それは私から説明申し上げたかと……」
「黙りなさいアルロス! 私はレオンハートに聞いているの」
王と同じ銀の瞳が、ライをきつく睨む。それに対し、ライは腕を組んで軽い調子で答えた。
「自分の家に帰ってくるのがそんなに悪いか? それとも俺がいたら何か都合が悪いことがあるってのか?」
「あなた……」
きっとレイチェラはライを睨むと、書状を叩きつけるようにアルロスに渡し、あとは説明しなさいと命令して、その部屋を出て行った。
残されたジェス達は、ぽかーんとする。
「……何ていうか、ライもそうだけど、……レイチェラ王女も、王女様らしくないね……」
無礼な発言だったが、それを咎める者はいない。アルロスははあ、とため息をついた。
「責めないであげてくれ。レイチェラ様は、陛下の最初のお子だ。王位継承の期待を一身にかけられて、剣だけでなく、強くあることを求めて育てられた。男勝りなのは、その、レイチェラ様の責任ではないから」
男勝りって。自分の仕える王女様に、男勝りって。
マリラはアルロスという兵士長の苦労を垣間見た。
「で、アル、それ何だ?」
アルロスは、力任せに押し付けられ、皺くちゃになった書状をライに渡した。
「端的に言う。……レイチェラ様のご命令で、何人にも口外するなと言われていたが――国王陛下は、ご病気だ。もう先は長くない」
改めて聞かされると、驚く。
アイリスの読みは当たっていたのだ。
「だから、お前が帰ってこなかったとしても、近いうちに次の王を選ぶことになっていたんだ。いいか、レオンハート、明後日にも、次の王を選ぶ試合が行われる」




