065:兵士長
ジェスは、部屋の中で剣の素振りをしていた。
普通であれば室内で剣の素振りなどできないが、さすが一国の王子の部屋である。剣を振り回せるだけの広さがあることにジェスは感心していた。
「いや、普通、やらないでしょ? こんなあちこち高そうな調度品のある部屋で剣振り回すとか」
呆れたマリラは、一応、壺やら花瓶やらを離れた場所にどかしていた。
「というか、参ったな……」
「私たち、このまま閉じ込められたままなのでしょうか?」
不安そうにアイリスが尋ねる。
「それはないと思うが……」
一行が、王城に忍び込み、捕まってから三日間が経過した。すぐに動きがあるだろうというライの予想に反して、彼らはずっと部屋に閉じ込められたままだったのである。
一応、ジェス達は王子の客人となっているので、一人一部屋与えられることになったのだが、それはライが突っぱねた。いつ毒を盛られるか分からない状況下で、バラバラになるのは危険だと判断したのだ。
「レオンハート殿下の護衛は自分達がさせていただきますが」
アルロスが不満そうに言うが、ライは首を振る。
「皆は俺の仲間だ。俺の護衛を皆がするんじゃない。俺もまた仲間の護衛をしてるんだ。いいから、一部屋にまとめといてくれ」
「……。」
アルロスは渋々了承した。まあ、普通の賊であれば、結託して逃げ出すかもしれないので、同じ場所に閉じ込めておくなどあり得ないが、警護対象としてみるなら、まとまっていてもらった方が楽ではある。
アルロスも忙しかった。賊の侵入を許したということで、王城の警護を見直したり、兵士に強化訓練を施したり――正直人手も足りなかったので、その申し出はありがたいと言えばありがたい。
だが、王城の警護を任される自分より、どこで集めてきたかも分からない冒険者を信頼する王子に、不満がないといえば嘘だった。
こうして軟禁されている間、ライ達は今後の方針を話し合っていた。
とにかく第一の目的は、竜の秘薬を探し出すこと。秘薬さえ見つかればとにかくトンズラだが、それまでは下手な動きをせず、城の中に留まる。
正直、四人で本気を出せば、隙をついて部屋から逃げ出すくらいはできるとは思う。だが、その後がない。
「そうだね、ここで逃げ出したら、それこそ二度と城には入れない気がするし……」
「俺はどうにか秘薬の在処を探る。それまでは大人しくしてるしかないな……」
しかし、一行が秘薬を探していることは絶対に秘密だ。
秘薬は王家の至宝なのだ。それを王子とはいえ、ライが勝手に、ドラゴニア王家の関係者でもないマリラに使うなど、許されるはずもない。バレれば、その時点で追い出されてチャンスはない。
「そこでだが、俺がこの城を出た理由は、剣術修行ってことにする」
剣が大事なお国柄、それで押し通せば表向きには何とかなるだろう、とライは考えた。
「王子の身分を隠して、お供も付けずに武者修行に出てたってことに表向きにはしとく」
「……まあ、あながち間違ってはないだろうけど」
ライも冒険者として、数々の戦いを経験してきた。剣の腕は確実に上がっている。
「ただそれだと、俺が宝物庫に忍び込んでた理由がつかない。そこで、裏の理由は、俺を暗殺しにきてた奴の尻尾を掴むために実は裏で色々暗躍してたってことにする。それは、既にアルロスにも匂わせてるしな」
ライが二年前、暗殺されかけていたのは事実なのだ。信じる人間はこれで信じるだろう。
「ややこしいね……」
ジェスは頭を指で押さえた。こういった駆け引きや腹の探り合いはジェスの苦手とするところだ。アイリスやマリラも、決して得意ではないが、しっかりと設定を覚えるべく復唱する。
「でもそれが一番かしらね。それだと護衛として私達を付けるのも不自然じゃなくなるし。王城の兵士だと、どこでどの貴族に買収されてるか分かったものじゃないから、ライが自分で信頼できる仲間を集めたっていう言い訳が立つわ」
「だな」
問題は、どうやって竜の秘薬を探し出すかなのだが――宝物庫にないとしたら、後はどこにあるというのだろう?
ライでさえ検討はつかなかった。
現国王陛下はさすがに知っているだろうが、馬鹿正直に聞くわけにもいかない。
その時、部屋の戸が叩かれた。
アルロスは、レオンハート王子の部屋の前で護衛と見張りをしていた部下を下がらせる。人払いをした上で、アルロスは王子を訪ねた。
「アルロスです。今、宜しいでしょうか」
「――入れ」
ライは、王家の人間としての口調になって答える。そこに、アルロスが入ってきた。
「何の用だ?」
「……人払いはしている。取り繕わなくていい、レオン」
アルロスはぐしゃぐしゃと、癖のある髪をかき回した。
「そうか、アル」
お互いを愛称で呼び合うくだけた様子に、ジェス達は顔を見合わせる。
「あー、改めて紹介しとく。俺の乳兄弟のアルロスだ。今は第二兵士隊の隊長をしてるんだってな?」
「レイチェラ様にお引き立てくださってな」
アルロスは、さすがに兵士の隊長というだけあって、よく鍛えられた引き締まった体つきをしていた。この若さで隊長をしているというのは、それだけ優秀なのだろう。
「……で、レオン? どういうつもりなんだ?」
「――決着をつけに来たってとこだよ」
ライは腕を組んで、アルロスを見返した。
「……お前を殺そうとした相手と、か」
「とりあえずこのままじゃ、何もできねえ。アル、俺たちが陛下に謁見できるように計らってくれねえか?」
「大丈夫なのか?」
アルロスの問いに、ライは頷いた。
「実家に帰って、親兄弟の顔を見ないのもおかしな話だろ」
「……。分かった。レイチェラ様に伝える」
そうしたやり取りを、ジェス、マリラ、アイリスは口を挟まず見ていた。余計なことは言わない方がいいだろうと思ったのだが、アルロスは三人に目を向けた。
「……で、彼らは?」
「俺の仲間だ。皆、フォレスタニア出身だよ」
「お前、フォレスタニアにいたのか……道理で探しても見つからないわけだ」
はー、とアルロスは深くため息をつく。そして――思いきり拳を振りかぶってライの頬を殴り飛ばした。
ライを勢いよく殴り飛ばした後、アルロスはずんずんと部屋を出て行った。
「殿下をよろしく頼む」
それだけジェス達に言い捨てていく。
「な、何なのあれ?」
三人は目を丸くした。王子をぶん殴る兵士がいるだろうか。
「あー、まあ、幼馴染だから遠慮がない。二年前、あいつにも何にも言わずに出ていっちまったからな。ま、怒るわな」
痛てて、と言いながらライは頬を摩る。本気で殴ったのか。口の中から血の味がする。
「いや、そうでも、仮にも王子と、兵士なんじゃ」
「……あいつには俺を殴るだけの理由があるよ」
ライはそう言って、アイリスの手当を断った。この痛みは、自分が受けるべきものだ。
「でも、……信頼できるんじゃないかな」
ジェスはそう言って、アルロスの後ろ姿を見送った。
アルロスが動いてくれたのが効いたのか、その日の夕方、一行は国王陛下への謁見が許された。
「陛下の前に出るのに、そのようなお召し物では困ります」
「いーや。着ない。下げろ」
そこで、服をちゃんとしたものに着替えるかどうかでライが侍女と揉めた。これも毒殺を警戒したライが頑として拒否し、結局四人とも、いつもの冒険者の恰好で謁見することになった。
端から見れば、実に困った王子様だ。
「さすがに恥ずかしいんだけど、こんな汚れたローブで王様の前に出るの……」
マリラもそうは言ったが、正直ドレスを着ろと言われたら困ったところではあった。着慣れていないというのもあるが、下手に肌を出す服であれば、呪いの痣を隠せない。
今やマリラの痣は、胴体をほぼ覆うほどに侵食していた。マリラ自身は必死に隠しているが、同じ部屋で過ごす仲間達には、夜な夜な発作で苦しんでいることは明らかだった。




